夕凪
シロウと私が親しくなるのに時間は掛からなかった。
私達は自然に距離を縮めていった。
何故か昔からの知り合いのように、お互いの事が大切に思えた。
梅雨は明け、蝉が一斉に鳴き出していた。私は、毎日のように天神さんを訪れた。
そして、御神木の側にあるベンチで勉強をしていた。
御神木の作り出す日陰で蝉の声を聞きなが、勉強をすると御神木に守られているようで心地良かった。
私が勉強をしている間、シロウは本を読んでいた。
私の勉強が終わると、二人でおしゃべりをした。
おしゃべりと言っても、私が話す学校の話にシロウが耳を傾けてくれている。
ある日私がいつものように、ベンチに座っていると。
私よりいくつか年下だろうか、少年が声をかけてきた。
「お姉さん、シロウのこと待っているの?」
「そうだけど、君も?」
少年は私の問には答えずに、少年に似合わず大人びた声で
「身の程をわきまえないと、後に後悔することになるよ。」と言った。
「どういう意味?」
「そのままだよ。過分に望めば、先に苦痛が待っている。」
私は、少年の発している言葉が理解出来ずにいた。
「ケンタ!何してんだ!」
珍しく、苛立ったシロウの声が境内に響いた。
ケンタと呼ばれた少年は悪びれること無く「何?僕は、嘘は言ってないよね?」と言った。
「お前には関係ないよな?」押し殺した声に怒りを含ませた、そんなシロウの声は初めて聞いた。
シロウは私の手を引き境内の街が一望できる場所へと移動した。
ここからは海がみえる。夕凪だ、風が止まった。
シロウが落ち着きを取り戻した。
「陽葵、あいつの言うことを気にすることはない。」
「あの子はシロウの知り合い?」
「あぁ、ケンタは兄弟みたいなもんだ。」
彼はこれ以上のこの話題には触れて欲しくないと言われた、これ以上は聞けなかった。
その日から、ケンタもたまに現れるようになった。
暑い日は、私は家から冷えた麦茶と手作りのお菓子を持ってきた。
シロウは私が持ってくるお菓子を、いつも美味しいと喜んでくれた。 私はシロウが喜んでくれるのが嬉しくて、色々なお菓子を作った。洋菓子から和菓子何でも挑戦した。
シロウの事を想いながら過ごす時は、至福の時だった。
誰かの為に何かをするという経験は、初めてだったがこんなに満たされた気持ちになるとは、驚きだった。
不思議なことに、洋菓子の日は決まってケンタが現れた。
洋菓子が大好きで、洋菓子の日は私の分まで食べた。私達は二人で時には三人で楽しく日々を過ごした。
ケンタは最初の印象とは異なり、人懐っこくて可愛かった。
チョコチップマフィンが大好きで、口の周りにチョコを付けては笑いを誘った。
不思議だったのは明らかにシロウの方が年上なのに、二人が対等だったこと。
時にはケンタの方が年上に見えることすらあった。
そんな事も楽しく過ごすうちに気にならなくなっていた。
こんなに楽しい夏は初めてだった。私はこの夏が延々に続く事を祈った。