訓練依頼
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「ようザザ!なあ、魔族って知ってるか?最近ちらほら見かけるらしいぜ。お前もきをつけろよ~、まあお前さんの事だから心配はいらねえとおもうけどな!ところであの子にまだご執心なのか?高いだろ!ははーん、最近お前が金がないのは「ランサック、俺は忙しい。これから依頼だ」…左様け…」
ランサックはいつもの様にザザへ絡み、そしてすげなくされてスゴスゴ去っていった。
(だがランサックは気になる事をいっていた)
(魔族か)
(俺は水を斬った事も火を斬った事も空気を斬った事もある)
(魔族とやらは斬れるのかな)
(それとも俺が斬られるのかな)
どうあれザザとしては他人事だ。
仮に、仮に自分が相対する様になれば逃げようと思っている。
逃げられそうになければ戦うまでだ。
どうせ家族もいないければ友人、恋人もいない。
ああ、でもリリスに逢えなくなるのは嫌だな、リリスの乳は最高だなどと思いつつ、依頼をこなしに向かう。
今回受けた依頼は血なまぐさいものではない。
剣術指導である。
時として、冒険者が同じ冒険者へ模擬戦という形で指導訓練を希望する場合がある。
これが剣術家だとかそういう類なら剣筋を見せたくないだのそんな理由で断わるのかもしれないし、現に剣を主に扱う上級の冒険者の中にもそういった者は居る。
しかしザザはこういった依頼を断わった事が無い。
ザザは剣術家ではないし、なんだったら剣術とはなんぞや、というレベルの門外漢である。
ただ、気付いた時には剣が上手かった、ただそれだけの男なのだ。
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この日ザザへ指導依頼を頼んだのはセイ・クーという若い男だった。
というか、このセイ・クーは結構頻繁にザザへ指導訓練を依頼してくる。
「今日も宜しくお願いします、ザザさん」
セイ・クーが頭を下げてくる。
ザザは、ああ、と答え剣を構えた。
構えは適当だ。
最初はセイ・クーもザザの適当さに業前を疑ったものだが…
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先手はセイ・クーが取った。
まあ毎回セイ・クーが先手を取るのだが。
ザザは指導では自分から仕掛けることはない。
当たり前だ、殺し合いではなく指導なのだから。
セイ・クーが突剣を突き出す。
1、2、3…神速の三段突きだ。
だがザザには1度も当たらなかった。
というよりも、セイ・クーがザザの体とは離れている場所を突いているのだ。
それでは当たり様がない。
とはいえ、これはセイ・クーが剣下手という訳ではなく、当然種がある。
以前セイ・クーが聞いた所によれば、“剣が届く前に体が既に攻撃態勢に入っている。俺はお前が剣を突く前に既にかわしているのだ”などと訳のわからない事を言っていた。
セイ・クーの突きをかわしたザザはひゅるりと剣を横へ薙いだ。その速度は神速…などではなく鈍速だ。
だが絶対に受け太刀などはしてはならないとセイ・クーは身を以ってしっている。
この横薙ぎは重剣・石衝というらしい。
これを受け太刀してしまうと、下手をすれば剣が吹き飛ばされてしまう。
それどころか剣を握る手が痺れしばらく握ることすらままならなくなる。
術の類ではなく、体重移動と脱力からの力み…で為せる技らしい。ゆるりと振られた剣には、ザザの体重の何倍もの重みが乗っているのだ。
セイ・クーは横に振られる剣をかなり余裕を持って、大袈裟なまでに距離を取りかわした。
だが、大きく動くという事は大きく隙を作ると言う事でもある。
ゆるゆると動いていたザザは急に切れ味鋭い踏み込みを見せ、あっという間にセイ・クーの懐に飛び込むと、彼の細首へ剣を当てた。
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「参りました。ザザさん」
セイ・クーが降参を告げると、ザザは頷いて剣を納めた。
それからセイ・クーの動きのあれが悪いこれはよかった、振り方のここが気になる、これはこのままでいい、などと細かい指導が入る。
普段からここまで細やかな指導をしていればザザの指導訓練はもっと依頼者が沢山いたのだろうが、ザザはセイ・クーくらいにしかこのような指導はしない。
他の者がいても大抵は最初にやった様に、実力差を見せ付けて終わりだ。
なぜセイ・クーを贔屓するのかといえば、彼がリリスとザザを引き合わせてくれた張本人だからである。
セイ・クーも結構女遊びをするので…要するに風俗友達という奴だった。
「今日も行くんですか?」
セイ・クーが悪そうな顔でザザへ聞くと、ザザはニヤリと笑った。