幕間
幕間.
「…………」
神父はその本を眺めながら溜め息をついた。……『雪と死神』という題名の、作者の名が無い絵本。そこに綴られているのはとてもかなしい物語、救いの無い物語――
この町に降り続く雪の理由を綴った創作は数限りなくある。曰く『雪の妖精の気紛れ』から、曰く『邪神が復活する兆候』まで、そのどれもが眉唾物であり、参考資料としての信憑性は皆無に近い。
だが、王都としては藁をも掴むつもりらしい。交通・貿易の要であるこの町が雪に埋もれたままでは国の財政が破綻しかねない。よって、皺寄せは下部の人間に起こる――即ち、『たとえ荒唐無稽なおとぎばなしでも、些細な与太話でも、すべて収集・分析しろ』という無茶な命令が下るのだ。
宿をとった部屋の床にはうず高く積もる本、本、本……。
「雪……《死神》、か」
神父は呟くと、作業用の眼鏡を外して片手で目を覆った。椅子の背凭れに体重を預けて、ぎしぎしと木を軋ませる。それから黒衣の前釦を外して一息。――目を覆っていた手をゆっくりと除けると、まるで冬の空のような冷たい碧眼がぼんやりと空中を見遣った。
――手札は揃い始めていた。
止まない雪。幾つも流布しているおとぎばなしの類に共通する事柄は《死神》。新しい命の生まれる春が来る前に訪れて、余剰分の命を刈り取ってゆく冬。雪は《死神》が訪れる前触れとされている。
止まない雪。恐らくはこの町に何らかの呪いがかけられているのだろう。だが、ひとつの町を閉ざすほどの雪を降らせることなど、たとえ王宮魔術師でも出来はしない。……それが《死神》によるものだとすれば?
……止まない、雪。それを、止めるには。
「……エレ、貴女が《死神》なんですか?」
脳裏に浮かぶのは彼女の姿。雪のように白い肌、白銀色の髪をした彼女。いつも困ったように笑う臆病な彼女が、真っ白い雪の上をおずおずと歩く様子。
彼女の事を想うと、胸が苦しくなる。この残酷な巡り会わせを思う度に神を呪った。だが、
「……主よ」
神父は肌蹴た胸元から除く十字架を握り締めた。神父が助けを請う相手は、救いを求める相手は、ひとりしか居ないのだから。たとえその相手が、何もしてはくれない気紛れな子供だったとしても。
「どうか……」
縋るように十字架を掲げ、額に押し当てる。搾り出した声はひどく捻れ掠れて、部屋の空気に溶けて消えた。
* * *
「……なぜ人間というものはこうもおろかなのだ」
それは、怒りに震える声。
吹雪を身に纏い白銀の髪を靡かせた娘が、町の人々を睨み付けていました。
娘は、雪の眷属……死神だったのです。
怒り狂った娘は町の人々を相手に暴れまわりましたが、多勢に無勢。
教会に閉じ込められて火をつけられてしまいました。