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世界と共に

―――ガヤガヤガヤガヤガヤ………。


窓からの明かりで目が覚める。


なんだか外が騒がしい。

こちら側の世界もどれくらいぶりだろう……。


いや待て、三日も経ってしまっているのでは?


飛び起き、携帯を確認する。


その予想は正しかった。




無断欠勤だ……。


これは参ったな……。


どう言い訳したもんか……。


いや、実際には二連休だったため、昨日と今日が仕事というわけだが、それでも昨日は何の連絡もせずに休んでしまっている。

着信履歴には、職場から何度か電話が入っていた。

当然だろう。

だが、今日は休まなくて済みそうだ。

出勤したくはないが、行って適当な言い訳をし、謝るしかないだろう。




出勤の支度をしつつ、一応出勤の前に電話を入れておいた方が良いのではないかと考える。


ドキドキしながらも連絡をする。


――――プルルルルルル、プルルルルルル――――。


もしかすると、まだ早いし、誰も出勤していないのかもしれない。

わざわざ電話などせずとも、誰も俺のことなんか気にしてないだろうし、いつも通り何食わぬ顔で出勤して、適当に謝ればいいかもしれない。


――――プルルルルルル、ガチャッ。


切ってしまおうかと考えていた矢先だった。

通話が開始される音が聞こえる。


繋がってしまった……。


「はい。もしもし。」


まだ業務開始前だからだろうか?

気を抜いていたのか、相手は店名も名前も名乗らずに電話に出る。

店長の声だった。

少し慌てているようにも聞こえる。


店長は誰よりも早く出勤していたのだろう。


「――あ、もしもし……」。

しまった。

余計なことを考えていたせいで、何を言うのか分からなくなってしまった。


「はい。」


店長はこちらの言葉を待っている。


「――あ、あの……えっと……瀬濃です……。」

とりあえず名乗る。


「――あ、瀬濃くん?どうした?昨日は連絡もなしに休んで。」

怒っているのだろうか。

まぁ、当然だろう。


「す、すみません……実は体調が悪くて動けなくて……。」

適当なことを言う。

まぁ、動けなかったのは嘘じゃない。


「はぁ……仕方ないね……。ちゃんと連絡はしなくちゃダメだよ。他のみんなも心配してたんだよ。」


「……心配……?」

思わず口に出てしまっていた。

そんなまさか……。


「そうだよ。みんなで大騒ぎだったんだ。初さんなんて、迎えに行くから住所を教えてくれなんて言うし、他の人たちも辞めちゃったんじゃないかなんて心配してたよ。」


そうだったのか……それは申し訳ないことをしてしまったな……。


「すみません!本当にすみません!今日はちゃんと出勤しますので……!」


「いや、今日は来なくていいよ。」


その返答が返ってきて、ドキリとする。

やはり辞めたと思われて、既にクビにされてしまったのだろうか。


「――――え……。」


言葉が出てこない。


「……あれ?もしかして知らないの?テレビ見てないの?――あ、また電話だ……。とにかく、今日は来なくていいから!!じゃあね!」


キャッチか何かでも入ったのだろう。

店長は慌てて言うべきことだけを言って、電話を切ってしまう。


今日は来なくていいという言い方をしていたし、恐らくクビなわけではないだろう。

そう思いたい。


それにしても、店長はテレビがどうのと言っていた。

さっきから外も騒がしいし……なにかあったのか?


