漆黒
明後日は天神祭だ。
そして明日から待ちに待った夏休み。
皆、浮き足だっていた。高校最後の夏休み。
卒業後、地元を出て行く子も多いから、夏休み前に好きな人と友達以上になるきっかけが欲しい。
あわよくば、付き合いたい。お祭りに誘い距離を縮めたいなど、様々な想いが交差する時。
中には焦りから、常軌を逸した行動に出る人もいた。
そんな中の一人に私に付きまとう男子学生がいた。
彼とは同じ塾だが、ほとんど話した事も無い。名前は確か、木村君だったと思う。
今までの私は、『一目惚れ』を人の外見だけで何が判断できるのか知らないが・・・とずっと軽蔑していた。シロウと出逢うまで。
一目惚れを知った私だからか今まで上手く躱せていたのに、今の私は上手く躱せない。
とうとう木村君とこじれて、天神さんまで付きまとわれてきた。
ふと周りをみると夕日が沈みかけ、微かに赤紫色の空が果てに残っていた。
逢魔が時だ。シロウに注意されていたのに!後悔した時には遅かった。
境内に入った辺りからだろうか、木村君の様子がおかしい。
妙に苛ついた様子で、何かブツブツ言っている。
私は怖くなって逃げ出した。
「待て!」と叫びながら追いかけてきた。
あっという間に追いついた彼は、私の肩を掴んだ。
私は恐怖のあまり「やめて下さい。」と大きな声で言った。
彼は一瞬ひるんだが
「俺は君と仲良くなりたいんだ。俺を知って欲しい、友達からでいいから。」
と言いながらジリジリと間合いを詰めてきた。
彼の目は、焦点が合ってないような目、まるで漆黒の闇のように真っ黒だ。
私は恐怖で足がすくんで動けなくなった。
「来ないで。」声にするけど、恐怖で今にも消え入りそうに小さいな声。
もう駄目だ!そう思った時。
低い声で「その手を離せ!」そう言うと木村君の手をつかんだ。シロウだ。
「陽葵、大丈夫?」
シロウは彼を軽蔑のまなざしで一瞥し言った。
「陽葵が嫌がってる、分からないのか?」
「何だって!俺は彼女と話したいだけだ、邪魔するな!」
向かってこようとする木村君にシロウは静かな声だが、射貫くような鋭い視線を向け言い放った。
「誰の許可を得て、この境内で好き勝手やっている。」
その声は辺りの空気を一掃するような、気高さを帯びた声だった。
木村君の目に一瞬で光が戻った。我にかえり彼は逃げ帰った。
「ありがとう、いつもは上手く躱せるのに。失敗しちゃった。」
私はぎこちなく笑った。
でも恐怖はまだ私の中に居座っていて、震える手を後ろに隠した。
そんな私に気づいたシロウは、優しく抱きしめ頭を撫でながら
「大丈夫、陽葵のことは俺が必ず守る。何処にいても、約束する。」
私は、嬉しさと安堵とで涙が次から次に、頬をつたう。
彼は「だから泣くな陽葵、笑え。」と言った。
そして、シロウはその涙を優しく唇で受け止めてくれた。
私は守られる幸せを噛みしめていた。つかの間とは知らず。