②
ところ変わって、第二区郊外に存在する革命組織ジェムドゥの隠れ家にて。
「グライト先生が来てから、百人力ってもんだ!」
ジェムドゥの首魁・ダルダインは、これ以上ないくらいに調子に乗っていた。
「ところで、グライト先生は何やってんだ?」
「部屋に籠って、今回手に入れたデータの解析をやってるみたいですよ」
「へん、物好きだねえ。データか何だか知らないが、世界がブッ壊れちまえば全部なくなるってのに」
「なら試してみるか? 世界をブッ壊す力を」
奥から現れたのは、装備を外した状態のグライトであった。
「装備の調整、改造が完了した。次の襲撃で使え」
その言葉を聞いたジェムドゥの面々は、我先にと整備場へ向かい、襲撃のための武器を持って行った。
「昔の伝手を頼って正解だったよ、こうやってアンタが実刑になる前にお巡りより奪取できたんだから」
ダルダインは傍らに置いていたグライト製の拳銃二丁を手入れしながら、グライトへの感謝を述べた。
「武器のことなら存分に使え。俺は結果を確認するだけだ」
「へへ、それで次の襲撃なんだが……幹部を集めてこれから話すぜ」
この時までダルダインは、これからも全てが上手くいくと確信していた。
(秩序という言葉も知らん猿共に企業を襲撃させ、作戦は参謀に任せる。そして自らは方向性の提示……なるほど、まがりなりにも組織を謳っているだけはある)
ダルダインによる作戦の説明後、貸し出された作戦室の一つで、グライトは強引に手に入れたメリス文書の全文を眺めながら、並行して現在の所属先であるジェムドゥについて考えていた。
(それはつまり、頭を潰せば容易に崩せる、あるいは足場から崩す……どの組織も同じか)
いかに己の利益になるように誘導させるか、理想とする破滅のために踊らせるか、逮捕された自らを救った恩を思考の外に置きながら、自らの専門とする研究――物体・霊体を問わないエネルギー変換、それにメリス文書の記載内容が活かせることを発見し、わずかな笑みを見せた。
(ジェムドゥ――極めて過激な連中だ。俺の武器も有効に扱ってくれるだろう)
グライトは部屋の電気を消し、椅子の上で眠りについた。
「……は? 次の襲撃先はクオンザイト社? 武装アンドロイドの調達? 今その会社でアンドロイドたちの研修中なんですけど?」
『大マジだ、信じてくれていい』
ビジネスホテルの一室で、エルゴン・ダイナス社への襲撃を夜になって知ったシトリアは、震える手で旧知の仲であるジェムドゥの幹部の一人に連絡を取り、次の襲撃先を知って絶句した。
まるで自分がジェムドゥのターゲットとなっているのではないか――そんな考えもよぎりつつ、なんとか襲撃までにどうにかできないか、必死に演算していた。
「……それで、襲撃の日時は?」
『明日だ。エルゴン・ダイナス社を叩いた勢いのままにやるらしい』
「明日ァ!? 対処する時間がないじゃないですか!」
『どうにも今回、新入りが何かをやらかすつもりらしい。アンタはそれに乗じて、なるべく役員とかアンドロイドとかを避難させてほしい』
シトリアは頭を抱えた。
クオンザイト社と縁を持ったのはつい最近であり、明日ジェムドゥの襲撃が来るということをいきなり言っても、何を言ってるんだコイツはとしか思われないのは明らかであった。
「……わかりました。今度こそ計画が失敗するのを祈ってますよ」
数分の葛藤の末、頭を抱えながらシトリアはそう吐き捨て、電話を切った。
これ以上、社会を批判しながらその社会に寄生しないと生きていけないパブリック・エネミー共に命が奪われることがないよう、人と共存するために生み出されたアンドロイドとしての使命を持った言葉であった。
