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おれは女子高生  作者: 奥田実紀
3/42

3 憎しみ

女子高生は、大腿部(だいたいぶ)複雑骨折(ふくざつこっせつ)で即手術、約三週間の入院が必要となった。それ以外の損傷は、軽度の打撲(だぼく)だけ。

命に別状がなかったことでどちらにとってもひと安心ではあったものの、手術となった女子高生にとって、精神的な打撃ははかりしれない。


もちろん、隆一だけに非があるわけではないことは、事情聴取でわかっている。それでも、ぶつかった側の責任はまぬがれない。


就職への希望が絶たれたうえ、事故の補償(ほしょう)までのしかかってきた隆一は、目の前が真っ暗で、何も考えられなかった。かけつけた両親はもう、隆一を田舎に引きずってでも連れて帰ろうという勢いだった。このまま仕事が見つからなければ、そうせざるをえないだろう…迷惑をかけてしまったし…この先がまったく見えないのだ。


 隆一が事故を負わせた杉村綾香(すぎむらあやか)は、布引学院の斜め向かいに建つ、白鳥(しらとり)女子高校の三年生だった。

面会したときの綾香の顔を、隆一は決して忘れることはできないだろう。隆一への憎しみで目は燃えたぎっていた。隆一から目を離さず、食い入るように睨んでいる。

取り乱したり、叫んだりしてくれれば、まだ隆一も救われたかもしれないが、綾香は無言のまま、ただ刺すような視線を隆一に浴びせるだけだ。

隆一は何も言えず、とうとう綾香の視線から目をそむけてしまった。


 静まり返った場の雰囲気にしびれを切らし、隆一の両親が口を開く。

「このたびは、うちのバカ息子が大変な事故を起こしてしまいまして、本当に申し訳ありません…。大事な娘さんをこんな姿にしてしまって…」


 今まで、こんな低姿勢で両親が頭を下げる姿を、隆一は見たことがなかった。しばらく会っていないと、両親はこんなにも小さくなるものか。自分のために両親がぺこぺこしている…隆一は情けなさで胸が苦しくなった。


「頭をあげてくださいな。もう、話は済んだのですし…綾香のほうもよく見ていなかったんですから…」


 綾香の母親はやせた、背の高い女性だった。化粧気はなく、とれかけたパーマに、少し白髪がまじっていた。肉がほとんどないために老けてみえるが、実際の年齢は50いっていないだろう。もっと身なりに気を使えば美人になるのに、と周りから言われていたが、母子家庭で子どもを三人も育てあげてきたのだ。自分のことに気を配る余裕などなかった。


仕事場からかけつけた綾香の母親は、心配からだけではなく、心底疲れきっている様子であった。


「隆一、お前もちゃんと謝罪しなさい!」

 父親が隆一の頭を無理やり押し下げた。


「すっ、すいませんでした…」

 隆一は、申し訳ないと思いながらも、心のどこかには、全責任が自分にあるわけじゃないのに、とも感じていた。

こいつだって注意不足だったんだ。おればっかりがなんで一方的に謝らなくちゃいけないのさ。こっちは就職もだめになったんだ。あんな目で見られる覚えはないぞ。


 沈黙が流れる。誰も何も言わない。ああ、早く時間がたってくれ。早く自由にしてくれ。部屋にいる全員が、そう思っているのは間違いない。隆一も早く部屋から出たくて、おそるおそる顔をあげた。

綾香の表情はまったく変わっていなかった。許すどころか、いっそう事態が悪くなっている…?


「あの…」

 隆一が機嫌をうかがうように口を開くと、綾香がやっと言葉を発した。


「黙んなさい!」

 あなたには言葉を言う権利などない…、その強い口調はそう言っていた。隆一は驚いて一瞬、言葉をとめたが、命令口調には腹がたった。


「どうして…」

 そう言い掛ける隆一に、綾香が一言もしゃべらせないぞ、という勢いでまくしたてた。


「あんたも重傷になってるならともかく、無傷(むきず)でひょうひょうとしてるなんて公平じゃないわ。あんたは私を骨折させたんだから、それなりの(つぐな)いはしてもらうわよ!」


 隆一はぽかんと口をあけたまま、綾香を見つめた。償いって…その話は親同士の間でついているはず。隆一の両親は、慌てて、

「それについては、お母様のほうとお話をさせていただいたんですよ」

 と説明したが、

「あたしとの話はついてないでしょう!」

 綾香は目をつりあげた。


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