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季節がいくつも過ぎ、王様が3回くらい変わった頃、虎頭の男が森の奥に来た。虎人族、という種族らしい。
「あんたがこの国で有名な『ラヴィムの魔女』か」
「有名かどうかは知らないけれど、花を対価に薬を作る魔女なら私の事よ」
「そうかい。なら早速、解毒薬を作って欲しいんだが、頼めるかい?対価はこれで」
虎頭が渡してきたのはカスミソウだった。
動揺しそうになる魔女だったが抑えて花を受け取った。
「そこの椅子に座って待ってて」
ふわりふわりと魔力が舞う。
草花は薬に変わり、小瓶へと吸い込まれていく。
その様子を見ていた虎頭は「ほう…」と一言漏らし、受け取った小瓶を見てまた「ほう」と一言言った。
「用が済んだならさっさと帰ってちょうだい」
「つれねぇ魔女さんだな」
「なんとでもどうぞ。私は薬を作るだけよ」
「そうかい。ま、またなんぞ入り用になったら来るわ。じゃあな」
しっぽを機嫌良さげに振りながら虎頭は帰っていった。
一方魔女はくたりと椅子に座り、カスミソウをポイッと暖炉に放り投げた。花も虎頭も悪くはないのだけれど、思っていたよりスイセンとの淡い約束が魔女自身を縛っていて、自己嫌悪になってしまったのだった。
・
半年後、頭から血まみれの虎頭が現れて魔女はこれでもかと目を見開いた。
「どうしたの、その怪我」
「お?気にしてくれんのかい?なに、ちょっと傭兵の仕事で油断してな。頭に石つぶてを喰らっちまっただけよ、ガハハハハ!」
豪快に笑う虎頭だが、その間にも頭からはピューッと血が吹き出ていて、魔女は呆れながらも虎頭を椅子に座らせ簡単に止血してやった。
「まったく。私は医者じゃないのよ」
「おう、知ってる。花と薬にしか興味のねぇ『ラヴィムの魔女』だろ」
「ならなんで来たのよ」
「あんた、カスミソウに嫌な思い出でもあんのか?」
魔女は包帯を巻いていた手を止めた。
「前に来た時、花を見た瞬間雰囲気が変わったからよ。マズイことしちまったかと思ってな」
「気にしなくてよかったのに。意外と繊細なのね」
「ガタイの割りに繊細とか意外と気遣いできる男とか
、仲間に散々言われたぜ」
ぶすくれながらしっぽをパタンパタンと動かす虎頭に、魔女はくすりと笑った。
「止血薬と傷薬塗っといたけど、お代はあるのかしら?」
「あぁ、それはちゃんと持ってきたぜ」
虎頭がゴソゴソと懐から出したのは少し草臥れたカルミアだった。
「可愛い花。元気だったらもっと綺麗だったかしら」
「悪かったな。仕事中に見つけて摘んだんだから、仕方ねぇだろ」
「だから頭から赤い花が咲くのよ」
「よくわかったな。花によそ見したらこのザマよ。ガハハハハ!」
よく笑う男だなと思いながら、魔女は虎頭の頭をぺちりと叩き、追い出しにかかった。
「まったく。気をつけなさいよ。ほら、用が済んだなら早く帰って。ここら辺は日が暮れると何も見えなくなるわよ」
「へいへい。手当ありがとよ…あー…そういや名前聞いてなかったな」
「ルピナスよ」
「いい名前だな。俺はアイビー=ストレリチア。好きに呼べや」
「用も無いのに呼ばないわよ」
「つれねぇなぁ。まいいや、またな、ルピナス、手当と薬ありがとよ」
大きな手をひらひら振りながら、虎頭は帰っていった。
ルピナスは過去一番喋った気がして、疲れを感じた。
『誠実』を意味する名前の虎頭。
疲れはしたが、悪くない時間だったと思い、魔女は頬が緩むのを感じて慌ててぺちりと叩いて我に返った。
「…あぁも元気がいいと調子が狂うわね」
スイセンとは真逆だなと思い、いや故人と比べてどうするとぶんぶん首を振り、でも変に気を遣われるよりは多少ガサツな方がいいかもしれない、とそこまで思考したところで魔女は寝ることで誤魔化すのだった。
・
1ヶ月後、森中に響き渡る雄叫びに、魔女はびっくりして家を飛び出した。
魔物かとも思ったがそれは城壁の外にしかいないはずなので多分違うだろう。得体の知れないモノに対する恐怖に脅えるのを堪え、魔女は探知魔法で森を見渡したが邪悪な気配は感じられなかった。
