36 告白
綾香から、電話がかかってこない。早く病院に来いと、催促の電話が鳴ってもよさそうなのに。もう綾香の耳には、パンチラ写真のことがはいっているはずだ。あの怒りんぼの綾香が何も言ってこないのは、かえって不気味だった。心底怒っているということかもしれない。そう思うと、近づく勇気はなく、隆一は、次の日も、その次の日も、病院に行かなかった。
高総体の写真現像と焼付けで、早く帰る部員はおらず、夜遅くまで学校にいたということも、知ってか知らずか、綾香からの連絡はずっとなかった。そうこうするうちに、高総体の写真は選別も、焼付けもすべて終わり、校内に張り出される日を迎えた。
隆一が撮った理恵ちゃんの写真は、ピントが甘いものも多かったが、大量に撮ったおかげで、何枚かはいいものがあり、綾香のピンチヒッターとしての役割はなんとか果たせたといえる。
中でも、決勝戦、さよなら負けのときの理恵ちゃんの写真は、いちばんの出来だった。目を閉じ、ただ天を仰いでいる理恵ちゃんは、結果を知っている者には涙を、知らない者には勝ち負けの厳しさ、そしてさわやかな感動を与えた。
「これはいいね、なかなかいいよ! うん」
ヤワラちゃんにそう言われ、隆一は心から嬉しかった。
そのヤワラちゃんが照れまくった写真がある。これまた隆一が撮った、決勝戦で負けたとき、ヤワラちゃんがカメラを抱えて泣いている姿だった。ソフト部員たちがうなだれているのを、遠くから涙で見つめる写真部部長。校内に張り出されることはなかったが、写真部の中では評判をえた。
「雰囲気、わかりますよ。ヤワラ部長の涙、写真部も一緒に悲しんでいるっていう感じが伝わってきて、あたしたちまでじんときちゃう」
ミックがそう言うと、
「そういえば、あたしたち写真部って、撮るばっかりで、自分たちの写真がないですよねー。いいなあ、ヤワラ部長は」
とハナ。
「えー、あたし、撮られるほうはパス」
ヤワラちゃんは真っ赤になったが、まんざらでもなさそうに喜んだ。みんな笑顔だった。
「今度、みんなでお互いを撮りあいっこしようよ」
などと盛り上がる。隆一はその輪の中で一緒に笑い、一方で、今日こそは病院に行かなくちゃな、と考えていた。撮った理恵ちゃんの写真を見せると、綾香に約束していたから。
隆一はベタ焼きを入れた袋を抱え、重い足取りで学校を出た。
「あの…」
誰かが声をかけてきた。周りを確かめるが、自分しかいない。隆一が声のほうを向くと、男子が立っている。見覚えのある顔だ。……あ、よく学食に来る……布引学院の後輩の坂口と一緒に座っている男だ。名前は知らない。
「これ…読んでください」
男はそう言って、手紙を隆一に差し出した。
「今?」
その男があまりにも無表情、無感情に手紙を渡すので、隆一は何かのお知らせだと思ったのだ。男は慌てて、
「いや…あとで…。おれじゃなくて…おれの友だちからのものです。友だちは坂口っていう名前です。あ、手紙に書いてあると思うけど」
と早口で言い終え、走って逃げていった。
なんじゃ、ありゃ。一人取り残された隆一は、手紙を持ったまま、しばらく立っていたが、もしや…と思いついた。急いで手紙を開けてみる。…やっぱり。
「あなたを学食で見かけてから、気になって仕方がありません。一度会ってお話したい。お近づきになりたい。布引学院三年 坂口慎吾」
隆一は手紙を何度も読み返し、それがやはりラブレターだと確信すると、ううっ、とうめいた。まさか、男からラブレターをもらうとは。それも、女装している自分に、だ。相手は、自分のいたバスケ部の後輩で、そして、綾香が好きな男なのである!
どこかからさっきの男が自分を見張っているかもしれないと思い、隆一は冷静に手紙をカバンに入れた。どうしていいものやら、まったく見当がつかない。とにかく、この場を離れよう。
隆一は急ぎ足で病院へ向かった。途中、何度も振り返り、さっきの男がつけてこないか、確認しながら。




