エスタ
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ギルドに足を踏み入れると、騒がしくしていた連中の視線が一瞬ザザに集まる。
視線はすぐに逸れるが、1人の女冒険者がザザに歩み寄ってくる。
名前はエスタ。
ハーフエルフの冒険者だ。
冒険者としての格はザザより1つ下。
弓と魔法を得手とするが、いざとなれば刃物だって扱う。
「四つ足かしら?」エスタが問う。
四つ足とはグレイウルフの別称だ。
「ああ」ザザが短く答えた。
「依頼は一人で受けたの?」エスタが問う。
「ああ」と、ザザ。
ふうん、といった風な女は軽く頷き、背を見せて仲間と思しき集団のもとへ歩き去っていった。
ザザと女は顔見知りだ。
以前、とある事情で知己を得た。
女はザザに恩がある。
女の横にいる男へふと目をやると、ザザを険しい顔で睨み付けてきていた。
男の名前はグエンという。
彼はエスタのパーティメンバーである。
ザザとも顔見知りだ。
だが、ザザは彼に対して友情を感じてはいない。
グエンもザザに対し友情など感じてはいまい。
グエンがザザをにらみつけるのは、彼がエスタへ懸想しているからであろう。
ザザはエスタに異性としての情は抱いていないが、そんなことはグエンには関係ないのであろう。
グエンはエスタが他の男と話す事そのものが気に食わないのだ。
━━くだらない
心中で吐き捨て、ザザはカウンターへと向かった。
カウンターにはいつものように受付嬢がいる。
「依頼の報告に来た」そういって討伐の証となるグレイウルフの牙を渡す。
「はい、確認しますね」受付嬢は笑顔で受けとり、慣れた手つきでチェックしていく。
この世界のギルドは、基本的にどこの国にも属さない独立機関だ。
ギルドに登録している者は、自分の所属する国以外のギルドでも依頼を受けることが可能となる。
ただし、国のギルド支部でのみ受けることのできる特殊な依頼も存在する。
「はい、大丈夫です。報酬をお受け取りください」
ザザはカウンターに載せられた報酬の入った袋を手に取る。
「ありがとうございます。ところで、お尋ねしたいのですが、何か変わったことはありませんでしたか?」
ギルド職員の女性は微笑んだまま、ザザを真っ直ぐに見つめてきた。
「いや、特にないと思うが……」ザザは女性の目を見返すことができず、視線を逸らした。
女性の目が細められる。
「……なにもないならいいんです。最近、この辺りの森の奥地に棲むモンスターが活発になってきているようです。パーティも組まずに独りで森に入るのはあまり感心できませんよ? ザザさんは無理をなさらない方だとわかっておりますけど、念のため忠告しておきました」
ザザは無言で小さくうなずいた。
要するに、グレイウルフの群れに一人きりで挑むような真似はするなということだろう。
グレイウルフ自体に格別異常はなかった気もするが、よくよく考えてみれば最近は魔物の出没が増えているような気がする。
森で何かが起こっているのだろうか?
「わかった。気をつけることにしよう」
女職員に礼を告げ、ザザは踵を返した。
背後から、クスリと笑う声が聞こえた気がしたが、ザザは振り返らなかった。




