聖女となった俺は、女装をしてとにかく頑張ってみた。
気楽に読んで頂ければと思います。
ご感想お待ちしております。
「あなたは聖女に選ばれました」
俺が異世界に来た時、最初に言われたのがこの言葉だった。
目の前にいるお姫様は、俺の姿を見ながら顔が引きつっていた。
そうなるよな。
本来なら、聖女のはずが男の俺が現れたんだ。
だから、俺はお姫様にこう尋ねた。
「これ、間違ってない?」
そう、俺は神様の手違いで、聖女としてこの世界に来てしまった。
お姫様の名前はアスラーダ。
この国の一番偉いお姫様だそうだ。
アスラーダは俺に教えてくれた。
この国には伝説がある。
五百年に一度、起こると言うブラッドムーン。
それは魔物たちが赤い月が出る、七日間だけこの世界を蹂躙する悪夢だと言う。
そのブラッドムーンから世界を守るために、異世界から聖女が現れて、この世界を救うそうだ。
そして、どうやら俺は聖女に選ばれてしまったようだ。
いや、男性なので聖人だろう。
アスラーダ姫は俺にこう告げる。
「この国を守るため、是非ともお力を下さい」
「はぁ」
俺は戸惑いながら答える。
今、俺の中ではあることが気になっていた。
それを彼女に聞かないといけない。
「ちなみに、元の世界に戻る方法はある?」
俺の質問に、アスラーダは「え~と」と呟くと、きょろきょろと周囲に助けを求めていた。
でも、誰も答えてくれない。
みんなが、完全にアスラーダに投げていた。
「あの・・・実はですね・・・」
「はい?」
「・・・正直にお話します。戻る方法はありません」
「だよね」
こうして、俺は元の世界に戻るのを諦めた。
俺はこの世界で、聖女の扱いで生きることになった。
ブラッドムーンが始まるのは半年後。
その間に、俺は魔法を習得しなければならない。
さて、どうしたものか。
まず、俺にはその才能があるのかどうか。
俺は、アスラーダに連れられて神官長の元へ案内された。
そこで俺は、魔力の保有量を調べることになった。
「さすが、聖女様です」
俺の魔力の保有量は無限大に近いそうだ。
次に、俺は聖女の服を着させられた。
鏡に映る俺は、女装が似合わないと思った。
その上、アスラーダは俺にメイクを施した。
化粧をさせられたのは、文化祭以来だった。
その時、俺はネタで女装をすることになったのだが、クラスメイトの女の子にメイクをしてもらった時、「君は化粧しやすいかも」と褒めてもらったことがあった。
アスラーダも「聖女様は化粧しやすい肌をもっていますね」と褒めてくれた。
嬉しいのかどうかと言われると、すごく戸惑う。
でも、アスラーダが一生懸命、メイクをしてくれるので彼女に文句を言うことはしなかった。
次に、俺は魔法を覚えないといけなくなった。
まず、覚えられるかどうか不安だったが、その心配をする必要はなかった。
俺はわずか一ヵ月で魔法の基礎を覚えた。
さすが、聖女だと俺は自分を褒める。
チートって存在するんだと。
神様にも感謝した。
だが、ゾンビ映画のように無限に近い魔物たちが出るとなると、戦い方は考えないといけない。
俺は、ゾンビ映画や戦争映画を思い出す。
その結果、防御を強化させる戦いをすべきだと考えた。
火力の集中はもちろんだが、犠牲者を少なくし、魔物たちの動きを停滞させる。
これを続ければ、一週間続くブラッドムーンは戦い抜けるはずだ。
俺は、魔法に工夫をしながら出征までの時間を過ごした。
俺は、アスラーダとの交流を続けていた。
言い換えると、俺はアスラーダ以外に話す相手がいなかった。
これだけは、どうにもならない。
そんなある日、彼女からこんな話を聞いた。
「もし、ブラッドムーンが終わりましたら、わたくし、あなたと婚姻を結ぶことになると思います」
突然の話に、俺はアスラーダが王族として、国のためにやむなく婚姻をしないといけなくなったのだと思った。
だから、俺はこう答えた。
「あ、それはなしでいいですよ」
「どうしてですか?」
アスラーダが不思議そうな顔をした。
「好きでもない人と婚姻なんて嫌でしょ?だから、俺は生活さえ保障してくれればいいよ」
すると、アスラーダが急に頬を赤らめた。
すごく可愛い。
「お優しいのですね」
「いや・・・」
俺は、頭を掻いて恥ずかしさをごまかした。
