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おれは女子高生  作者: 奥田実紀
32/42

32 ニューハーフの店

綾香の耳にもこの話は届くだろう。そうしたら、おれが撮ったということがばれてしまう。隆一は情けなくて、綾香にあわす顔がなくて、その日は病院へ行く気がおきず、ぶらぶらと街中をさまよい歩いた。観光名所ともなっている、数キロに渡って長々と続くアーケード街。さまざまなお店が連なる楽しい場所なのだが、目的のない隆一は、あてもなく、ゆっくりと、沈んだ気持ちでただ歩いた。


 小一時間ほどぶらついただろうか。

「ちょっと、あんた!」

誰かが声をかけてきたようだったが、自分にではないと思い、隆一は無視した。気が重く、何もしたくない。


「ねえ!」

 後ろからぽんと肩をたたかれ、隆一はびくっとして振り返った。


背が高く、髪はストレートのロング、紺のスーツを着てハイヒールをはいた女性が立っていた。肌は浅黒く、化粧ののりが悪いようでファンデーションが粉のようになっていた。きれいとはとてもいえなかった。女性にしては体型がやけにごついし…、男…か…? 隆一はまじまじと見つめた。


「ね、あんた、男でしょ」

 その女性らしき人は単刀直入に切り出した。


「隠したってだめ」

 隆一は目を見開いたまま、その人を見つめるしかなかった。まちがいない、男だ。ニューハーフってやつか。隆一はまじかにニューハーフを見たのは初めてだった。


「わけありでしょ。ちょっと話しない?」

 その男は、にやっと笑った。


「なっ、なんであんたと話さなきゃいけないっ」

 隆一は怖くなって、まごついた。何をされるのか、想像もできなかった。


「そんなに警戒しないでよ。ただ興味があるだけよ。だってあんた、すっごく似合ってるから。ね、お店すぐそこなの、ちょっとだけ、ね?」

 男は隆一に腕を回して、ぐいぐいと引っ張っていった。


「ちょ、ちょっと、なにする…」

 隆一はじたばたしたが、思ったより力が強く(男だから当たり前なのだが)、とうとうわき道にそれたバーらしきお店の中に引きずり込まれてしまった。開店準備をしているニューハーフが数人いて、「おかえりなさーい」と弾んだ声がした。


「あら、ママ、新人さん見つけてきたの?」

 隆一をがっしりつかんではなさない男は、お店のママのようである。ママと違って、お店にいた数人のニューハーフは、肌のつやもよく、ひげもなく、体つきも丸みがあって、まさに女性そのものだった。化粧もうまいので、女性だと紹介されたら、まったく疑わないだろう。それくらい、きれいだった。


「やっだー、ママ、高校生じゃない」

「あらあー、白鳥?」

 ちょっとハスキーな声だが、色っぽい。


「ちょっと興味を持ったから連れてきただけ」

 ママはやっと隆一の腕をはずし、ソファに腰をかけた。

隆一はきらびやかな夜の商売の雰囲気を、ただ呆然と見つめていた。ニューハーフたちは、かわいいじゃないの、などといいながら、なりゆきを見守っている。


「あんたも座ったら?」

 ママは足を組み、タバコを出して火をつけた。隆一は言われるまま、黙ってソファに座った。タバコの煙がゆっくりと隆一に近づいてきた。


「ねえ、教えてよ、なんで女子高生してるわけ?」

 隆一は答えるべきか悩んでいた。見ず知らずのオカマに、プライベートなことを話す必要などない。隆一が口をつぐんだままなので、ママはふっと笑って言った。


「あのね、何もする気はないし、話を聞いたら解放してあげるわよ、約束。名前だって、聞こうなんて思ってないから」

 そう言われてもまだ、隆一は安心できなかった。隆一が何も話そうとしないのを見て、

「頑固ね」

 ママはそう言ってタバコの火を吹き消した。


「じゃあね、ひとつだけ聞きたいんだけど、あんた、女子高生やってて楽しくない?」

 この男はなにを言い出すんだ。質問の意味がつかめず、隆一はぽかんとした。ママは真剣な顔つきで隆一を見つめた。


「時々、本当に自分が女なんじゃないかって、感じることあるでしょ」

「じょ、冗談じゃない。好きでこんなことやってんじゃないんだ」

 隆一は思わず言い返した。でも内心は楽しく過ごしているのも事実である。


「そう…。じゃあ、違うのかな」

 ママは表情を変えず、隆一を見据えた。何だよ。知ってるふうな顔しやがって。隆一は不機嫌になり、頭がくらくらしてきた。一刻も早くここを逃げ出さなければ。隆一はすっくと立ち上がったが、心にひっかかるところがあり、口を開いた。


「なんで…おれが男だって、わかったんだ」

 ママは相変わらず無表情のまま、何も言わない。


「自分ばっかり質問して、不公平だろ」

 隆一の言葉が幼いと思ったのか、ママはふっと口元をゆがめた。


「すぐにわかるわ。同じなんだもの」

 ママは二本目のタバコに火をつけた。同じ…だと? こいつとおれがか? どこが?  隆一の表情を見て、ママが続けた。


「体は男でも、中に入ってる魂は女ってこと」

 魂が女? いきなり魂とかいわれて、隆一にはわけがわからない。


「まあ、信じなくてもいいけどね。そうじゃないかなあ、って思っただけだから。帰っていいわよ」

 何だよ。むりやり連れてきて、さっさと帰れって。隆一はむっときた。


「あんたはなんでそんなことわかるんだ」

 隆一はじっとママを見据えた。このまま、はいさようなら、って帰れるか。


「魂は目に見えないし、確かめる方法だってないわよ。私は、魂にも性別があって、この世の肉体と同じ性別の魂が入るとは限らないって聞いて、妙に納得したっていうだけ」

ふーっと、ママは煙をはきだした。


「今まで自分が感じていた違和感の原因がわかったって感じ。だから、自分がニューハーフになったのも納得しちゃったってわけよ」


「自分を…正当化するのか」

 隆一は容赦なく言った。魂があるのかないのか、男か女か、そんなこと考えたこともないし、わからない。それがよけい、むかむかさせた。


「自然の成り行き、って言ってほしいわあ。しょうがないじゃない、女として生きるほうがしっくりくるのは、どうしようもないことなのよ、体の奥の奥にいる魂は女なんだから。わかんない? 

あんただって、程度はそれほどじゃないかもしれないけど、妙に女子高生になじんでる気がすること、あるでしょ? あるいは、今まで、どうして男なのに女に興味がわかないんだろう、とか、思ったことない?」


 それは…隆一が感じていたことだった。ママは、口を大きく開け、声をたてて笑った。男そのものの笑いだった。


「あら、図星だったかしら? まあ、あんたにとってはそんなに深刻な問題ではなさそうね。あたしは、あたしにとっては、大きな問題だったのよ。

あたしは注射とか手術はしていないから、体は男のまま。こんな恰好やしゃべり方をしていなければ、完全に男だけど、魂は女だから、つらいわよ。でも、手術して女になるのはだめだって、心の奥でわかってるの」

ママはふっと言葉を切った。


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