彼の正体
翌日、眠れずに朝を迎えた私は、早朝の天神さんの清々しい空間に身を置きたくて、石段をかけ上った。朝の空気は、少しひんやりとしていた。
シロウには早すぎて逢えないと思っていたのに、天神さんへ続く石段の途中に座って待っていてくれた。
シロウは私が来ることが分かっていたかのように、「おはよう」と言った。
「おはよう」私シロウの隣に座った。
私から口を開いた。
「昨日の木村君って、見た目は木村君なんだけど、なんだか違ったよね?」
「そうだ、悪霊のたぐいだ。たまたま、彼の陽葵への執着に同調した悪霊が憑いてしまったんだ。」
「一瞬シロウが切ったように見えたんだけど。」
「まぁ実際に切っているからな。御神木で作られた木刃で、悪霊のみを切ったんだ。悪霊は塵と化した。」
「シロウって何者なの?」私は言葉に詰まった。
シロウは少し困った顔で「陽葵はどう思っている?」
少し考えてから、以前から感じていたことを言葉にした。
「以前から何度か感じているんだけど、普通の人ではないのよ。なんて言えば良いか分からないけど、もっと尊い存在?纏っている気配が神々しい。」
言葉にしてから、漠然とシロウを失うかもしれないと不安が襲ってきた。
でも、誤魔化したりするのはフェアじゃない気がして嫌だった。
その時「おはよう!今日は早いね。陽葵ちゃん。」
重い空気を払拭するように、明るい声がして笑顔のケンタ君が立っていた。
ケンタ君はこの場に居なかったはずなのに、最初からその場に居たかの様に全ての話を理解していた。
「それで、シロウは どうするのつもり?」と聞いた。
シロウは、決意した表情で「正直に話したいと思っている。」と答えた。
ケンタ君は笑顔で「了解!では、まずは僕から少し説明。」
「まず、僕達の名前を漢字で書くと、どんな字を書くか知ってる?僕は狗太と書く。シロウは獅狼。」
と言いながら地面に棒を使って名前を書いた。
「何か気付くことない?」
そう言われて、私が顔を上げると狛犬と獅子が対になった阿吽像が目に入った。
「いくら尊いと言っても。。。」私は一瞬浮かんだ考えを払った。
「何?陽葵ちゃん、今何かが脳裏を掠めたよね。」
「いやいや、そんな訳ないよ。神主目指して勉強中とか?」
「そうじゃないよね?ちゃんと思ったこと言ってよ。」
「だって、そんなこと認めちゃったら・・・」
「うん、そうだね。でも今陽葵ちゃんの脳裏に浮かんだ事が真実じゃないかな?」
獅狼は真っ直ぐ私を見つめ
「俺達は狛犬と獅子の化身。ここの主様をお守りしている神使だ。」
一拍おいて「怖いか?陽葵。」と感情を殺した抑揚のない声で聞いた。
「怖くなんかない。獅狼はシロウだよ、変わらない。今までと何も。」
「私がこの事を知ったからと言って、獅狼は私の前から消えたりしない?」
獅狼は安堵したかのように少し微笑で、横に首を振った。
「良かった、それなら私は大丈夫。」
ほっと小さく息をついた獅狼は、優しく私の頭を撫でてくれた。
蝉の声が大きくなって、境内に夏の熱気が戻り始めてきた。
「一度朝食をとりに戻るわ。親に内緒できたから。狗太君説明ありがとう。」
「何か他にも聞きたいことがあったら、いつでも聞いてよ。陽葵ちゃん。」
狗太君はまるで私の中に湧き上がる不安に、気付いているかのようだった。
そう、私は問うことのできない疑問を抱えていた。
聞いてしまったら、絶対に後悔する疑問。