しかし、どの時代にも嫉妬に駆られる奴がいる。
俺がアスラーダと仲が良いことを、快く思っていない貴族の息子が絡んでくる。
そいつの名は、ジュゼッペと言った。
「アスラーダ姫に近づくな」
ジュゼッペは俺に会うたび、そう忠告する。
「その恰好も許せん!」
ジュゼッペは一度、俺を殴ろうとしたことがあったが、試しに風圧魔法を使ったら、見事に池に落ちた。
それ以来、さらに俺に絡んでくるが、こちらは魔法の訓練があるので、王から注意が行ったらしく、その後は絡んでこなくなった。
だが、ジュゼッペは出征の日になぜか俺に同伴してきた。
おそらく、アスラーダに良いところを見せたいのだろう。
まあ、お好きなようにと俺は思いながら、騎士団のいる辺境の地へ向かった。
俺の姿は異様だった。
改めて言うが、俺は女装をしている。
股がすーすーしていて、今でも慣れていない。
とはいえ、俺は聖女の扱いに変わりなかった。
アスラーダ姫に化粧を教えてもらい、聖女の姿を着こなす俺に、護衛の騎士たちは同情してくれた。
辺境の地へ着くと、第一騎士団の団長であるマルチェロが出迎えてくれた。
マルチェロは俺の姿を見ると、驚きを隠せなかった。
いや、そうだろう。
俺が聖女、いや、女装をしているのだから。
「あんたさ、女が来ると思ってたろ?」
「あ。ああ」
マルチェロも答えにくいだろうな。
「申し訳ないな。俺だって、こうなると思わなかったし。まさか、聖女の恰好をしろと言われるとは思わなかったし」
「いや、こちらこそ申し訳ない」
マルチェロは謝罪してくれたが、落ち込み具合は半端なかった。
まぁ、本来なら美しき聖女様が来るはずが、なぜか、男が来たんだ。
落ち込むのは当然だし、マルチェロの部下たちもやる気をなくすだろうし。
だが、魔物たちが活発になる日、ブラッドムーンが近づいていた。
急がないといけない。
俺は、マルチェロに戦術に関して提案をした。
まず、何重にも柵を作り、堀を掘り、防御陣形を作ること。
これは、戦争映画の真似だが、実際、役に立つと思っている。
どこかで防御陣地が崩れそうになるたびに、聖女姿の俺が駆け付けて騎士たちを助ける。
マルチェロは俺の考えに同意した。
「あと、俺が騎士団全員に防御魔法をかける。それで半日は持つ。俺は防御魔法が切れるたびに、みんなに掛け続ける」
「それだと、お前の魔力が切れるぞ」
「ああ。だから、魔力の回復用にポーションを大量に用意している」
俺は自分の体に合うポーションを調べた上で、一番合うものを大量に用意していた。
エナジードリンクは、色々試したことがあり、その中で良かったものを選んでいたこともあったので、ここでも同じことをした。
そして、俺に合うポーションを見つけると、ブラッドムーンが行われる七日間に対して、一か月分のポーションを用意していた。
「あとは、魔杖や魔法の剣を壊れても大丈夫なほど、多く用意している」
馬車三台分の、常備品を用意したので心配していない。
「もし、厳しくなったら必ず伝えてくれ。こちらもお前さんを守るために、魔法騎士を用意している」
「助かる」
マルチェロとは気が合っていた。
だが、ジュゼッペはこの期に及んで、俺の悪評を流していた。
アスラーダのことを好きなのはわかるが、ここは戦場だ。
騎士たちの戦意を削らないでほしいが、マルチェロや騎士たちが悪評を無視してくれていた。
なので、俺はマルチェロたちに感謝しつつ、何も言わなかった。
月が赤くなった。
それが合図となり、ブラッドムーンが始まった。
凄まじい数の魔物たちが、俺たちに襲い掛かった。
しかし、こちらの防御陣地は簡単に破られない。
堀に満たした油での火攻めや、水攻めが効果を発揮していた。
俺の防御魔法も効果を発揮していた。
俺は、危うくなりそうな場所に駆け付けると、攻撃魔法を撃ったり、傷ついた騎士たちを治癒したりした。
俺の女装姿は、白から赤に染まっていく。
着替える暇も、寝る暇さえない。
それでも、防御陣地は驚異的な維持を続けていた。
だが、その維持を壊した奴がいた。
そう、ジュゼッペだった。
五日目の昼、奴は不意を突かれて魔物たちに囲まれてしまった。
すると、奴は仲間の騎士を身代わりにして、馬に乗ってその場を離れてしまったのだ。