「さて、どうしたものか……」
エルゴン・ダイナス社の役員が第一特事局や第二の調査機関の手によって無事救出されたというテレビのニュースを横目に見ながら、シトリアはため息をついた。
しかし、今考えてもどうにもならないと判断したシトリアは、携帯に入っていたマイラからのメッセージにまとめて返答した後、ベッドで眠りについた。
昔のただプログラミングされた通りに動くロボットならいざ知らず、人間と同等の自律型思考能力を宿した現代のアンドロイドであれば、取得情報の整理・内蔵バッテリーの制御などの理由で、人間と同程度、六~八時間ほどの睡眠が必要となります。
最も、人間であるアタシはこの発表の前日、およそ三時間程度しか寝ていないのですが――。
己と共に発表の舞台に上がっていたマイラ・レンドハートの姿を、シトリアは夢に見ていた。
付け足した一言で会場の笑いを誘い、募ったスポンサーを本題へと引きずり込むその話術を、シトリアは鮮明に覚えていた。
アズビダン社に在籍していたマイラは、主に機械工学関連の研究を行っていた。
その内容は、軍事用の兵器から次世代アンドロイドに至るまで多岐に渡り、時計の針を強引に二つも三つも動かすような代物を続々と作っていた。
その時の相棒にしてライバル的な存在であったのが、グライトであった。
エネルギー研究の中でも指折りのキワモノ、本当に実現さえすれば他国との経済戦争に凄まじいまでの有利を取ることができるとされたエネルギー、無尽律。
その名の通り再生と増殖を繰り返す永遠に尽きぬエネルギー源であり、電・水・火・風全ての動力に転用できるというものであった。
アズビダン社初代代表、メリス・キュヴァインが提唱しただけのその代物を、大真面目に研究していたのがグライトとその部下たちであった。
際限なき予算と全てが揃った研究施設に背中を押され、およそ六割くらいまで再現できた所で、マイラがその段階のものを次世代アンドロイドのバッテリーとして転用したり、軍事用に横流しされたりしながらも、着々と研究は進んでいた。
しかし、理由もなくただ危険である――という民衆の声に、アズビダンは敗北した。
かくして散り散りとなった未来の夢追い人たちは、国外、あるいは海外、または裏社会などに落ち延び、各々が独自の研究を続けているのであった。
「それでは今回は、緊急時にアンドロイドたちが行う対処方法についてお話させていただきます」
ジェムドゥが攻めてくるのであれば、それを見込んでの研修とすればよい。
そう判断したシトリアは、明け方に研修メニューを組みなおし、組織への対処を本日の研修とした。
「このデュプラーダには、大小様々な武装組織が存在しております。その中でも一際恐ろしいのが、自ら現体制への反旗を翻す革命組織・ジェムドゥ。それらから人間や重要施設などを守るべく、私たちアンドロイドは武装組織への対処方法を学ばなければならないのです」
マイラ仕込みの話術を駆使し、ときおり演習も交えながら、シトリアは昨夜幹部から聞いた襲撃時刻まで場を繋いでいた。
研修を監督する幹部職員たちには事前に根回しを行い、突然言い出したことに奇異の目で見られながらも、対策を立ててもらえることとなった。
「攻め込むぞお! 全部ブッ壊してやれ!!!」
そして、シトリアが幹部から聞いた予告時間通りに、ジェムドゥは訪れた。
ダルダインの咆哮と共に始めの一撃として打ち込まれたのは、着弾と共に地面が歪むほどの磁力を発生させる砲弾であった。
それにより、クオンザイト社が配備していた最新式のアンドロイドは一瞬にして無力化された。
アズビダン社製のアンドロイドには、宇宙空間などのあらゆる状況下でも対応できるよう、対磁力・対重力などのコーティングが標準搭載されていた。
