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最後にスイセンが来てから3ヶ月は経っただろうか。
薬が必要でないなら元気でいるのだろうと思いながら、魔女は今日も今日とて薬を作っていた。
だがその日、腰痛の薬を貰いに来ていた女性が言った一言で魔女は魔法を失敗しかけた。
「魔女様のところに足繁く通っていた男がいたじゃないですか。あの人王女様との縁談を断ったとかで国外追放になるらしいですよ」
玉の輿なのに勿体ないとか言い続ける女性の言葉はもう魔女には聞こえていなかった。
「ちょっと出てきます。留守番をお願いできますか」
「あらあら…。えぇ!いいですよ。誰か来たらちゃんと伝えておきますので」
「ありがとう」
女性の「魔女様ったらまるで初めて恋をした少女ね」という言葉は聞こえなかったようで。
魔女は箒を引っつかむと空高く飛び上がり城門を目指した。
ものの数分で着き城壁に降りると、魔女はきょろきょろとスイセンの姿を探した。
もう行ってしまったのか、それともこれから来るのか、魔女は滅多に変わらない表情を百面相させ、じっと城門を見続けた。
すると、陽もだいぶ傾いて来た頃、軽装備の男が城門に近づいてきた。スイセンだった。
魔女がふわりと城壁から降りると、男は走りよってきた。
「ルピナス様!?どうしてこんなところに」
「あなたが国外追放になると聞いたから」
「あぁ、お客さんから聞いてしまったのかな。御足労おかけしてしまったようですみません…」
「平気よ、箒があるからすぐだもの。それより聞きたい事があるの」
「はい、なんでしょう?」
「あなた、花言葉を知っていてあの花達を私にくれたの?」
途端に男の顔が真っ赤になった。
「え、あ、う……はい、知っていて渡しました…//」
「そう。花言葉なんて知ってるのは私くらいだと思ってたわ。随分気障なアプローチをするのね」
「…告白するつもりは、ありませんでしたから。ただあの場所で、貴女に逢える、それだけで俺は幸せだったので」
恥ずかしそうに頬を掻く男に、魔女は花を差し出した。
「カスミソウ…?」
「花言葉は言わなくてもわかるわね」
「!ルピナス様!!」
「衛兵がこちらを睨んでるわ。早く行きなさい。もしまた会うことがあるのなら、カスミソウに私の名前を添えて持ってきて」
「はい!!……ルピナス様、どうかお元気で」
「あなたもね」
ひらひらと男に手を振ってやり、魔女はさっさと箒に乗って空へ上がった。
カスミソウを大事そうに持ち、浮かれた足取りで歩く男が門から出てくるのが見えた。
そして、隠れていたフード達(多分王族お抱えの暗殺者)に、スイセンは斬られた。
魔女はため息をひとつ吐くと、森へ向けて飛び去った。
留守番を頼んでいた女性に礼を言い、もう薄暗いので帰り道を惑わぬよう蓮の葉のランプを貸し出してやった。
そしてドアに鍵をかけ、緩慢に机に突っ伏した。
部屋に少しだけ響く、押し殺した嗚咽音。
魔女は知っていた。
国外追放とは名ばかりの非公式の処刑だと。
大っぴらに処刑はできないが生きていられては困る者の処分だと。きっとプライドの高い王女が殺せと癇癪でも起こしたのだろう。
魔女は男に着いて行けなかった。
この国から出られぬよう制約があるから。
男に教えることも出来なかった。
結末は変わらなかっただろうから。
魔女は聞けなかった。
『どうしてリナリアを最後によこしたの』と。
聞いたところで2人にはその先がないのが分かっていたから。
―だから魔女は泣いたのだ―
未来への淡い約束をして、心が軋む見送りをして、男を見殺しにした。なにが『永遠の愛』だ。まともに睦み合うこともしてこなかったのに。
魔女はカスミソウを出しては消し、出しては消し、無意味な行動の果てに、眠った。
朝日と共に起きて、花壇に水やりをして、簡単に朝食を済ませる。太陽が真上を少し過ぎた頃から薬を求める人々に応じる。いつも通り。スイセンに出会う前に戻っただけ。
『魔女様、薬をください』
名前を呼ばれることもない日々に戻っただけ。
花言葉を気にする事もない日々に戻っただけ。
いつも通り、いつも通り。
いつもと違うのは、心に巣食う空虚感だけ。