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おれは女子高生  作者: 奥田実紀
39/42

39 男って、女って

 意外な結果になったとはいえ、坂口からのラブレターのことは黙っていた。だが、手紙の返事が残っている。勝手に手紙をよこしておいて、住所も電話番号も書いていない。それに、友人に手紙を渡してもらうなんて、男らしくない奴だ。そんな奴は無視して、このまま知らん振りを通そうか。

いずれ綾香が退院してくれば、自分は――女子高生の自分はいなくなるのだから。だが、その前に、またあの友だちが、返事を聞くために校門で待ち伏せしているかもしれない。


 隆一は、坂口たちが学食に毎日来ているのを思い出し、いっそのこと早くかたをつけてしまおうと思った。女の、断り文句は決まっている。「あたし、ほかに好きな人がいるの」だ。


 案の定、坂口はいつものように学食にいた。目をきょろきょろさせ、落ち着きがない。隆一を探しているのだ。さっちゃんたちと一緒に来た隆一を見つけると、ちらちらと様子をうかがう。手紙の仲介者も、隆一のほうを何か言いたげに見つめている。


「ねえ、あの人たち、杉村さんのことさっきから見てない?」

 さっちゃんが気づいて小声でささやく。

「え、そう?」

 隆一は知らん顔した。


「絶対そうだって」

 やっちんもつぶやいたが、隆一が何の関心も示さずに黙々と食べているので、そのまま黙った。隆一のほうをいちばん気にしている男子が、綾香の愛しの王子様だとわかると、さっちゃんはこそりと耳打ちした。


「ね、綾香だけどさ、もうあの王子様のことはどうでもいいらしいよ」

「え、うそ? なんで?」

 やっちんはびっくりして、おかずを取り落とした。


「好きな人ができたんだって」

「うっそー、だれ、だれ?」

 隆一は動揺を悟られまいと、定食から目と口を離さなかった。綾香のやつ…。おしゃべりめ。


「それがさあ、言わないんだよね。いつか会わせるからって」

「えー、じれったいなあー。病院の人かなあ?」

「おそらくね。どんな人かな、あの王子様に似てるのかしら」


 もう会ってるじゃん、と心の中で思ったが、隆一はもちろん黙っていた。綾香が詳しいことを話すことはないから、今度二人と会う時は、矢上隆一として会うことになる。初めて会ったような顔で話をすることが果たしてできるのだろうか? でも、装った自分ではなく、素の自分で向き合えることは、二人に対して正直でいられる点で、うれしい。


昼を食べ終わった隆一は、売店に寄ると言って、一人になった。校内で行動を起こす気はなかったから、男子生徒たちが使っている裏門のほうへ行き、そこで坂口を待った。隆一に気づいた坂口の友人たちは、気を効かして坂口を一人にした。坂口はもじもじして立っていた。何も言い出しそうにないので、隆一はため息をつき、口を開いた。


「あの…手紙、読みました」

 坂口は、ごくりとつばを飲み込んだ。


「すみません、あたし、ほかに好きな人がいるんです」

 隆一はこれで終わりだ、と思ってすっきりした。坂口は、下を向いたまま黙っている。

「本当にごめんなさい」


 急いで立ち去ろうとした隆一は、坂口が鼻をすする音を聞いた。なんと、坂口はすすり泣きをしているのであった。振られた悲しみで泣いているとしか考えられない。これがあの坂口なのか? 隆一は信じられなかった。


「お、おれの…どこがだめなんです…こ、こんなに好きなのに…」

 坂口はしゃくりあげた。こいつ…思いあがりもはなはだしい。ぜんぜん変わってないじゃないか。にしたって、女の前で泣くなんて、情けない。情けなさすぎて、隆一は言葉もなかった。ここは学校だ。早く帰ってもらいたいのに。


 隆一が困っているところに、理恵ちゃんが裏門からひょっこり現れた。裏門のそばにあるコンビニで昼食を買ってきたらしい。泣いている男子を前に呆然としている隆一を見て、

「どしたの…?」

 と思わず声をかけてきた。坂口がはっとして理恵ちゃんを見据え、恥ずかしそうに駆けていってしまった。助かった…。隆一は胸をなでおろした。


 中庭のベンチに腰掛け、パンをかじっている理恵ちゃんの横で、隆一は事の成り行きをかいつまんで話した。

「ふうん…。でも、泣き出すなんて驚くね、悲しいのはわかるけどさ…。よっぽど自信があったんだねえ」

 理恵ちゃんは淡々と話した。


「まいった。初めてのことで、どうしていいかわからないし。理恵ちゃんが通りかかってくれて、助かった」

 隆一はお礼を言ったあとで、理恵ちゃんが女の子からラブレターをもらっていることを思い出した。立場は違うが、同性からラブレターをもらったということでは、隆一も同じである。