しかし、アズビダン解散の後、他の企業が売り出したアンドロイドには、予算の関係上そんなものは付ける余裕がなかったのである。
最も、ほとんどがワンオフ品であったアズビダン社のアンドロイドと、量産を主目的として作られていた他社のアンドロイドでは、明確に違いが発生するものであったのだが……。
「ちょっと、ウソでしょ……!」
シトリアはバタバタと目の前で同胞たちが倒れていく光景に絶句した。
研修室に存在したアンドロイドは数十体程度ではあるが、実働配備用のアンドロイドは数百体規模で地下に配置している――というのを、シトリアは研修前に耳にしていた。
もしも敵の狙いがそれであるのだとしたら――想定したくもないことが浮かんでは消え、錯乱状態にシトリアは陥っていた。
その間にもジェムドゥの構成員、そしてそれを追うように装甲姿のグライトが前線に立ち、なだれ込むようにクオンザイト社へ襲撃を仕掛けていった。
「よし、ここでもう少し出力を上げろ。焼きの速度が違うぞ」
グライトの言葉に応じて、ジェムドゥの構成員が手にした火炎放射器の出力を上昇させる。
役員以上の入館証がないと開かない扉は、セキュリティなど意味がないと言わんばかりに一瞬で熔解した。
ダルダインやグライトなどの数名は、地上での破壊工作に加わらず、一直線に地下のアンドロイド保管庫へ向かっていた。
昨日の襲撃により警察組織などに目を付けられている可能性が高く、手早く回収、手早く撤収が今回の襲撃のテーマとなっていた。
今の今まで、全てが順調であると、ダルダイン、グライト、そしてその他の幹部たちの誰もがそう思っていた。
だだっ広いクオンザイト社の地下倉庫に一歩足を踏み入れた数秒後、構成員の一人が暴走したという報告が、ダルダインの元に入ってくるまでは。
ダルダインが急いで戻った地上で繰り広げられていたのは、人間・アンドロイドを問わず蹂躙する意思持たぬ漆黒の獣と化した、ジェムドゥの構成員・幹部たちの姿であった。
その腕はグライト製の武器と完全に一体化し、まさしく破壊兵器とも言うべき形相であった。
「オイ、こりゃあ……どういうことだあ!」
叫ぶダルダインを標的に、構成員であったものが強靭な脚力を以て飛びかかる。
飛びかかる部下の頭を躊躇なく拳銃で吹っ飛ばし続けるダルダインであったが、多勢に無勢、弾切れなどの要因も重なり、次第に追い詰められていった。
「グライト! お前も早く地上に来い!」
『今向かっている、それまでなんとか耐えてくれ!』
地下との通信を行ったこの時点で、ダルダインはなぜグライトが地上の光景をさも知った風に話すのか、頭を回すべきであった。
話はダルダインたちが地下へ向かった直後にさかのぼる。
ジェムドゥの構成員がクオンザイト社のアンドロイドを迎撃していた時、突如として武器から黒い泥が噴出。
構成員たちの身体を一瞬にして覆いつくし、つるりとした外見の黒い獣へと変貌させた。
獣は構成員の監視を行っていたジェムドゥ幹部も食らい、増殖と複製を繰り返していた。
そして、なんとかダルダインが耐えていた数分後、
「なるほど、このように暴走するのか」
息を切らす様子もなく、グライトが現れた。
その背後に――黒い獣を引き連れて。
「無尽律の偽造品を人間に投与した結果は、人間の姿を失い暴走する――研究結果として送らなくては」
「何をブツブツ言ってやがんだグライトォォォ!!! 早くコイツらを――!!!」
ダルダインの中にわずかにあった仲間たちへの情が、消せという言葉を喉元で止めた。
そして、その隙を見逃すグライトではなかった。
一瞬の元に距離を詰めたグライトが、ダルダインの頭に掴みかかる。