テレビを点けてみる。


「――本日、地球に流星群が衝突することが機密機関により発表されました!!全世界の全ての人々は直ちに就寝し、あちら側の世界へ移動して下さい……!!」


テレビに映るアナウンサーは早口でそんなことを言い、同じようなことを言い続けていた。

どうやら、今日の昼頃に大量の隕石群、その流星群の衝突が予想されており、地球が滅びてしまうということらしい。


それ故に、今まで暗黙の了解で口にしないことになっていたもう一つの世界のことすらも公にして、あちら側の世界へ避難するようにと警告されている。

もちろん、その場合こちら側の世界には戻ってこられなくなるが、死んでしまうよりはいいだろう。


だが、俺にはまだ、こちら側の世界での心残りがある。

店長との電話にその名前が出てこなかったことも、余計に気になる原因となっていたのだろう。


あるいは、偶然休みだった可能性も否定できないが、気になるものは気になる。


そう、相野さんのことだ。


俺は、メッセージアプリを開く。

連絡先を知っておいてよかった。

相野さんからは、既に連絡が届いていた。

内容はとても短いものだ。


「これから会えませんか?」


そんな内容だった。


今さっき届いたもののようだ。


相野さんと俺は、別に付き合っているわけではない。

それでも、もし相野さんから届いていなければ、同じ内容を俺から送っていただろう。


俺も、最後に相野さんに会いたいと思っていた。


早速それに肯定の返事をし、相野さんの家から最寄りの駅で会う約束をする。




急いで支度を済ませ、全速力で駅まで走る。


肺が壊れそうなほど走る。


自分の心臓の音が聞こえる。


本当なら、電車も動いていない可能性を考えるべきだったのだろうが、そんなことすら考える余裕もない程に走った。


まぁ、もし動いていなかったとしても、走れば30分もあれば着けるだろう。


流星群の衝突予定時間にはまだ間に合う。




駅に着く。


幸いにも、電車はまだ動いていた。

昼前ぐらいまでは運行し続けるらしい。


いつもの様子と比べると、大分人が少ないが、まだ利用者はいる。

俺と同じような人間もいるだろうし、家に向かう人間もいるだろう。

中にはまだ何も知らない人間も残っているかもしれない。

朝早くから報道が行われていたというのは、正しい判断だ。


こちら側で親しかった人に、あちら側でも会いたいのであれば、前もって連絡を取っておく方が賢いだろう。

見た目が全く違う可能性もあるが、それでも一緒に居たい相手というのはいる。

あるいは、相当大変ではあるだろうが、あちら側に行ってから探すのも方法だ。

なんにせよ、俺は珍しい部類に入るだろう。


電車の中では、何度も聞いたアナウンスが聞こえる。

それを知っていて、祈るように黙っていたり、焦ったりしている人。

そのアナウンスにより、初めて地球の滅亡を知り、慌てだす人。

あるいは、諦めたように外の景色を感情のない目で見ている人もいた。


電車であれば数分の距離だ。

相野さんの最寄りの駅へと到着する。


駅の前に出ると、一目で相野さんを見つけられた。


「――相野さん!」


周りにほとんど人はいない。

きっと多くの人はあちら側の世界に避難しているのだろう。


「――瀬濃さん!」


呼び掛けた俺に気付き、大きく手を振りながら近付いてきてくれる。


「……相野さん……。」


言葉を何も用意していなかった。


とにかく嬉しいのだが、それをどう伝えていいか分からない。


「……瀬濃さん……。」


相野さんも同じなのだろうか。

二人ともしばらく黙り込んでしまう。




「――相野さん!実は俺……!――相野さんのことが……ずっと好きだったんだ!!」




俺はこんな時に何を言っているんだ。

異常な状況のせいでおかしくなってしまったのかもしれない。


目の前の相野さんも驚いている。


沈黙する。


「――――わ、私も……私もずっと……好きでした……。」


ようやく口を開いた相野さんは、ボロボロと涙を零しながら嬉しそうな顔で最高の返事をくれる。


そのまま抱き合う。


相野さんの体温が温かい。


もうここで死んでもいい。


このまま時が止まってしまえばいいのに……。


そんなことを考える…………。




でも、そうだ。

そうだった。


このままでは本当に死んで、永遠に俺たちの時が止まってしまう。

相野さんとの抱擁を終わりにし、向かい合う。


「相野さん。家族は……いいのか?」


俺は既に両親ともいないが、相野さんはまだ両親とも生きていたはずだ。

普通なら俺なんかのことよりも、家族を優先するんじゃないか?

