40 秘密をばらす
その日の放課後。隆一は理恵ちゃんと二人で病室を訪れた。理恵ちゃんの姿を見た綾香は、大喜びした。今まで同じクラスになったことはなく、選手と写真部というだけで、話したこともなかったのだ。まじかに憧れの理恵ちゃんと話すことができて、天にものぼる心地だった。緊張してしまい、思うように言葉が出ない。そこで隆一が、自分が撮った理恵ちゃんのベタ焼き写真を見せ、話題を作ろうとした。
はじめは三人で仲よく話していたが、ベタ焼きが、並んで座っている隆一と理恵ちゃんのほうにあり、綾香のベッドからは写真が遠くてよく見えない。それに、隆一と理恵ちゃんが肩を寄せ合っておしゃべりしている姿が、気になり始めるととまらない。理恵ちゃんは女の子だけど男みたいで、隆一は男だけど女装している。二人が並んでいると傍目からはまるでカップルに見えるのだ。
綾香にとって隆一は男で、好きになった人だ。いくら憧れの理恵ちゃんとはいえ、隆一と仲よくしている光景を見るのはいい気持ちはしない。綾香の中に、嫉妬がふつふつと沸いて出た。
「ね、綾香、そうだよね?」
隆一が同意を求めて話しかけたが、綾香は口を結んで黙っている。
「あれ、どうした? 疲れた?」
心配する隆一に、綾香は厳しい顔を向け、そして理恵ちゃんに視線を移した。
「理恵ちゃん、この人の秘密、教えてあげようか?」
「秘密…?」
理恵ちゃんが不思議そうな顔をする。
「ちょ、ちょっと、秘密って、なに言い出すの…」
隆一は慌てふためいた。まさか、そんなこと、言うはずがない…。
「あのねえ、この人は」
隆一が慌てて口をふさごうとする。どうしたんだよ、綾香! 綾香はその手をふりはらって、とうとう告白した。
「この人、実は男なのよ! 女装してんの!」
時間が止まった。本当にばらすとは――。なぜ、理恵ちゃんの前で…。一体、どうしたというのだ。
病室は、しーんと静まり返った。誰も、何も言おうとしなかった。
理恵ちゃんは、目を見開いたまま、微動だにしない。隆一は綾香の顔を見つめ、綾香も隆一を見つめた。とんでもないことをした後悔と、助けを求めているのが、綾香の表情から読み取れた。今気付いても、遅い。
隆一は綾香を慰めることなどとてもできなかった。まったくわけがわからなかった。その場にいることにも耐えられず、隆一は無言のまま席を立った。肩をおとし、そのまま病室から出て行った。
綾香が喜んでくれると思ったのに。おれがなにをした? なぜ、理恵ちゃんにばらした? 今まで、あんなに必死になって守ってきたことを。お互いを許しあって、つきあっていこうとしていたんじゃなかったのか。おれに対する憎しみがまだ残っているのか。復讐なのか…?
隆一が去った病室に残された綾香と理恵ちゃんは、しばらく押し黙ったまま、みじろぎせずにいた。どうしよう…二人とも心の中で思っていたことは同じ。とうとう綾香が、事を起こした罪悪感に耐えきれずに、口を開いた。
「理恵ちゃん…ごめん…。ほんとに…ごめんなさい…」
綾香の目から、涙がぼろぼろとこぼれた。理恵ちゃんは綾香のベッドに駆け寄った。
「ほんと…なのね?」
綾香は深くうなずいた。悪い冗談だと思っていたが、本当だったのだ。いまだに信じられないが、杉村さんは、男だったのだ!
私は知らない“男の人”に自分の秘密を話してしまった…。女だと思っていたから。まさか、男だったなんて。信用して話したのに。ああ、頭がぐらぐらする。どう受け止めていいのか、さっぱりわからない。
「どうして、こんなことになったのか、教えてくれない?」
理恵ちゃんはつとめて静かに切り出した。綾香は言葉につまりながら、事故のことを話し始めた。最初はいじわるからだったこと、でも少しずつ隆一が好きになっていったこと。思いきって告白したら、ともだちからつきあってくれると言ってもらったこと。退院したら、隆一の役目は終わること。もうすぐ退院すること。
写真部のこと。理恵ちゃんのファンで、ずっとプレイする理恵ちゃんを写真を撮り続けてきたこと。そして…理恵ちゃんに嫉妬してしまったこと――。
信じられない話だった。理解しようとがんばるが、できない。綾香があまりに自分勝手に思え、腹立たしくさえ感じられた。理恵ちゃんは、自分の中で整理がつくまで、少し時間をくれと綾香に頼んだ、他の人には絶対に言わないからと。
綾香は、同意した。自分があれこれ言える立場ではない。理恵ちゃんは最後に綾香に聞いた。
「あの人は…あたしのこと、何か言っていた? たとえば、個人的な事情とか…?」
綾香は首を振った。
「がんばってるとてもいい子だって。あとは…総体での活躍のことと…」
あの秘密は、話していないんだ。理恵ちゃんは一番気にかかっていたことが解決して、胸をなでおろした。それでも心は大いに乱れ、走って家に帰った。




