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父と母

2018年8月

 私は母の備忘録を閉じた。

そして両親の事を考えた。父は古い文献の研究を仕事にしている。

仕事の傍ら、古い文献から結界術などを学んでるのを見たことがある。

力を失った父が代わりに何か防ぐ手立てを学んでいたとしても不思議はない。


 そして、父の書斎の机の上には、ガラス細工のリンゴの置物があった。

子供の頃、父に欲しいと駄々をこねたことがあった。父は凄く困った顔をして

「これはパパのとても大事なお守りだから、あげられないんだ。ごめんな、晴陽。」

それでも欲しいと駄々をこね泣く私に、父は根負けして「大事にしなさい。」と言って渡してくれた。

でも、私の手に乗せられた途端にリンゴはそれまでの輝きを失ってしまった。

子供ながら、これは私が持つ物ではないと思い、父に返した。

父の元に戻った途端、輝きを取り戻した。そこに存在することが当たり前のように。


 母はいつも木彫りのリンゴのキーホルダーを持っていた。

古い物だとわかる温かみのある色の木彫りだった。

母は自分を落ち着かせたい時に、よくそれを握りしめていたのを思い出した。


 すべての辻褄があった。嗚呼、そうなんだ、父と母の間に『仲が良い』だけでは済ますことが出来ない、強い絆があったんだ。

 父は母の僅かな心情の変化にも誰よりも先に気付く。でもそれを無闇矢鱈むやみやたらに言葉にする訳ではなく、母に必要な時、必要な言葉を紡ぎだす。

 母はそんな父の側でいつも笑顔を絶やさずにいる。父には母の笑顔が必要なのかも。

そんな両親に、私は疎外感を感じていたのかもしれない。

二人の間に割って入ることができない気がして。そして母が羨ましかったのかもしれない。

父に誰よりも深く理解され、求められていたから。




 夏休み中は、賢太と一緒に過ごしたり、祖母と蔵の片付けをしたりと忙しく過ごした。蔵には年代問わず古い物があった。

蔵自体が築200年なのだ、少なくと200年分の歴史がそこに存在する。

何度か整理されていたため、生活に密着したものは近代が多かった。

しかし、食器等は古く歴史を感じる物も残っていた。

古い物には、人々の様々な思いが宿っており、それに触れる行為は私にとっては贅沢な時間だった。


 賢太とは、朝の涼しい時間帯は散策し、昼間は図書館で勉強して過ごした。

たまに観光と称したデートもした。

蔵の片付けも手伝いにも来てくれて、すっかり祖母とも打ち解けている。


賢太には両親の事や備忘録については言わないでおいた。

本当は言いたかったけど、きっと今の彼には響かないだろう。


 ある日の夕方、普段はそんな時間に天神さんへは行かないのだけど。

その日は図書館で勉強した後、天神さんへ寄って話し込んでしまった。

辺りはいつの間にか、影の境界線があやふやになっていた。

しまった、逢魔が時だ。私は咄嗟に影を見つめた。

影のなか蠢く漆黒の闇、私は見てはいけないと思いながら、目が離せないでいた。


 賢太にも見えているようだ。

彼は咄嗟に私と影の間に割って入った。

しかし、彼には倒す手立ては無い。動けずにいる私達の前に一人の少年が現れた。

「あれ?陽葵ちゃん?じゃないな。一瞬気配が似てたから、、、」


 少年は一瞬にして空気を変えを「悪しき者よ、この地はお前が足を踏み入れてよい場所ではない。去れ!」と少年とは思えない、声で鋭く放った。

一瞬にして蠢いていた物が消えた。


 振り向いた少年は、先程と同一人物とは思えない表情で。

「お姉さん名前は?」

「晴陽です。さっき陽葵って言ったけど、母を知ってるの?」

「まぁ、昔の知り合いだよ。」

「娘です。獅狼と陽葵の。」被せ気味で言った。

少年は苦笑いして

「通りで、境内の空気がざわめき立っているはずだ。さあ、余り遅い時間にウロウロしない方がいい。気を付けて早くお帰り。」と言った。


 私の頭にぱっとある名前が浮かんだ。

「ありがとう!狗太君。」確信を持って名前を読んだ。

狗太君は一瞬驚いたが「ご両親は幸せにしてる?」

「はい、おかげさまで、今もすごく幸せそうです。娘の私が嫉妬するくらい。」

「相変わらずだね。」狗太君は少し寂しそうな笑顔で言った。


その背中に向かってもう一度大きな声で

「ありがとう!」と言った。

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