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神父は、どうやらあの町外れの教会を修繕して住むつもりらしく、朝も夕も働きづめだった。
その姿が町の人々の目に留まるまでさほど時間はかからなかった。……話題といえば止まない雪のことぐらいしかない人々にとっての、格好の噂の的になるまでも。
町の人々は神父に妙によそよそしく――それは『よそ者』だからか――、いつも神父はひとりで教会に居た。一日経ち、二日経ち、修繕作業は遅々として進まないようだった。
わたしは、何度も教会の近くまで行った。想像の中では、何度も『お手伝いしましょうか』と言っていた。けれど、ほんの一歩がどうしても踏み出せなかった。
わたしはこの町では異端者で、わたしのことは誰も見ず、話さず、聞かない。だからもしわたしが神父に近付けば、ますます神父は町の人々から爪弾かれるだろう。それにわたしは力も無いし、器用でもない。わたしに出来ることなんて、何があるだろうか。
……言い訳ならいくらでも。ぐるぐると頭の奥で渦巻くものを感じながら、わたしは今日も教会へ向かう。今日も雪六花はひらひらと舞い降りて、視界は白い。
遠目に教会を眺めると、どうやら神父は出かけているようで、金槌の音も聞こえなかった。安堵の溜め息をついたわたしは、雪の軋む音を聞きながら教会へと歩み寄り、幾分見映えの良くなったそれを眺めた。
「……おや?」
突然聞こえた声に、わたしは驚いて周囲を見回した。が、一面の白には異彩など無く、わたしはますます混乱した。そんなわたしの頭上から降る、くすくすという笑い声。
「こちらですよ。上、上」
一歩後ろに下がって見上げると、教会の屋根からこちらを見ている神父。片手に金槌を持って、穏やかな笑みを浮かべていた。わたしが咄嗟のことに声も出せずにいるのに、神父はひらりと屋根から跳び下りて雪の上に着地した。
「こんにちは、何かご用ですか?」
「え、あ、その……」
喉に何かがつっかえて巧く喋れない。おろおろと視線を彷徨わせるわたしを、神父が不思議そうに見ているのがわかる。わたしはうつむいて、指先が痛くなるぐらいきつく服の裾を握り締めたまま、早口に用意しておいた台詞を言った。
「『お手伝いしましょうか』……っ」
神父が、息を呑むのがわかった。雪に音が殺され、沈黙が痛い。はやく、はやく何か言わなければ。きっと迷惑だったのだ、わたしのような何の役にも立たなさそうな娘、断るにしたって色々と言い回しを考えなければならないだろうし……。
「ありがとうございます」
時間に直せばきっとほんの一瞬。そのとても長く感じられた一瞬の後、わたしの耳に届いたのは思っていたよりも温かな、神父の声。顔を上げると、神父は柔らかい笑みを浮かべてわたしを見ていた。
「ちょうど休憩しようと思っていたところなので、それから手伝って頂けますか?」
わたしの中で、凝り固まっていた何かが融け始めるのがわかった。
それから、わたしと神父は教会前の石段に腰掛け、しばらく他愛の無い話をしていた。王都での暮らしや季節について、この町の雰囲気や、それから……。町の外から来た人間である神父の話は、生まれてこの方この町から出たことの無いわたしにとってはとても興味深く、まるで子供のように神父を質問攻めにするわたしに、神父は嫌な顔ひとつせず答えてくれた。
「……貴女は、僕のことを嫌っているのだと思っていました」
そろそろ作業を再開するか、という段になって、神父はそんなことを言った。わたしが驚いて問い返すと、神父は苦笑しながらその頭をかいて、どこか照れたように視線をそらしながら石段から立ち上がった。
「貴女、何度か教会の近くまで来ていたでしょう?
けれど、僕が居るのに気が付くといつも帰ってしまうから」
気のせいでよかった、と神父は笑った。
わたしは、何故だかとても胸のあたりが苦しくて、神父から手渡された金槌をきつく握り締めていた。
* * *
神父と娘はしあわせでした。
不吉な黒い髪をした旅のまじない師が、その町を訪れるまでは。
まじない師は、娘を見るなりこう言いました。
「その女は呪われし雪の眷属……早々に追い出さねばこの町には災いが降るだろう」
神父はまじない師の言葉など信じませんでした。
ですが、何人かの町の人々は、まじない師の言葉を信じてしまったのです。