返事を返すな
「お前見えるのだったな?」
「はい」
「見えるのは仕方がないが、これだけは注意しろ。
話しかけられても絶対に返事を返すな。
返事したらお前の家についてくるからな」
「分かりました」
最終電車を見送る為ホームに向かう直前、私は先輩に注意された。
最終電車を見送り人気の無くなったホームに人が残っていないか見回る。
いた、ベンチに横たわり寝ている酒臭い男を見つけた。
「旦那さん起きてください」
「ウウン…………」
唸るだけで起きる気配の無い男にもう一度声を掛ける。
「起きてください」
「うるせぇー! …………」
駄目だ起きない。
「起きないのならそのまま寝かせておけ。
引き上げよう」
更に声を掛けようとした私に、私と男の受け答えをスマホで撮影していた先輩から声が掛かった。
「え、でも、好いのですか?」
「ああ、寝たいと言っているんだ好きにさせとけ。
それよりサッサと戻るぞ」
「はい」
酔っ払いを残し私達は駅舎に引き返す。
「お兄ちゃん! 遊んで」
先程まで酔っ払い以外いなかったホームに人影が見える。
ホームの中程に60代くらいの男性が、先端付近には10代後半くらいの少女がおり、反対側の先端近くにはヤクザのような男性がいて、3人共帰りたい帰りたい許してと呟きながらワンワン泣いていた。
「ちょっとの間だけで好いから遊んでよ」
兄弟らしい小学校低学年くらいの男の子達が交互に声を掛けてくる。
「ねえ、見て、見て、似合ってる?」
黄色いワンピース姿の4~5歳の女の子が、私達の前でワンピースの裾をはためかせながらクルクルと回った。
改札口とホームに向かう階段の間のシャッターを下ろす前に、シャッター脇のベンチの上に置いてある線香立てに手を合わせる。
線香立ての隣にはお菓子やジュースが入ったコンビニのビニール袋と、折り畳んだ黄色いワンピースが置かれてあった。
ホームにいた彼等はお盆に帰る家が無く、死んだ場所に戻って来た霊。
世の中には亡くなった方々の受け入れを拒む人も大勢いるのだ。
以前先輩に「会社でお祓いをしないのですか?」と聞いた事がある。
返事は、「人身事故が起こり霊が戻って来る場所がどれだけあると思っているのだ? 数十ヵ所はある全ての場所で毎年お祓いをしていたら、会社が倒産してしまうぞ」だった。
宿直室で休息していた私達の耳にシャッターがガンガン叩かれる音と、「開けてくれー!」と叫ぶ男の声が響く。
「助けてくれー!
ヒィ!
こっちに来るなー!
開けてくれー!」
ドタドタとシャッターの前から走り去る足音の後に、女の子の声が聞こえる。
「追いかけっこしてるのー、私も混ぜてー」
その後もシャッターがガンガン叩かれる音や男の「助けてくれー!」と言った声、それに子供達の楽しげな笑い声が聞こえた。
午前4時、私達は始発電車を迎える準備を始める。
改札口とホームに向かう階段の間のシャッターを上げた。
シャッターが上がり始めると、その下を潜り抜けた顔を真っ赤にさせて怒りの形相の男が私達に罵声を浴びせる。
「馬鹿野郎ー!
あれほど助けを求めたのに、なんで! シャッターを開けてくれ無いんだ?
訴えてやるからな!」
「私達は宿直室で仮眠を取っていたので、シャッターが叩かれた音や助けを求められた声は聞こえませんでした。
訴えると言われましたが、こちらには貴方様が寝かせろと言った声や、何度声を掛けても起きない様子を撮影した動画がありますから、それを警察なり裁判所なりに提出するだけです」
先輩の言葉で黙りこんだ男は、それでも怒りが収まらないといった表情で駅から出ていく。
「お客様、あと30分程で始発電車が参りますが」
「こんな幽霊が出る駅に30分もいてたまるかー!
タクシーで帰るわ!」
男の後ろに60代の男性にヤクザのような男性と10代後半の少女が私達に会釈しながら続き、男の子2人が「兄ちゃん、兄ちゃん、タクシーだって」「タクシーに乗るの久しぶりだね」と口々に言いながら続く。
最後に黄色いワンピースの裾を持ち上げた女の子が、「これ、ありがとー、バイバイ」と先輩に手を振りながら男の後について行く。
先輩は男の後ろに向けて手を合わせていた。