そのまま懐からどこから手に入れたのかもわからない注射器を一本取り出すと、ダルダインの首に正確無比に針を突き刺した。
「ぎぼえぇぇぇぇがああああああああ!!!!!!!!!」
この世のものとは思えないほどにおぞましい雄叫びと共に、ダルダインの身体が自らの内より湧き出た黒い泥に飲み込まれる。
「コイツらを変貌させた素材の原液だ。よく味わえ」
「俺たちを利用したのかあああああああ!!!!!!!!!」
その言葉を最後に、ダルダインは完全に飲み込まれ、後には画一化された獣だけが残された。
「さて、こうして見ると壮観だな」
人間でもアンドロイドでもない第三の生命と化した黒い獣たちは、グライトが所持していた制御コードにより、グライトの目の前で整列していた。
「このまま放置しても構わないが……もう一度役に立ってもらうとしよう」
グライトはそう言うと、「混ざり合え」と意味を込めたコードを送信した。
すると、黒い獣たちは命令通りに混ざり合った末、球体に身体を変化させた。
「さあ、この中に入れ」
グライトが背負っていたジュラルミンケースを展開すると、ケース内部にぬめった液体が注がれ、あっという間に充満した。
そして、一仕事を終えたような表情のグライトと共に、革命がもたらした嵐は去っていった。
「グライト……本部長」
その一部始終を、シトリアは物陰で眺めていた。
アズビダン社製のアンドロイドであるシトリアは、末端から幹部の研究員に至るまで、全ての顔を記憶していた。
当然その中には、グライトの顔も存在していた。
シトリアは演算結果を凌駕する恐怖に身を震わせながら、昨晩マイラに送ったメッセージを必死に思い出していた。
次の襲撃先、行動内容などをまとめて、シトリアはマイラにこれからジェムドゥが起こすであろう事柄を報告していた。
そしてその報告の結果は、数秒後に判明することになる。
グライトが現場を立ち去ろうとしたその時、
「国家撃滅級武器準備罪、逃走罪、公務執行妨害、その他諸々の罪状で、貴様を今ここで確保する。グライト・バリスタン」
目の前を塞ぐ多数の警察車両、そしてその正面に立っていたのは、静かなる怒りを見せるクラリネ・アルハンブラ超常捜査局長であった。
「ようやく尻尾を出しやがったな、ドブネズミめ。ここ最近、ジェムドゥの襲撃時に貴様を見かけたとの報告が上がってきたからな」
「逮捕状はあるのか?」
さも当然とばかりに言い放つグライトに対し、
「とっくに発行済みだ、ボケが! コイツを捕まえろ!」
クラリネの咆哮と共に、超常捜査局員を含む警察部隊が一斉に攻撃態勢に移った。
「やれやれだ、これだから科学の発展を潰そうとする者は――」
グライトは右手に持ったケースの中身を警察部隊にぶちまけようとして、
「――そこら辺の犬にも劣る知性で困る」
突如として飛来した貫通弾に右手を貫かれた。
凄まじいまでの形相で、グライトは弾丸の発射地点を見上げる。
そこには、ライフルを抱えながらグライトに向けて中指を立てる、マイラの姿があった。
「久しいなあ、グライト・バリスタン!」
「やはり立ちはだかるのは貴様か、マイラ・レンドハート!」
グライトは地面に浸透した黒い粘性の液体を操作し、周囲一帯に影響を与えるほどの大規模な地盤沈下を起こした。
そして、己は広大な地下へと逃走を図った。
「マイラが撃ったナノ発信機のおかげで、グライトの居場所がわかるようになった。次の出現場所に先回りするぞ!」
地盤沈下の対処のための要員と離れ、超常捜査局の面々は次にグライトが出現するであろうポイントへと向かった。
「シトリア! 無事か!?」
「マイラさん!」
そしてマイラも、シトリアとの合流を果たしていた。
