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おれは女子高生  作者: 奥田実紀
27/42

27 高総体最終日

残り二日は、事件が起こるひまがなかった。ソフト部が見事に勝ち進み、最終日の決勝にまでのぼりつめたため、ずっとソフト部につきっきりだった。


総体という言葉に、隆一はいつも興奮を覚える。大きな舞台。強い相手への挑戦。武者ぶるいがする。今回は自分が試合に出るわけではないが、ただの観客でもない。写真を撮るという、一種の仕事で来ている。何も考えず、ひたすら選手の姿を追いかけよう。代わりはもうきかないのだ。隆一はいつになく真剣になった。


ソフト部の試合に立会い、写真を撮りながら、隆一は今まで感じたことのない緊張と高揚、喜びを味わっていた。勝つごとに、それは大きくなっていった。

写真部はギリギリまで近づいて写真が撮れるため、遠い観客席で見るのとは、試合の迫力がまったく違う。望遠を使えば、選手の汗や涙まではっきりとわかる。隆一は、気持ちの高鳴るままに、夢中でシャッターを切った。たった一人だけを、理恵ちゃんだけを追いかけて。


隆一が属していた男子校のバスケット部は、いっても二回戦という程度の強さだった。勝ちあがりたいと思いながらも、できないくやしさ。でも、がむしゃらに練習に専念するほどの意欲は持ち合わせていない。どっちつかずの日々だったことを思い出す。


そんな自分が今、女装して、写真部としてこの場にいる。バスケットコートにいた自分よりももっと緊張して、もっと興奮して…。


決勝戦の客席は、空きがないほど大勢で埋まっていた。理恵ちゃんは怪我もなく、エースピッチャーとして決勝戦でもマウンドにあがった。理恵ちゃんの姿が現れると、女の子達の奇声が飛ぶ。他校生の姿も多くあった。


決勝ともなると緊張感は想像もつかないくらいだろうが、理恵ちゃんは落ち着いた投球で、三回戦までをノーヒットで抑えた。ところが四回戦でヒットを打たれ、その後一点を先取される。五回戦で一点を返し、その後互いに一対一のまま、試合は最終の七回戦に入った。

互角の、白熱した熱戦で、カメラを持つ隆一の手にも汗がにじみ、力が入る。あまりにも試合に熱中しすぎてシャッターを押していない自分に気づき、慌ててファインダーをのぞく。理恵ちゃんは滝の汗を流し、それを何度もそででぬぐいながら、全力をこめて投げていた。その真剣さに、隆一はふるえた。


理恵ちゃんの目には、もう周りの景色は入っていない。ただ投げることだけを考えている。隆一が知っている理恵ちゃんではなかった。


結果がつかぬまま、八回戦の延長に入る。先行の理恵ちゃんチームは無得点に終わり、次を抑えればまた延長戦が続く。暑さと長時間の試合で、選手にはだいぶ疲れが見えている。理恵ちゃんの球もやや速度が落ちてきた。

打たれるも、守備で二アウトをとり、残るはあと一人。これを押さえて、何とか次で点を取って終わりたい。みな、そう思い、願っていた。隆一も、心の中で、がんばれ!と何度も繰り返していた。


そして――カキ―ン。当たりのよい音が響き、場内が沸き立つ。ホームラン。理恵ちゃんは目をつむり、空を仰いだままつっ立っていた。

負けた…。泣くことも、叫ぶことも忘れて、ただ天に向かい、目を閉じたまま…まるで祈るように立ち尽くしていた。さよなら負けという事実を信じることができなかったのかもしれない。汗が、理恵ちゃんの顔を伝って落ちた。


隆一はシャッターを切った。最後の、高校最後の理恵ちゃんの勇姿。誰であれ、負けて泣いている姿は撮りたくなかったから、隆一は理恵ちゃんのその姿を立派だと、潔いと思った。写真に収めなければならないと思った。


終わった…。隆一はファインダーから目をはずした。

ほど近いところに、ヤワラちゃんがいた。ヤワラちゃんは泣いていた。目を真っ赤にして。隆一の視線に気づくと、涙をぬぐいながら苦笑いした。隆一は、ソフト部の選手たちの後ろ姿を、カメラを片手に泣きながら見つめているヤワラちゃんにピントを合わせた。タイトルも、もう浮かんでいた。「写真部」。


ヤワラちゃんは、ソフト部が負けたという理由だけで泣いているのではないのだろう。今まで陰武者のようにともに歩いてきた「写真部」として、カメラマンとして、つきあげてくるものがあったに違いない。

理恵ちゃん担当だった綾香がここにいたら、どんなふうに最後を見届けたのだろう。綾香には、この試合を見せてやりたかった…。隆一は、心からそう思った。


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