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魔女は国に縛られる。
攻撃に使えるような魔法を使う魔女なんてほんのひと握りで、穏やかで古の技術を魔法として行使する者が大半なのに、何故、国から出られないのか。
それは、人間が魔女を畏れた為だ。
今は大人しくしているが、いつか魔法で牙を剥くかもしれない、王政を脅かすかもしれない、他国に情報を売るかもしれない。畏れ疑い、人はその果てに『制約魔法』というものを編み出した。
魔女と王双方同意の上で、2人分の魔力を特殊なクリスタルに込める事で、契約は成る。
魔女へのデメリットが「国から出られない、死ねない」だけで国内では特に制限無しというものなので、ルピナスを含む多くの魔女がこれを了承していた。
魔女は不老不死であるが、死のうと思えば死ねる。
死ねない苦しみから解放されたくて、始まりの魔女一族が創造した『存在消滅魔法』を使えば痛みを感じることも無く文字通り消えてなくなる。
制約のクリスタルは王城の地下に保管されているので、まずそこへ行くのに王族の許可を取らねばならない。
魔女は面倒に思いながらも眷属のカラスに手紙を託して空へ飛ばした。
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手紙を出してから4日後。王家の使者が魔女の家に来た。
「魔女様に置かれましてはご機嫌麗しゅうございます。陛下より名が下りましたのでお迎えに参りました」
「別に子供じゃないのだから1人でも行けるのだけど」
「そう仰らず。今代の陛下とはまだお会いした事はございませんでしょう?陛下も魔女様に会うのを楽しみにしておりますので」
「私は興味無いのだけどね。行くならさっさと行きましょう」
「馬車はこちらです、お足元にお気をつけください」
箒で飛べばすぐなのに、わざわざ王家の紋章入り馬車で迎えに来るなんて、と魔女は邪推してしまう。
死ねないのは困るが、万が一城に軟禁とか言い出されたらキレる自信しか無い。
王族用だけあって乗り心地のいい馬車に揺られ、権力の象徴、王城へ。
黒いつば広帽子を引っ張り顔を隠すようにして廊下で待っていると、割とすぐに謁見の間へと通された。
『ラヴィムの魔女、ルピナス様、ご到着』
『国王陛下の御出座である、面を下げよ』
魔女も一応不敬にならない程度に頭を下げた。
「よい、楽にせよ」
国王の一言で張り詰めた空気が少し緩む。
「さて、ラヴィムの魔女殿、多くの民の健康を守ってくれている貴女には、いつか会ってお礼を言いたいと思っていたのだ。此度は貴女の方から会いに来てくれて嬉しい。この場は無礼講とする。不敬罪になどせぬ故、自由に発言してくれ」
国王の発言に、宰相らしき男は顔を顰めたものの、何も言わず控えた。
「では発言を失礼致します。私は薬を作るくらいしかできませんので、自分にやれる事をずっと続けたにすぎません。お褒めいただく事など何も」
「はは。謙虚であるな」
「それも過大評価ですわ、陛下。私は今日、陛下にお願いをしたく参りましたので」
「ほう?わたしに叶えられるものであれば、この場で許可を出そう。申してみるがよい」
「ありがとうございます。では単刀直入に失礼致します。魔女の制約を今をもって破棄とさせて頂きたいのです」
ざわりと空気が動いた。
国王の目も細められ真意を問うている。
「ふむ。制約の破棄か。理由を聞いてもよいか?」
「この国にどれくらい居たのかもう記憶の彼方となりましたが、今まで大きな戦に巻き込まれることも無く暮らしてきました。それでもここ二、三百年は平穏とは無縁でございまして。簡単に言いますと生きるのに疲れてしまったのです」
死にたくなったから制約の破棄をしてくれとは、なんとも悠久を生きる魔女らしいと国王は苦笑した。
「わたしが即位するまでに貴女の周りは目まぐるしく変化したのだな。その長命の星を捨てたくなるほどに」
「えぇ。愛だ恋だと騒がしく、人の心を掻き乱すだけ乱して去っていく人に、これ以上関わりたく無くなりましたの」
国王の顔がなんとも言えないものに変わる。
「あー……我が国の者が申し訳ないことをしたと、わたしが謝って済むものでもないのだな?」
「国王陛下には何も思う事はございませんので、謝罪は結構です。私が願うのは静かなこの身の終わりのみです」
諦めと悲しみと強い決意の光を帯びた若草色の瞳を見つめ、国王は深々とため息を吐いた。
「……わかった。その願い叶えよう。しかしあれは王太子に管理を任せておるでな。取ってこさせる故、隣の部屋で待っていてもらえるだろうか」
「わかりました」
魔女は綺麗な礼を捧げ、退室の旨を告げた。
同時に国王は王太子に制約のクリスタルを持ってくるよう伝令を走らせた。