そうなると、この防御陣地は崩壊した。
崩壊した場所から、魔物たちが次々と侵入してくる。
俺はマルチェロと対応策を考える。
「どうする?」
マルチェロが、俺の元に駆け付ける。
マルチェロも傷だらけだ。
状況はそこまで切羽詰まっている。
「手はある。これだ」
俺は、爆裂魔法を液体に変えた瓶を用意していた。
前の世界で言う、手榴弾みたいなものだ。
「これを突破された場所に向けて、ひたすら投げ続けてほしい。その間に、俺が前に出て敵を倒してゆく。俺が吹き飛んでも気にしないでほしい。みんなには、防御魔法はしばらく使えないが、その分、火力を集中させて敵を追い払う。マルチェロはその間に陣地の修復をしてほしい」
「わかった」
俺が見た映画だと、砲撃をしながら歩兵が前に進むシーンがあった。
それで敵味方関係なく、突撃して、相手の陣地を奪った。
俺は、自分に防御魔法をかけることで、それを逆手にとって、魔物たちを倒していくことにした。
騎士たちが、魔法瓶を投げ始めた。
至る場所で爆発が起こる。
その中で、俺は魔法の剣を振るいながら、魔物たちを倒していく。
爆破で吹き飛んだりしながらも、俺は半日間、ひたすら剣を振り続けた。
その間に、マルチェロが陣地を回復する。
そして、七日目の朝には防御陣地はすべて奪い返すことに成功した。
「大丈夫か?」
「ああ」
「あと、一日だ。魔物の数もかなり減った。もうひと踏ん張りだ」
「そう言えば、あの馬鹿はどうしている?」
「奴はテントにこもったまま、出てこない」
ジュゼッペはテントにこもって出てこなくなっていた。
せめて、最後の日だけでも戦ってほしかったが、これだと期待できないな。
「先に俺は戻る。しばらく休んでいてくれ」
そう言うと、マルチェロは戦場へ戻る。
俺は少しだけ休憩をすると、マルチェロと同じく戦場へ戻った。
八日目の朝、最後の魔物が倒された。
やっと、ブラッドムーンが終わった。
俺は気が抜けてしまい、その場に腰を下ろした。
これで、俺の聖女の役目は終わった。
せっかく、アスラーダに作ってもらった聖女の服もぼろぼろになっている。
俺はアスラーダに服をぼろぼろにしたことを申し訳ないと思いながら、その場で眠りについた。
目が覚めた時、俺はすぐに水を浴びて、新しい制服を着替えた。
戦場となった辺境の地を見ながら、俺は今後のことを考えていた。
この後、俺は何をしようか。
どのみち、日本には戻れないだろう。
王都に戻ったら、何を褒美にもらおうか迷っているとマルチェロが俺に声をかける。
「貴公のおかげで、魔物たちはすべて倒すことができた。感謝する」
マルチェロは、言葉を改めて俺に感謝した。
本当に気のいい奴だ。
だが、あの嫌な奴には話をしないといけない。
「それで、あの馬鹿は?」
「ジュゼッペは昨日、王都へ逃げた」
「おいおい、マジかよ」
「お前の姿を見て、悪魔だと言って逃げた」
俺は正直、ここまで弱い奴だとは思わなかった。
しかも、俺のことを悪魔と呼ぶ時点で、そのまま王に悪口を言うのだろう。
そうなると、王都に戻る時には奴は俺の悪評を広めている。
まったく、めんどくさい。
「貴公はどうしたい?」
マルチェロは、俺のことを心配してくれていた。
だから、俺は彼には一つお願いした。
マルチェロは、俺の提案を聞くと快く協力すると話してくれた。
その後、俺はマルチェロの協力で、アスラーダ姫に手紙を送った。
さて、ジュゼッペ君。
君はこの後、とんでもない罰を与えてやろう。
それまで、自分の世界に浸っていればいい。
王都に戻ると、俺はすぐに王に呼び出された。
王の間に案内されると、意気揚々と俺を待ち構えるジュゼッペがいた。
アスラーダ姫や神官長もいる。
アスラーダ姫を見ると、彼女は心配そうに俺を見ている。
「これはこれは、敵前逃亡をしたジュゼッペ君じゃないですか」
俺は先制攻撃を仕掛ける。
「なっ!?」
俺の攻撃に、ジュゼッペは言葉を詰まらせる。
「でも、お前がいなくても魔物たちは退治できた」
「だ、だまれ!」
「あれ、逃げたことをアスラーダ様に知られたくなかったのかな?でも、騎士団のみんながお前のことを恨んでいるぞ」
俺がクスクスを笑うと、ジュゼッペが叫んだ。
「それは、貴様が魔物たちを活発化させたのだ!」
