門出
次の日の朝、私は約束通り天神さんへ行った。
獅狼はいつものように石段に座って私を待っていた。
でも、いつもと何かが違う。纏っている気配が違う?
「獅狼?」私は不安になった。
「どうした、陽葵。不安そうな顔をして。」
「何かが違う。いつもの獅狼と。」
彼は少し驚いて
「流石だな、陽葵。俺は人になったんだ。これで、お前と一緒に時を刻める。」
獅狼は清々しい笑顔で言った。
「えっ!」
「昨夜、御屋形様に申し出た。陽葵と出逢ってから、ずっと考えていたんだ。人になることを。
ただ人になることで力を失う。人となった俺が陽葵を守れるか不安で心が定まらなかった。
でも、昨日の陽葵を見ていたら迷っている自分が馬鹿らしく思えた。
だから、昨夜、御屋形様に許可を頂いた。」
私は絶句した。そんな獅狼の人生を大きく変える選択をさせる気はなかった。
ただ、側にいたかっただけ。私の我儘が獅狼の人生を変えた、自責の念を抑えられず、崩れ落ちた。
『ごめんなさい』と言うのは簡単だが獅狼の思いを踏みにじる行為に思えて言葉にできなかった。私の頭の中は真っ白になっていた。
何かを察した獅狼は私を抱きしめ、
「いや、陽葵が自分を責める事ではない。俺の我儘だ。
お前の傍で、お前と同じように歳を重ねて生きてゆきたかったんだ。
どうしても、お前を失うことが耐えられなかった。」
そして大きな手で私の頭を撫で
「こんなに晴れやかな気持ちになるとは、予想以上だ。」
獅狼は私の顔を覗き込み
「笑え。陽葵、俺達の門出だ。」と言ってガラス細工のリンゴを見せた。
「それ!」
「悪い。陽葵に術をかけたあの日、お前を部屋まで送り届けた時に持ってきた。俺のお守りに。」
私は嬉しかった、同じ気持ちでいてくれたことが。私は最高の笑顔で答えた。
「あの日、随分探したのよ。でも獅狼が持っていてくれたのなら嬉しい。」
私達は、相手の存在を確かめるようなキスをした。やっと一緒に生きてゆける。
獅狼は人になる代償に力を失った。
念のため、土地を変えた方が良いだろうとの御屋形様のアドバイスにより、私達は私の大学進学を機に尾道を出た。
私の備忘録も、これで終演。でも私と獅狼の物語は続く。
私の初恋はずっと続いてゆく。