そんな疑問が思い浮かぶ。


それを聞いた相野さんの表情が変わる。

真面目な話をしようとしている顔だ。


「……瀬濃さん。実は、私のお父さんは……学者なんです。」


相野さんは突然そんなことを言う。


「――学者?」


驚き、聞き返す。


「はい。なので、実は私は、ずっと前からこのことを知っていました。」


流星群衝突のことだろう。


「――知ってたって……このことを?」

驚きから、さらに間抜けに聞き返してしまう。


「はい。でも、確証があるわけではありませんでしたし、お父さんも家族以外には教えてはいけなかったようで……。」


相野さんは申し訳なさそうな顔をするが、別に相野さんのせいでこうなったわけではないので、気にすることではない。


「別に……相野さんは何も悪くないだろ。」


「…………すみません……ありがとうございます。」


そう言って、再び抱き合う。

今はこうしていたい。


いつまでもこうしていたいが、いくら誰もいないからって駅の真ん前でずっと抱き合っているというのも……どうなんだ?


「えっと、相野さん。俺たちもどこか、眠れそうな場所にでも行かないか?」


「私は、ずっとこのままでもいいですけど……分かりました。」


返答と同時に、回していた腕を放してくれる。




だが、眠れる場所といっても……。


考えながら辺りを見回し、気付いてしまう。

大人向けのホテルが目に入ってしまった。


だが、時間もないし、意を決して伝えることにする。


「相野さん。その……あ、あそこで寝るなんてのは……どうかな?」


相野さんはぎこちない動きの俺の視線の先を確認する。


「――あ……も、もう!瀬濃さんはエッチなんですね!」


相野さんは怒って後ろを向いてしまう。


ぷんぷんと怒りながらも俺の腕を引き、大人のホテルの方へ向かって歩いて行く。




そして、ホテルの前まで来て気が付いた。


完全に開放されている。


こういった状態だからだろう。

どうぞご自由にご利用ください。

とでもいったように、完全に開放され、空いている部屋の鍵が置いてある。


早速適当なカギを取り、部屋に向かう。




部屋の中に入る。


部屋の中は、普通のホテルと何も変わらなかった。

ただ、ベッドがメインの部屋といった感じで、大きなベッドが一つと、大きなモニターなんかも設置されていた。

それ以外にも、ベッドの枕元には何のためかもわからないようなボタンがあったり、近くにあるテーブルの上には、見たことのないような道具も置いてあったりする。


「――え、えっと……それじゃあ……早速、寝ようか……?」


そもそも寝るためにここに来たんだ。

おかしなことは言っていないだろう。


「――は、はい……そ、そうですね。」


大きなベッドの上に二人で寝そべり、布団を被る。

気恥ずかしくて、お互い背中合わせだ。


なんとなく相野さんが気になり振り向くと、目が合ってしまい気恥ずかしくなる。


だが、まるで示し合わせたように向かい合わせになり、お互いの顔がギリギリのところまで近付く。


「――相野さん……。」


なんだか、妙に愛おしく感じ、俺は相野さんの頬に触れてしまう。


「――瀬濃さん……。」


それに反応するように、相野さんは俺に抱き着いてくる。


その後は、覚えていない……。




こちらの世界に生まれてからは最高の時間だったような気がする。

とにかく幸せで、どうしようもなく幸せな時間だったのは覚えている。


相野さんは意外にも体力があるようで、一切休憩せずに、まるで体だけが勝手に動き続けているようでもあった。


一体、どれだけの時間幸せな時間が続いたのかも分からない。


気が付くと、疲れ切った二人は、全てが繋がっているかのように眠りに落ちてしまう。






―――朝だ。


外からの光が眩しく感じる。


体を起こし、ベッドに腰掛ける。


まだ目が覚め切っていないのだろう。

ぼうっとしてしまう。


一体どれくらいの時間が経過しただろう……。


「――――――。――…………さん!!――アイラさん!!」


ハッとした。


気配を感じた方に視線を向けると、ユンが立っていた。


「――ユン。……どうしたんだ?」


「――どうしたじゃありません!!何で無視するんですか!!」


俺は無視をしたつもりはなかったのだが、ユンはぷんぷんと怒っている。


「いや、すまん……そんなつもりじゃ……。」


そう答えた俺の顔を見て、ユンは走って部屋を出て行ってしまう。

急にトイレにでも行きたくなったのかもしれない。




――少し経って、ユンが戻ってくる。

後ろにはミルの姿がある。


同じ部屋で寝ていたからだろうか?


