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おれは女子高生  作者: 奥田実紀
31/42

31 見られてはいけないものが

 翌日から、写真部は高総体で撮った写真の現像と焼付けに大忙しだった。新聞部が使いたいと待っているし、校内に張り出さなくてはならないし、各部への卒業プレゼント用も必要だ。

隆一は、光が一筋もささない真っ暗闇でのフィルムの分解、感度別の現像、現像液の温度計りや、そのツンとくる酸の匂い、できあがったネガフィルムのぬるぬるした感じなど、初めての体験を無我夢中でこなし、息つくひまもなかった。


できあがったフィルムは、洗濯物のように、クリップで吊るし、乾くまで待つ。何十本というフィルムが、ずらりと乾され、各部の活躍の結果が形として現れた。白黒フィルムのネガは、青紫色をしていて、光にあたると宝石のように美しく光った。


 ヤワラちゃんは昨日の休み返上で学校に来て、自分の分を現像してしまい、すっかり乾いたフィルムのベタ焼きにかかっていた。ベタ焼きからいい写真を選び、それをサービスサイズやキャビネサイズに焼き付ける。

焼付けと、残りのフィルム現像をみんなで分担しても、全部が終わるまで一週間はかかる。この時期、写真部は毎日遅くまで活動が続く。


初心者でも手が足りないので、隆一も、焼付けの機械の操作や、印画紙の扱い方などを実践で覚えていった。現像液につけるまでは、ネガの映像はずっと反転したままで、はっきりとしたできあがりが読めない。人間の顔など、反転していると、ばけもののようだ。

それが、光で印画紙に焼付け、現像液につけてしばらくすると画像が浮き上がってくる。液につけすぎていると真っ黒になるので、適度な所でひきあげる。微妙な感覚が要求されるが、すべてを手で行なう現像作業は、たしかにおもしろいと隆一は思った。


 一時間ほどたったとき、外でフィルムを乾していたミックたちの、騒ぎ声が聞こえてきた。

「ねー、これ、変じゃない?」

「どれどれ…なんだーこれ」

 よくわからない映像が映っているらしい。「どうしたの」ヤワラちゃんが暗室から出てきた。


「これ、おかしいんですよー。なにを撮ったのか全然わからなくて」

 ヤワラちゃんがフィルムをしげしげと眺める。真っ白いものが写っているのはわかるが、それがなになのかは、たしかに不明だった。そのうち、ミックが気がついた。


「もしかして…これ、パンチラ写真じゃ…?」

「あーっ! パンツかあ!」

 ヤワラちゃんが大声を出した。部員がどよめく。暗室の中にいた隆一は、驚きのあまり椅子からころげおちた。


「こんなん撮ったの、だれよっ!」

 暗室の中にいた部員も、ヤワラちゃんのただならぬ様子を感じ取って、外へ出てきた。もちろん、隆一も。


胸がばくばくし、めまいがした。おれが撮ったパンチラ写真だ…。なんで現像されたんだろう…。隆一は巻き戻した後の、フィルムの記憶を追った。

たしか…そのままポケットに入れて…それから…落すとまずいと思って…カメラバッグに入れたんだった…。それから? そのあとは出した記憶がない。高総体が始まって、始末するのも忘れていた。


と言うことは、綾香に返したカメラバッグの中に入ったままだったんだ…。それが現像されてしまったということは…綾香が、おれが忘れたフィルムだと思って、誰かに渡したんだ…。隆一は寒気がした。


「あたしたちの中にこんな写真を撮る人はいないのはわかってる…。でもなんでだろう…? 誰か、心当たりある?」


 しーん。誰も何も言わない。隆一は焦った。まずい、なんとかしなくては。

「パンチラ撮るのに、白黒フィルム使うっていうのも、妙よねえ…」


 ヤワラちゃんが鋭い推理をする。自分が男だということがばれていない以上、隆一を疑う人がいないことはわかっているが、その真相を知っているのは、自分しかいない。


このまま黙っていれば、迷宮入りの謎として処理されるだろう。黙っていればいいんだ、黙っていれば。だが、隆一はそうすることができなかった。


「あの…それ、たぶん、拾ったフィルムだと…」

 隆一は本当のことがいえないので、嘘をつくしかなかった。

「拾った?」

「はい。高総体のテニスの試合のとき、落ちてたんです。あとで落とし主を探そうと思っていて、そのままバッグに入れちゃったみたいで…。すみません」


 隆一は頭を下げた。それは、パンチラを撮ったことへのお詫びでもあったのだが、そんなことは誰にもわかるはずはない。


「ふうん…ってことは、別の高校が撮ったもの、ってことになるわね。ま、いまさら探しても写真の内容が内容だから、誰も名乗りをあげないだろうし」

 そう言いながら、ヤワラちゃんはまだ疑いが晴れない様子で、

「ただ、やっぱり、白黒写真っていうのがねえ…気になるのよね、普通ならカラーで撮るんじゃない?」

 と続ける。ミックが疑問を晴らすように、口を開いた。


「でも…白いパンツを強調させるためにわざと白黒写真にするっていう人もいるみたいですよ」

「そうなの? ま、スケベ男の考えることはよくわかんないね」

 ヤワラちゃんは吐き捨てるように言い、隆一はその言葉に深く傷ついた。


「切って捨てておきます…」

 隆一がそう言うと、「そうしといて」とそっけない返事があり、その話はそこで終わった。隆一はまだ乾ききっていないそのフィルムをはぎとり、ハサミで切り刻んだ…自分がやった行ないを消去するために。細かく切りすぎて、もとの写真がわからないくらいだった。



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