リリス
■
宿屋に戻ると、ザザはすぐにベッドへ横になった。
そして干し肉を齧りながら書物を読む。書物はとある冒険者の紀行物だ。
作者は冒険王として知られているル・ブラン。
ル・ブランの経歴が本当であれば、彼は冒険者の中の冒険者と言えるだろう。
作中の空中都市やら海底神殿は、本当に存在するなら怠惰なザザとて一度は行って見たい場所だった。
ちなみに干し肉は上等な干し肉で、香辛料をふんだんにつかった贅沢なものだ。
ザザはこういった時間がとても好きだった。
旨いものを食いながら面白い書物を読み耽る。
食も酒も女も書も、いずれも金がかかる。
ザザはそれらを十分に堪能するために日々冒険者業に励んでいるといってもいい。
■
夜になり、ザザは娼館へと赴いた。
娼館の扉を開けると、カウンターにいた娼館の主人が顔を上げる。
「いらっしゃいませ。ザザ様。お待ちしておりました」
「いつもの部屋は空いているか?」
主人は微笑みを浮かべたまま、頭を下げた。
「はい。もちろんでございます。どうぞこちらへ」
案内された部屋はいつもと同じ個室だ。
「それでは、ごゆっくり」主人はそう言い残して退室した。
部屋には天蓋付きの大きなベッドが置かれている。
この世界の一般的な娼婦は、客にサービスを行う前に風呂に入る。
そのため、ザザも入浴は済ませた。
あとは娼婦が来るのを待つだけだ。
■
しばらくするとノック音が響いた。
「失礼します」ドアを開けて入ってきたのは、白い肌をした若い女だ。
女は露出の多いドレスを着ており、その豊満な肉体が惜しげもなく晒されている。
「ようこそおいでくださいました。今晩もよろしくお願い致しますね」
妖艶な笑みをうかべて、彼女はザザの隣に腰を下ろした。
そして、ザザの手を握る。
「本日はどのようなことをしましょうか? 何でも仰って下さい。貴方のお望み通りに……」
ザザは彼女の手を強く握り返した。
「いつでも美しいなリリス。まずはその服を脱いでくれ」
リリスと呼ばれた女は一瞬キョトンとした表情を見せた後、口元に手を当ててクスリと笑う。
■
娼館で一晩を過ごしたザザは太陽の光に顔を顰めながら宿屋へ戻っていく。
「おはようございます。ザザさん」ザザは宿の受付の女性と目が合う。
女性の名前は確かレーニャと言ったはずだ。
「ああ、おはよう。今日も良い天気だな。そうだ、朝食を頼むよ」
「はい。ただいまお持ちしますので少々お待ちくださいませ」
ザザの言葉にレーニャは微笑みを浮かべる。
「どうぞ、こちらが本日のメニューです。それと、こちらはサービスになりますのでよろしければご賞味下さい」
そう言って差し出された皿の上には、こんがり焼かれたベーコンとスクランブルエッグが乗せられていた。
「ありがとう。頂くとするよ。代金はこの前と同じでいいか?」
「はい!それでは、またのお越しをお待ちしております!」
ザザは部屋に戻り、ベッドに腰掛けて食事を摂る。
食事を終えたザザは荷物をまとめ、部屋を後にする。
冒険者ギルドに到着したザザはそのまま依頼掲示板に向かい、自分に出来そうな仕事を探していく。
「ふむ……」
ザザは掲示板の前で考え込む。
そして一枚の依頼書を手に取り、カウンターへと向かった。
「依頼を頼みたいんだが、受けさせてもらえるかな?」
ザザは受付嬢に声をかける。
「はい。こちらの依頼は…いつも通り討伐ですね。またお独りで向かうのですか?」
受付嬢はザザの持つ依頼書を覗き込みながら答える。
「ああ」ザザは答えた。
王都のギルドにおいて、討伐依頼とは複数人で組んで挑むものだ。
単独で行動するのは自殺行為であるとされている。
王都周辺の魔物どもは、手ごわい。
それはザザも理解していた。
だが、彼は敢えて単独で活動する道を選んだ。
別に大層な理由があるわけではない。
あえて理由をあげるとすれば、それは“面倒だから”に尽きる。
ザザは思う。凡そこの世界の殆どのトラブルは人間関係が起因なのだ、と。
男女混在のパーティなんて最悪だ。
惚れた腫れたといった問題が必ず出てくる。
これは男が男である以上、女が女である以上仕方のない事なのであろう。
それでもザザは過去のトラブルの経験から、パーティを組んで活動する気にはなれなかった。
もちろんソロ活動である以上危険は大きいだろう。
だがそれはそれでいいではないか、とおもっている。
ザザには別にまもるべきものなどはない。
思わぬトラブルで自分が命を落とすのなら、所詮自分などはそれまでの存在だったのだろうと諦めるまでである。
もちろん、いざ死のアギトが目の前に迫ってきたならば、斜に構えているザザとて泣き喚き、惨めに命乞いをするのかもしれないが…。
結局の所、ザザは集団行動に伴う責任の発生を厭っているだけなのだ。