いや、ミルだけではない。

ミオとベルもその後ろに付いて来ていた。

みんな大慌てといった様子だ。


一体何があったんだろう?


「――アイラ様!どうなさったのですか!?」


俺の顔を見るなり、一番最初に口を開いたのはミルだった。


「――え?……いや、別に何も……。」

ミルの言葉の意味が解らなかった。


「――アイラさん!大丈夫ですか?」

今度はベルだ。


「アイラさん……無理しないで下さいね?何かあれば、遠慮なく言ってください……。」

ミオまで俺の顔を(のぞ)き込みながらそんなことを言う。


一体どうしたっていうんだ?


「――なんだ?みんな(そろ)ってどうしたんだ……?」


みんなの様子がおかしい。

全く見当も付かない。


それに答えてくれたのはミオだった。


「どうしたってアイラさん……酷い顔……してますよ?」


ミオは、今にも泣き出しそうな顔で答える。


そんなに酷い顔をしていたんだろうか?

考え事をしていたせいかもしれない。

あるいは、寝不足のせいだろうか……。


それとも……俺は、自分が思っていた以上にあっちの世界が好きだったとでもいうのか。


「いや……そうだな……悪い夢を見たんだ……。」

誤魔化すことにした。


ミオたちは、あっちの世界とは何の関係もない。

説明しても何のことか分からないだろうし、意味もないだろう。


「……そうなんですか?でも本当に、無理……しないで下さいね?」


俺のことを温かい体で抱き締めながら、ミオはそんなことを言う。




その後は食事を取った。

食事ができあがるまでの間は、ベルやユンがにこにこと話し掛けてくれていた気もするが、よく覚えていない。

食事も、ものすごく美味しかったことはなんとなく覚えているが、何を食べたかは覚えていない。


その(あと)、俺は一日中何をしていただろう?


いつの間にか外は暗くなっており、いつものように風呂に入り、ミオたちの作ってくれた美味い夕食を食った。


あとは、もう寝るだけだ。


俺の様子を見て心配した四人は、俺の周りに布団を()き、同じ部屋で寝ると言っていた気がする。


なんだか、いつもよりも部屋が暖かい。


少しだけ自分の顔が(ほころ)ぶのを感じる。


冷えていた体が温まっていくようだ。


きっとこれは、幸せを感じているのだと思う。


そんな幸せの中で、俺は眠りに落ちていく。






―――目が覚める。


見慣れない場所だ。


隣を見ると……。


隣には……なんと相野さんがいる!!


しかも隣の相野さんは……肩の肌が(さら)されている。

きっと布団の中も同様だろう。


どういうことだ?


地球は滅んだんじゃ……?