「アタシはこのまま地下に逃げた奴を追うが、シトリアは?」
「追うって、相手は既に武装しているんですよ!? どうやって立ち向かうってんですか!?」
「あ~……大丈夫だ。今のアタシには、神様が付いてるからな」
その言葉を聞いて、シトリアは苦笑した。
研究者時代から、マイラがよく言っていた言葉であったからだ。
「……私は、警察と共に救助活動を行います。依頼していただいた、クオンザイト社の方々の無事も確認しないといけませんので」
「オーケー、んじゃ行ってくるよ」
そう言って、マイラは地下に繋がる大穴へと飛び込んでいった。
「必ず無事に帰ってきてくださいよー!」
シトリアのその言葉を背に受けて。
『すまんなあ、我の縁に付き合わせてしまって。我は神様でもなんでもなく、単なる電子の亡霊だというのに……』
地下を駆けるマイラの脳内で、フィグノアがぽつりと零す。
「アタシは意外と信心深いタチでな、亡霊だろうがなんだろうが、神様がいた方が色々と捗るってもんだ。研究者時代からそうだった」
淡々とそう返したマイラは、現在進行形で崩れゆく地下道を潜り抜けながら、グライトを追っていた。
「それにこれは、アズビダンを離れてからずっと燻り続けてきた、アタシの因縁でもある」
マイラが地下道の曲がり角を抜けた途端、全身の毛が逆立つような感覚が襲ってきた。
第二区総合地下発電所――膨大な電力を生み出す発電設備が立ち並ぶその中核部に、グライトは立っていた。
「ご丁寧に待っていてくれるとはなあ。追っかける手間が省けたぜ」
「因縁に決着をつけるには、こういう場所であるべきだ
」
グライトは全ての発電設備に装甲から伸ばしたケーブルを突き刺し、都市に供給されるはずの電力を自らの身体に取り込む。
「ハ、ハハハハ……満ちてゆくぞ……絶対なる力が!」
その身に纏う膨大な電力により、マイラにはグライトの姿が何倍にも大きくなったかのように見えていた。
「おい! トぶ前に最後に聞かせてくれ。八年前のあの大事故……アンタだろ、引き起こしたの」
気圧されることなく、冷静にグライトを見据え、マイラは言い放つ。
「ああそうだ、科学の価値も知らんカス共に、真なる科学というものを! 真の恐ろしさというものを! 教えてやる必要があった!」
その身に滾る高揚感により、グライトは叫ぶ。
無限に電力を吸収し続けるグライトの装甲は、神の降臨かと錯覚するほどに、禍々しく輝いていた。
「……そうか。追い詰められていたのは、アンタも同じだったか。安心したよ」
マイラの髪が揺らいだかと思うと、一瞬にして深紅に染まる。
深呼吸を挟むと、マイラは眼前の帯電する鬼神に向けて、ファイティングポーズを取った。
深く地面を叩く音が響いた直後、二人の戦いが始まった。
小手調べと言わんばかりに、雷ほとばしる爪を振るうグライト。
かすめる間際の距離でそれを躱したマイラは、軽快なステップと共にグライトの隙を取ると、ノイズを纏った掌底を叩きこむ。
グライトの装甲がわずかに歪むも、掌底を弾いた場所から放電が発生し、マイラの動きをコンマ数秒停止させる。
追撃の雷拳が飛んでくるその刹那、ぎゅるりとマイラの眼の色が黄金に染まり、強引に肉体が後方に吹き飛んだ。
「やれやれ、その雷の音だけでざわついてかなわんわ」
ひゅう――と口笛を鳴らし、肉体の制御を取ったフィグノアは、自らの身体を電子化させると、物理的にはありえない変則的な軌道でグライトに飛びかかり、紅い閃光の蹴りをお見舞いした。
「ぐっ……」
その一撃は装甲を貫通し、グライトに明確なダメージを与えた。
しかし、グライトはフィグノアの電子化した肉体を捕らえた。
(……まずい!)
