6 女子高、初日
両親たちの威力は見事だった。先生たちに取り入るすき間を与えず、隆一は隆子として、今、綾香の担任の山田先生と教室に向かっていた。
男は決して入れない女の園に堂々と入ることができるのだから、普段ならもっとわくわくするだろう。
しかし、今、自分は女なのだ。ややもするとがに股に歩いてしまうのを気にしながら、緊張して歩く。スカートの下が、スーカスカして気持ちが悪い。すね毛を剃った痛みもまだ残っている。
卒業した先輩から綾香が借りたという制服は、肩幅が狭くて窮屈だ。腕を上げると、おなかが出る。セーラー服っていうのはあんまり合理的なもんじゃねえなあ。
おっと、階段を飛び越しそうになっちまった。まずい、まずい。さすがにおれだって、下着までは女物をつける気はない。男もののパンツを誰かに見られちゃ、やばいからな。
女子高生がキャッキャッとさざめく中を歩きながら、隆一は、なんというはめに陥ってしまったのかと、つくづく情けなくなった。ああ、なんていう女につかまっちまったんだろう。おれは本当に不幸な男だぜ…。
たった三週間、たった三週間…隆一はそれだけを念じた。
綾香のクラスは三年A組。山田先生は、定年まじかの小柄で赤ら顔のおじいさん先生だった。この学校にきてもう30年になるベテランである。まじめで温和な感じが一目見ただけでも伝わってくる。
「そのう…きみの事情はだね、さっきクラス委員からみんなにちゃんと説明してもらっておいたから。無理しないで、気楽にやりなさい。少しでも都合の悪いことがあったら、気兼ねしないでわたしに言ってほしい」
と、やさしく接してくれた。
引きこもりだということで、かなり気を遣ってくれているようだ。隆一は黙ったまま、うなずいた。やさしくされると、先生をだましている罪悪感で胸が痛んだ。
「山田先生はね、まじめ一本の先生だから、うそついたりすると、ゆでだこみたいに怒るからね。普段は温厚だけど、いったん怒り出すとすごいんだから」
綾香のコメントが、隆一の頭に浮かぶ。
いつも怒らない人が怒ったときの怖さは、隆一もよく知っている。どの学校にもそういう先生が一人はいるものだ。おれが男だと知ったら、卒倒するに違いない、もしかして息が止まってしまうかも。絶対にばれないようにしなくては。隆一はぶるっと震えた。
山田先生について教室に入る。むわっとした空気が押し寄せてきた。うわっ! なんだ、こりゃ。く、くっせー。
今までかいだことのない匂いが鼻につく。石けんのような、シャンプーのような、化粧品のような…。さまざまな甘い香りが入り混じっている。女くささ…そうか、これが女の匂いってやつか。隆一はいきなりの女子高の匂いにくらっとした。
自己紹介の時にはさらに、34人の女子高生の、68個の目がいっせいに自分に注がれているので、さすがに恥ずかしい。男子校育ちで、ほとんど女性とは関わりがなかったことを痛感する。
イケメンではあるので、中学校の時とか、高校の時はそれこそ白鳥女子高の子ともつきあったことがあった。隆一自身は、女、セックスにはそれほど興味がなく、女性のほうから告白されたのでつきあい始めたといういきさつ。だが、本来の無頓着さがたたってか、バスケに夢中になりすぎたからか、長続きしたことがない。
隆一は、黒板の前で、うつむいてなすすべもなく黙っていた。先生も無理に話させようとはせず、無言のまま綾香の席にうながされ、座った。一番後ろの席だったので、安心した。授業中には、緊張感がゆるんで、思わず大また開きになることがあったが、ありがたいことにそれに気づく者はいなかった。
白鳥女子高は、隆一の布引学院と並んで、県下有数の進学校である。三年ともなれば、受験を控えた大事な時期。さすがに生徒の授業態度はまじめで、騒がしい生徒は一人もいなかった。テレビに出てくる、繁華街をぶらつくちゃらちゃらした女子高生のイメージは、早くもくずれた。
隆一はもう勉強なんてこりごりだったが、ノートをしっかり取ることも綾香との約束だったので、しぶしぶ黒板をうつす。二年ほど前に習っているはずなのに、すっかり忘れていた。
それにしても、この甘ったるい空気の中では、ノートに書き写す作業にもなかなか集中できない。かといって他にすることもない。先生が隆一に質問を向けることは絶対にないだろうし、隆一はクラスメイトをうしろから、ただ見つめているしかなかった。
制服を着ているため、うしろから見れば、だれかれの区別はつかないも同然。やせているか、太っているか、それと髪型。それしか見分ける手立てはない。男のおれだって、うしろから見れば、この学校の女子高生の一人としか、みられないだろう。埋もれてしまうのだ。自分という存在が大勢の中に埋もれ、わからなくなる――。