坂口は知っている奴だったし、綾香のこともあったから、ぞっとしたが、普通にはどうなのだろうか。前から聞いてみたかったことを、隆一は思い切って尋ねた。


「あのさ、気を悪くしないでほしいんだけど…理恵ちゃんって、この学校の下級生とかからラブレターもらうんでしょ? そういうのって…その…どう思ってる? 同性からのラブレターっていうのは、いやなもの?」

 理恵ちゃんの手も口も、ぴたりと止まった。怒らせたか? 隆一はどきっとして、理恵ちゃんの顔色をうかがった。


「杉村さん…」

 理恵ちゃんは体を隆一のほうへ向け、真剣な面持ちで言った。

「はい…?」


「杉村さんはこの学校の生徒じゃないから…それに、信用しているから言うけど、これから話すこと、誰にも言わないって、約束してくれる?」

 秘密にしてほしい話か。隆一は、もちろん、というふうにうなずいた。理恵ちゃんは静かな口調で話し始めた。


「あたしね…女の子なんだけど、実は…男の子に興味がないの」

「……!」


「見てくれも男の子みたいだけど…それが自然っていうか、普通っていうか…。自分が女だってことが信じられないの。つまり…自分は男だって思ってるのよね。だから、女子高にいるのは違和感よ、正直、あたしにとっては。でも、なれちゃった。

それに、女の子があたしを慕ってくれて、ちやほやしてくれるのはうれしい…。ああ、あたしはやっぱり男なんだって思えて…。変…だよね…?」


 隆一は理恵ちゃんの告白に驚きながらも、『鍵の穴』のママの話や、園田の話を聞いていたので、落ち着いてとらえることができた。


「…変だとは思わない。程度とか、立場は違うかもしれないけど、そういう人、他にもいると思うし…」

 隆一は、自分のことも含めてそう言った。


「体は男でも、女の魂が入っている人がいるんだって。そういう人は、なかなか男の体になじめないって聞くよ。反対に、女の体に、男の魂が入っていることもあるんだよ。だから、女でいることが苦しいのかもしれない」

 理恵ちゃんは隆一の顔をまじまじと見つめた。


「杉村さんも、そう…?」

「あ、あたしの場合は、ちょっと違うけど…」

 隆一はどぎまぎした。同類といえば同類なのだろうが…理恵ちゃんが本当のことを言ってくれても、自分が男であることを告げることは、どうしてもできないことだった。


「き、気持ちはなんとなく、わかるよ…。で、でも、大事なのは、どう生きるかだって、思うよ…」

 隆一は、自分が思ったことを話し、

「…本当に男になってしまいたいって、思ってる…?」

 とおそるおそる聞いた。理恵ちゃんは、

「思ったり、思わなかったり…。いろいろ」

 と答え、

「自分は男だって思ってても、体は女じゃない? そのう…ぺチャパイだけど…。そうすると、女に生まれたのには意味があるんだろうな、っても思うんだよね」

 と、複雑な心境を語った。理恵ちゃんもいろいろ悩んでいるようだ。


「そうだよ。だから簡単に決めちゃだめだよ」

 隆一はとっさにそう口走っていた。理恵ちゃんにはやはり男になってもらいたくはなかった。

「そ、そうだね…」

理恵ちゃんは隆一の気迫に驚いたが、すぐにいつもの笑顔になり、

「いつか、すてきな男性と恋に落ちることがあるかもしれないし、そのときに、男になったことを後悔するのはいやだものね」

 とほほえんだ。隆一はその笑顔をみて、やっぱり理恵ちゃんは男になっちゃいけないんだと強く思った。


そして、綾香に理恵ちゃんを会わせようと思いたった。二人は顔は知っているけれど話したことはないという。大好きな理恵ちゃんに会ったら、綾香が喜ぶだろう。

隆一は、もし時間があったら、入院しているいとこの綾香のお見舞いに一緒に行ってくれないかと誘った。綾香が三年間、自分を撮ってきてくれた写真部員と知って、理恵ちゃんは快く応じてくれた。


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