ジュゼッペは意気揚々と王の前で告げる。
しかし、誰も反応はしない。
すでに、マルチェロとアスラーダ姫が王や貴族院に根回ししていたので、ジュゼッペの悪事を知っていた。
当然、ジュゼッペを見る目は冷たい。
ジュゼッペもみんなの態度がおかしいと気付くと、当然、焦り始めた。
今度は、何を言うのか楽しみだと俺は思った。
「こやつは魔物の手下です!このままでは、我が国に害を及ぼします!すぐにでも処刑を!」
「では、それを証明するものを提示せよ」
王はジュゼッペに聞き返した。
「あ、それは・・・」
ジュゼッペは、自分の地位に任せて告げ口すれば、誰もが納得すると思ったんだろう。
でも、証拠はまったくないし、騎士団を救った事実は誰もが知るところなので、彼らを説得できるはずもなかった。
「ないであろうな。だが、心配するな」
「と・・・言いますと?」
「すでに騎士団からブラッドムーンの報告書は受け取っておる。よって、すべての事実は確認している。お前が逃げ出したこともな」
そう、俺はマルチェロに、急いでブラッドムーンの報告書を王やアスラーダ姫に送るようお願いした。
これは時間との勝負だったが、この報告書はジュゼッペが王都に到着日と同じくして、二人に届けられた。
その事実を知らないジュゼッペは、逆に断罪されることになった。
「ジュゼッペ、お前は敵前逃亡した上、聖女を貶めようとした。これは死罪に値すると理解しておるのか?」
王がジュゼッペを睨みつける。
さすがに、勇者の血を引く一族だ。
その威圧感は、俺でもはらはらする。
「お前には失望した。よって、お前の爵位を剥奪し、辺境の地へ流罪とする!」
「王!!」
ジュゼッペが、王に許しを請うために駆け寄ろうとする。
でも、周りにいた近衛兵たちが、ジュゼッペを突き飛ばす。
ジュゼッペは、床に腰を打ち付けて倒れた。
その姿は、滑稽なものだった。
「聖女よ、これで満足か?」
「はい。魔物たちと戦った騎士団も納得してくれるでしょう」
マルチェロ率いる騎士団が、ブラッドムーンで死に物狂いで戦う中で、ジュゼッペは逃げたのだ。
ジュゼッペをもっとも許せないのは、マルチェロたちだ。
俺は、彼らの気持ちを代弁した。
「何が聖女だ・・・貴様さえいなければ・・・」
すると、ジュゼッペが立ち上がると、俺に向かって剣を抜いた。
やっぱり、そうなるか。
俺はため息をつく。
「死ね!!」
ジュゼッペが剣を突き出したまま、俺に駆け出す。
そのまま、突き刺すつもりだろう。
俺は、すでに手に魔杖を用意していた。
そのまま、ジュゼッペに魔杖を向ける。
「反省しろ」
俺の風圧魔法が、そのままジュゼッペを吹き飛ばした。
俺の予想に反して風圧魔法が強かったようで、ジュゼッペはそのまま窓を突き破り、変な音と共に地上へ叩き付けられた。
俺は窓の外から、ジュゼッペの様子を見る。
ジュゼッペは後頭部や口と耳から血を流しながら、痙攣を起こしていた。
これだと、もう手遅れだろう。
「呆気ないものだな」
俺の側に来た王が、ジュゼッペを見ながら話す。
「聖女よ、今後はどうするつもりだ?」
「そうですね・・・しばらくはマルチェロのいる騎士団にいようと思います」
俺としては、この世界を旅してみたい。
マルチェロの側にいれば、色々と経験ができるだろう。
「そうか。では、我が娘、アスラーダのことだが・・・」
「それは気にしないで下さい。姫は好きな方と結婚した方が良いですし、俺は好きに生きたいと思いますので」
俺は、アスラーダとの婚姻は自分から白紙にしようと思っていた。
さすがに、アスラーダが可哀そうだと思っていたし、彼女もいつか好きな人と恋をしたいだろうし。
「いや、そうはいかんのだ。我が娘が聖女でないと、婚姻をしないと言っておってな」
「はい?」
「お主も女心に鈍いのう。我が娘はお前に惚れておるのだ」
その言葉に、俺はアスラーダに振り返った。
アスラーダは俺に見られて、頬を赤らめていた。
結局、俺とアスラーダは結婚することになった。
それまでに突発的な出来事が起こったが、俺たちは乗り越えられた。
しかし、俺の姿は女装のままだ。
みんなが、相変わらず聖女と言っているのも悲しい。
俺は男なのだが・・・。
誰か、俺のこの姿をどうにかしてくれないか?