数分後、答えは自らの足で歩いてきた。
「グルルル…」
顔半分が焼け爛れ、左腕の肘から先は無くなり、しっぽも切れて短くなっていたが、紛れもなく虎頭だった。
「どうしたのよ、その怪我」
「グルル…ル…」
ドサリと倒れた虎頭を魔女は抱き起こした。
すぐにローブを破いて除菌すると包帯がわりに虎頭の腕に巻いてやった。ついでに簡易な止血もして増血剤も投与しておく。
「何があったのよ」
「…逃げろ…」
「だからなんで」
「戦争だよ」
虎頭の言葉に、息を飲む魔女。
ここ数百年、そんな物騒な話は聞かなかったのにという顔だ。
「そんな、どこと…」
「北の帝国、クアルム。俺が、生まれた国だ」
魔女はハッとして虎頭を見つめた。
「……あなた、クアルムの王族か親族?」
「ほう…なんで、そう思った?」
「あの小心者ばかりの国が戦争に踏み切るくらいだもの。余程の理由でしょ。身内を凄く大事にしていると聞いたこともあるから、それで」
虎頭は力無く笑った。
「はは…あんた、頭もいいんだな。そうだよ、妾腹だが、俺ァ12番目の王子だ…」
「開戦の理由は、知らなかったとはいえ他国の王族を傭兵として使役したこと?」
「いんや…そうじゃねぇ」
容態が落ち着いたのか、バランスを取りづらそうにしながらもよっこいせと身体を起こし、虎頭は魔女をまっすぐ見た。
魔女は首を傾げるばかりだ。
「もっとくだらねぇ理由だ。俺が小国の魔女に傾倒してるとか、魅入られたとか、誰かが親父に吹き込みやがって、国ごと魔女の力を取り込むか、魔女を殺すか選ぶべきと親王派の貴族共が進言したんだ。んでルドベキア国は属国を拒否、呪いを恐れて魔女の殺害も拒否。じゃあ戦争だなとなったわけだ」
魔女は俯いてしまった。自分のせいだと、自分が、この国にいるせいで、民や自然が焼かれてしまうと。
「ルピナス、あんたのせいじゃねぇ。寧ろ俺が身分を隠してこの国に来たのが悪ィんだ。俺が自国内でなんとか収めっから、あんたは今まで通りにここで暮らしてりゃいい」
「でも、さっきは逃げろって……」
「譫言みてぇなもんだ、忘れろ」
「でもその怪我を負ったのは…」
「あ?これか?早くあんたに会わなくっちゃと思って合戦場突っ切ってきたらこのザマよ、ガハハハハ!」
「なんて危ないことしてるのよ!」
「そう怒んなって。回復力は高いからよ、ほっときゃ無くした腕も生えてくるんだわ。あ"っ!手当してもらったのに今日は花持ってきてねぇや。どうすっかな…」
戦争よりも自分の怪我よりも対価の花の事を本気で心配して焦る虎頭に、魔女はため息を吐きつつその辺にあったクローバーを指さした。
「今日はこれでいいわ」
「花じゃなくていいのか?」
「私の魔力の元は『草花』だから。花の方が綺麗で好きだけど、草もダメでは無いの」
「へぇ、うちの国の魔女にもそういうのあんのかね」
「魔女は世界中にいるし、対価も出来ることも人それぞれ。万能ではないけど長い時を生きるからその知識は重用される。利用させてくれる魔女ならの話だけど」
「うちの国の魔女は人間嫌いで有名だからなぁ。ルピナスみたいな事はしてくれねぇだろうな」
「基本魔女は唯人と交わらないものよ。私が変わってるだけね」
よいしょと魔女はローブに付いた汚れを払いながら立ち上がり、虎頭に手を差し出した。
「おぉ、ありがとよ」
「約束よ。この国に戦火を持ち込まないで。あなたが死ぬ事も許さないわ」
魔女の真剣な眼差しを受け、虎頭は力強く頷いた。
「任しとけ。約束は必ず守る」
魔女はポンッと魔法でアイビーを出した。
虎頭は自分の名前と同じものだとは分からなかったようで、首を傾げた。
「御守りよ、アイビー。花言葉は『誠実』っていうの。あなたの誠実さを、私は信じるわ」
虎頭はそっとアイビーを受け取ると、ニカッと牙を見せて笑った。
「ありがとな、ルピナス。大事にする」
「……気をつけて」
「おう。心配すんな。また怪我したら来るからよ」
「ずるいわそれ。待ってるって言えないじゃない」
「ガハハハハ!まあ何だ。きっとまた会えるから、待っててくれや」
「……わかった」
危なげなく歩いていく虎頭を見送り、魔女は家に帰って予備のローブに着替えた。