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ひと月、ふた月、半年、1年、5年、10年……。
待てども待てども、虎頭は現れない。
戦争を止めるのは大変だろうけど、そんなに何十年も掛かるものだろうかと、魔女は眉を下げた。
もう虎頭は生きていないかもしれない、ラヴィムの魔女の事など忘れたのかもしれない。憶測が湧いては消えて、魔女の心を掻き乱した。
「……約束、必ず守るって、言ったのに」
ぽすっとベッドに腰掛け、魔法で出したアイビーを意味もなくふわふわ浮かして遊んだ。
『キョエェ……』
「え?魔法郵便なんて、誰から…シュヴェーアト!?……えと、差出人はイベリス、さん。永世中立国に知り合いなんていないんだけど…」
宛先は自分の為、頭の中を疑問符だらけにしながらも手紙を開き、1枚、2枚と読み進めた。読んで、怒りが湧いて、涙が零れて、手紙に染みを落とした。
『ラヴィムの魔女様。突然のお手紙失礼致します。クアルムの第12王子、アイビー=ストレリチア様から手紙を預かりましたので同封致します。わたくしの名で手紙を送ってしまった事で、きっととても驚かれていることでしょう。お心を乱してしまい申し訳ございません。わたくしはアイビー様の手紙には目を通しておりませんが、傷だらけの身体で真剣にお書きになっていたのは見ておりました。どうか、読んでもらえますよう、お願い致します。アクロメイジアの魔女イベリスより』
『ルピナスへ。連絡するのに時間が掛かって済まない。戦争回避の為に少し強硬手段を取ったせいで上層部がゴタゴタしてな。気付いたらこんなに時が経っていてびっくりした。あんたは長くを生きるから大して待ってないとか言うかもしれねぇけど、俺としちゃ好きな女を何年も待たせちまったのはすごく申し訳ねぇと思う。それと約束。必ず守るって言ったが、最初の2つは守れても、生きてるうちにあんたに会いに行くのは守れそうにねぇや。いくら獣人の生命力が強くとも、ちと派手に暴れすぎた。この身体じゃもう旅はできねぇだろうなぁ。今はシュヴェーアトに匿ってもらってるが、俺も末端とはいえ王族だ。今後身柄がどうなるかもわからんし、だから、俺の事なんて忘れてくれ。散々待たせた上に待たなくていいなんて勝手な事言いやがると思うよな、許してくれなくていい。俺が生きてるうちは、あんたの幸せを心から願ってる。勝手にな。それじゃあ元気で。【愛……る】アイビー=ストレリチア』
読み終えて、ぐちゃぐちゃの感情のまま、魔女はベッドに沈み込んだ。部屋に響く、押し殺した嗚咽。
戦争回避と虎頭の生存、約束を守ってくれた事を喜べばいいのか、もう虎頭に会えない事を悲しめばいいのか、怒ればいいのか。
「好きな女…?なによ…っ、1回だって、私にそんな事言ってきたこと…っ…無かったくせに、ふ、ぇ……ずるいわ、ずるいずるいずるい!馬鹿!!」
感情のままに、虎頭の手紙を睨みつけ、怒鳴る。
それでも、虎頭の名前の前に消した跡があって、消しきれないそれは【愛してる】としか読めなくて。
一方的なそれは、魔女に返答を求めていなくて、本当に勝手で、でも名前の通り『誠実』で。
―だから魔女は泣いたのだ―
「…っ…私だって、私だって!あなたの事が好きになりかけてたわよ…っ!豪快な笑い声も、似合わない気遣いも、全部、悪くないと思ってたのに!私に愛を伝える事すらも許してくれないなんて、忘れろなんて、酷い男!!」
ぎゅっと手紙を抱き締め、心のままに叫んだ。
馬鹿だの勝手だの、千年蓄積した知識はまるで役に立たず。拙い語彙力で罵倒を繰り返した。
1度目は応えなかった。
2度目は応える事すらできなかった。
もう人など好きになるものか。
こんなに辛い思いをするくらいなら、制約など破棄して消えてしまいたいとすら思った。
「……あぁ、そうか。もっと早くそうしていたら、こんなに胸が痛くなることも、失う悲しみに溺れる事も無かったんだ……」
そうか、そうしよう。
泣き疲れた魔女はそのまま眠ってしまった。