時間を確認すると、部屋に掛けてあった時計は12時ちょうどだ。

外から柔らかい明りが差しているところを見ると、ほぼ丸一日ここにいたことになる。


いや、待て。


てことは、やっぱり地球は滅んでいないってことだ。


その証拠に、俺の隣には今、相野さんがいる。

携帯の画面を明るくし、時間の確認をすると共に、適当なニュースサイトを開いた。


ニュースサイトには、見出しこそ違うものの、全て同じ内容の情報が表示されていた。


内容としては、流星群の軌道が逸れ、地球への衝突は阻止されたというものだ。

理由としては、人類が最後まで諦めずに、隕石に対しあらゆる対策を抗じたことによるものとのことだった。


どれか一つの方法が有効だったというわけではなく、それら全てに少しずつ効力があり、最終的に回避成功に至ったということらしい。


どうやら俺以外にも、この世界に未練のあった連中がたくさんいたということだろう。


いや、俺でも未練を持つような世界を、俺以上に好きだった人間がいたということかもしれない。


隣の相野さんを見て改めてそんなことを感じる。


「――ん……んん……あれ?……瀬濃……さん?」


相野さんが目を覚ます。

まだ寝ぼけている様子だ。


「――おはよう。相野さん……。」


「おはようございます。瀬濃さん。」


にこりと優しく微笑む。


相野さんは本当に可愛いな。


「ああ、おはよう……。」


少しの間を挟み、相野さんは何かを思い出している様子だ。

相野さんの白くて綺麗な顔が赤くなっていく。


「――せ、瀬濃さん!!あ、あの、えっと……え!?……え!?」


相野さんは混乱しているようだ。


俺だって同じだ。


こうして相野さんの顔をもう一度見られるとは思っていなかった。


相野さんは布団をギュッと掴み、自分の体を隠すように奪う。


「えっと……大丈夫?相野さん?」

寒い。


「は、はい。ごめんなさい。その……ちょっとビックリしちゃって……。」

うん、まぁ、分かる。


「まぁ、まずは落ち着くことにしようか。」




いつでもホテルから出られるように支度を整える。


相野さんに、ニュースサイトで見たことなどを伝え、二人で安堵する。


相野さんの反応のせいで少し心配になったが、昨日のことを覚えていないというわけではないらしい。

ただ、予想もしていなかったことに驚いただけとのことだ。


そして、政府の計らいなのか、今日は国民の全ては休暇とするらしい。

公務員に関してだけは、出勤可能になり次第働き始めなければならないらしいが、それ以外の仕事は一日くらい穴が空いても平気だろう。


俺と相野さんは自分の家に帰宅することにする。

それに、こうして顔を合わせて話しているのが妙に気恥ずかしくて堪らない。

相野さんも同じだろう。


鍵を返してホテルから出る。

まだ解放された状態のままだった。

相野さんとはまたねと簡単に再開の言葉を交わして分かれる。


まだ電車も動いておらず、家まで歩くのは大変だが、歩けない距離ではない。

ゆっくり歩いたため、家に着く頃には既に夕方になっており、赤い夕陽が眩しかった。




あとはいつも通りだ。


冷蔵庫の中にあったもので適当に夕飯を作り、それを食べる。

風呂から出た後はぼうっとしてしまう。

きっと相当疲れていたのだろう。

あとはもう眠るだけの状態だ。


布団の中に入り、ぬくぬくと眠りに就く。






―――外からは眩い光が差し込み、目が覚める。

どうやら、あっちの世界が消滅しなかったからと言って、こっちの世界に来られなくなるわけではないらしい。


まぁ、もしまた似たようなことが起こった際にも緊急避難用の場所として確保しておけるし、悪いことではないだろう。

それに、俺のようにこっちの世界にも大事な人がいる者も少なくない。


今日もいつも通りの日常が始まる。

寝る前と違ったのは、ミオたちが寝床からいなくなっていたことだ。

俺が眠ったのを確認して、自分たちの部屋に戻ったのだろう。


身支度を完了させて、みんなの所へ向かう。


「――おはよう。」


「あ、アイラさん。おはようございます!ご飯できてますよ!」

最初にミオが挨拶を返してくれる。


「はい。どうぞ召し上がって下さいませ。」

ミルもそれに続く。


「アイラさん。おはようございます!」

席に着いた俺に、ベルも声を掛けてくる。