とっさにフィグノアは逃れようとするも、都市を賄う規模の電力がその身体に襲い掛かり、自らを盾にマイラを守らざるを得なかった。
雷の爆発が空間を覆った直後、残されたのは身体の節々が焼け焦げ、髪と眼の色が元通りになったマイラ、そして膨大な電力を操った以上無事では済まず、凄まじい反動をその身に受けたグライトであった。
「……なぜだ。なぜお前は、いつも俺の邪魔をするんだ」
「……科学だろうがなんだろうが、やってはいけないことまで足を突っ込んでるなら、それは止めなきゃならん話なんだよ」
「そうか……やはりお前も、そちら側に立つか」
「当たり前だ、このボケ。倫理にきちんと線引きをしなきゃ、科学者はやっていけねえんだよ」
「やはりお前でも、俺の思想は理解できなかったようだな……!」
「アンタの思想なんざ、ハナっから理解できねえんだよ!」
最後の力を振り絞って立ち上がった二人は、お互いの頬を思い切り殴りつけた後、バタリと床に倒れ伏した。
「しっかりしろ、マイラ!!!」
気絶していたマイラは、クラリネの叫びによって呼び起こされた。
いつの間に地上に出ていたのかと、朦朧とした眼で周囲を見渡せば、既に辺りは暗くなっており、警察車両のサイレンだけが強く光り輝いているような状態であった。
「クラリネ、なんでここに……?」
「この一帯で大規模停電が起きて、地下発電所で地震が発生したってんで駆け付けたら、お前とグライトの奴が倒れていたんだよ。グライトも再起できる状態じゃなく、大人しく連れられて行った」
「グライトは、こっからどうなるんだ……?」
「そうだな、今回起こした罪を上乗せして、再度収監――というところだろうな」
クラリネの言葉を聞いたマイラは、深いため息を吐くと、
「……ゆっくり反省してほしいもんだ。自分のやってきたことを」
そう言って、眠りについた。
次にマイラが目を覚ましたのは、病院のベッドの上であった。
「……! マイラさん、大丈夫ですか!?」
憔悴しきった表情のシトリアであったが、マイラが目を覚ました瞬間、一気に表情が
明るくなった。
「……何日間寝ていた?」
マイラの言葉に、シトリアは三本指を立てて返した。
「そうか、三日か……悪いな、世話かけて」
「当然ですよ! そのために私がいるんですから! ああそうだ、クラリネさんに連絡してきますね!」
シトリアが部屋を出ていった後、マイラは天井を見上げ、考えを整理していた。
今更なぜこんな事態を起こしたのか、結局のところ何を求めていたのか、などということを考えていると、傍らに置いていた携帯が一通のメールを受信したのに気づいた。
確認すると、時間差で自らのアドレスに送られるようになっていた、グライトからのメールであった。
【マイラ・レンドハート。お前がこれを見ているということは、俺は何かしらの要因で世界という存在そのものに敗北したのであろう】
【それはつまり、俺の研究資料に誰も触れることができないというのを意味する】
【一介の研究者として、後世に何も残せないというのは何よりも恥だ】
【もし俺がいなくなった場合、第二区のイデア研究区、そこにある俺の研究室の資料を全て回収しろ。このメールにパスコードを添付しておく】
そのメールの最後には、頭文字と最後の文字以外常に入れ替わる、入室用のパスコードが添付されていた。
「どいつもこいつも、バカばっかりだ」
マイラは鼻を鳴らし、
「そしてアタシも、そのバカの一人――か」
『やれやれ、やっと出てこれたわ』
独り言を言っていた最中、己の脳内で突如として響いた声に、マイラは病室内で叫びそうになった。
「お前、あの後どこに……?」
『お主を電撃ビリビリから庇った後、疲れて寝ていたのだよ』
「ああ、そうだったのか……」
マイラは自らの身体を眺め、数ヶ所の火傷だけで済んでいたのをフィグノアのおかげであると判断した。
『それよりもだ、身体が治ったら真っ先にイデア地区とやらに行くぞ。失せ物はそこにあると我の勘がそう告げておる』
「勘かよ……まあいい、どうせ眠るだけの資料なら、別の方法で役に立った方が世のためだ」
数ヶ月後、第三区のマイラ宅にて。
「そういえば、クオンザイト社の報酬はどうしたんだ?」
「貰えるわけないじゃないですか! あんな被害受けた後だと!」
「だろうなあ。ま、アタシもようやく働く先が見つかったからな」
そう言って、マイラは建物の写真が添付されたメールをシトリアに見せた。
「どこですか? この建物」
「漁火が働いてる会社が、デュプラーダ第二区に研究所建てるから協力してくれ――って話が来たんだよ。来月からもう来てくれってさ」
「それなら……拠点、第二区に移しません?」
「そうだな、落ち着いてきたら移すか……」