「アイラさん、おはよー!!」

ユンはそう言いながら抱き着き、俺の膝の上に座る。

三人の冷たい視線を感じる。


「そ、それじゃあ……いただきます。」

それを誤魔化すように、食事開始のための声を掛ける。


みんなもそれにならい声を出し、食事を開始する。


ため息が聞こえたような気もするが、きっと気のせいだろう。

そうであってほしい。


ユンはいつものように俺に対し口を開けろと催促し、俺の口の中に食べ物を入れ美味いかどうかを聞いてくる。

そして今度は、自分の口の中にも食べ物を入れて欲しいと要求してくる。

それを見ていたミオとベルは不機嫌になり、ベルに関しては私にもして欲しいなどと言い出す。

そんないつも通りの日常だ。


きっとこれからもこの日常は続いていくんだろう。




食事を終えた後はギルドに仕事を紹介してもらいに行ってもいいし、今日一日はゆっくりしてもいい。

あるいは、久々にモナあたりにでも会いに行ってもいいかもしれない。

こうして、俺たちの日常は続いていく。















~~~~~~~5年後~~~~~~~~


―――ジリリリリリリr………。


けたたましく目覚ましの音が響く。

朝か……起きなければ……。

いや、もう5分くらいなら……目覚ましを止めて二度寝する。


「――磯香さん!早く起きてください!」

目覚ましは止めたが、可愛らしい声で起きるように促される。


彼女は、瀬濃世界。

5年前からその可愛らしさは変わらない。

昔と違うことといったら、昔よりもさらに髪が長くなったことぐらいだろうか。


「パパ―!起きて―!今日はお出掛けしゅる約束だよー!」

体の小さな彼女は、瀬濃そよい。


「――――うぐっ……!!」

問答無用で寝ている俺の上に飛び込んでくる。

体は軽いが、寝ている無防備な体に飛び込まれれば当然痛いし、ビックリする。


「あ、ああ、分かった。起きるよ、起きるから……。」

それに強制的に起こされてしまう。


「パパ―!!だーい好き!!お休みだから一緒に遊んでくれるんだよね!!」


「ああ……約束してたもんな。」


俺はその小さな体をした女の子の頭を撫でてやる。




朝食を終え、支度も完了させる。

靴を履いたら、後はもう出掛けるだけだ。


「それじゃあ、出発しようか。」


「はーい!」


「あ、磯香さんちょっと待ってください。」


そう言って世界は靴を脱ぎ、一度戻る。

忘れ物をしたらしい。

5年経っても抜けているところは相変わらずだ。


大きなバスケットを持って戻ってくる。


「それじゃあ、改めて、出発しようか。」


「はい!お待たせしました。行きましょう。」


「しゅっぱーつ!」




目的地は公園だ。


といっても、子供が遊ぶような小さな公園ではない。

この季節なら桜に囲まれているだろう。


バスと徒歩で目的地に到着し、シートを()いて持ってきた大きなバスケットを開ける。

中にはからあげや、卵焼き、サンドウィッチなどが入っている。

子供のお弁当を宝石箱のようと比喩するのであれば、これはもっと大きな、宝箱といったところだろう。


「どうぞ召し上がってください。」


「いただきます。」


「わーい!いっただっきまーす!」


どれも美味くて、食べる手が止まらない。




その時だった。


「――あれ?瀬濃さんと相野さんですか?お久しぶりです!」


振り向くと、見覚えのある顔が覗き込んでいた。


相変わらず小さく、小動物のようであるにも関わらず、一部分だけは爆弾のような凶器を抱えている。


「――え?ああ……久しぶり。初さん。」


彼女は初園子。

初さんも5年前からほとんど変わっていない。

世界と同じで、少し髪を伸ばした程度だろうか。


「――あ、すみません。今は相野さんじゃなくて瀬濃さんでしたよね?」


初さんの言葉には、少しわざとらしさを感じる。

それでも可愛く見えるのだから不思議だ。


そして、瀬濃世界の旧姓は相野だ。

相野世界。

みんな5年前からほとんど変わっていない。

俺に関しては、少し老けたかもしれないが、そのぐらいだろう。


「――いえ、呼びやすいのなら相野でもいいですよ?」

世界は気にもとめていないらしい。


「――じゃあ、瀬濃さんの隣に座っちゃいますね!」


初さんは少しムッとした顔をした後、俺の隣に座り、肩を寄せてくる。

どうやらまだ好いてくれているらしい。

こんなおっさんのどこがいいのか分からないが、悪い気はしない。


まぁ、それでも俺が愛してるのは世界だけ……いや、世界とそよいだけだ。


初さんには是非とも他にいい人が現れるのを祈るばかりだ。


「お姉さんもパパのこと好きなの?」


娘よ、唐突に何を言い始めるんだ。


そよいは初さんに対して、とんでもないことを聞く。


「うん。大好きだよー!」


そして、初さんもそれに動じず答える。


「そうなんだ!私もパパだーい好き!!」


「そっかー!そよいちゃんも大好きなんだねー!」


初さんは、嬉しそうに主張するそよいのことを抱きしめる。


そよいは嬉しそうにキャッキャとしているが、初さんは一瞬だけ邪悪な笑みを浮かべたようにも見えた。

気のせいだろうか。


まぁ、それでも、そよいと仲良くしている初さんには裏がないように見えるので、初さんは案外、子供が好きなのかもしれないと思う。


「――磯香さん!せっかく作ったんだからもっと食べて下さい!」

そう言いながら世界は初さんとは反対側に座り、作ってきたサンドウィッチを俺の口に運ぶ。

運ばれてしまっては口を開けるしかない。


「――あ、あーん……むぐむぐ……。」


「美味しいですか?磯香さん!」


世界は嬉しそうな顔で聞いてくる。


「ああ、美味しいよ。」


その返答を聞き、世界はさらに嬉しそうにし、体を密着させてくる。

甘えているのだろうか。


「ずるーい!」

そよいが言う。


世界の真似をし、そよいも俺の口へサンドウィッチを運ぶ。

初さんもそれに続いて串に刺した卵焼きを俺の口に運ぶ。

負けじと世界も唐揚げを口元に運んでくる。


お、おおう……。




これもまた日常の形だろう。


こうして、小さくも様々な変化をしながら、日常は続いていく。


中には全く変わらないこともあるだろう。


それでも人は生きて行く。


どうせ生きて行くのなら、日々を満喫し、楽しいと思える日常の方が良いだろう。


ほんの少しの選択で、未来が大きく変わることもあれば、自分一人の選択程度じゃ何も変えられないこともある。


それでも、何も選択せずに生きて行くことはできない。


そうであれば、少しでも自分が後悔しないように選択して生きて行くべきだろう。


いや、仮に後悔することになったのだとしても、何もしないで後悔するよりは、自分が良いと思ったものを選んで後悔した方が、最終的にはいい結果になると信じられる。


どうしてもその結果に納得がいかないのであれば、その時からまた新しく始めればいいのだ。

誰かを犠牲にする選択でもない限りは、それは何度でもやり直しができるし、何度でも始めることができるのだから。






ちなみに、もう一つの世界に関しても、5年前と変わらずに行き来できている。


大きな変化はないが、ミルは本格的にギルドの職員として働き始め、ユンは突然現れては俺たち一家を楽しませてくれる。

ベルは手芸の技術を上達させ、自分で可愛らしい服を作っている。

ミオは相変わらずだが、最近は、子供がいたら……などと言い出すこともある。

まぁ、こちらはこちらとして、あちら側でもそれを考えてみるのもいいかもしれない。


なんであれ、それが俺の日常だ。




きっと俺とは違う生き方をしている人間もたくさんいるだろう。


いや、むしろ俺とまったく同じ生き方をしている人間より、俺と違う生き方をしている人間しかいないのではないかと思う。


俺よりも金を稼いだり、楽しんだり……あるいは子供をたくさん作ったり、中には恋人をたくさん作ったりしているやつもいるかもしれない。

はたまた、俺よりも貧乏だったり、苦労していたりして、そもそも一人でいるのが好きだったり、人と関係を持たずに生きていったりしている人もいるかもしれない。

それがその誰かの日常で、そんな中でも楽しいと思って生き続けられるのなら、他人から見られた場合にどう思われようとも、本人が幸せであるのなら、それだって立派に一つの形だと思う。




だから俺は……今まで俺のしてきた選択で今がこうなっていることに誇りを持てるし、もしこの選択をせずに別の結果になっていたとしても、それを良かったと思い、生きて行きたいと、そう考える。


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