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おれは女子高生  作者: 奥田実紀
26/42

26 高総体初日

 高総体一日目は、スポーツ日和の晴天だった。テニス部が一回戦で負けてしまったため、時間が空いた隆一とヤワラちゃんチームは、急遽(きゅうきょ)、卓球部の試合を撮りに行くことになった。卓球部は順々決勝まで追い上げたが、そこで力尽きた。それでも接戦続きのいい試合で、選手たちの最後まで諦めないがんばりを、写真に収めることができた。


気持ちよく会場を出た白鳥女子高生応援団を待ちうけていたのは、私立の男子校生。総体は多くの高校生で賑わうため、学校間のもめごとも多かった。特に男子は余る活力をケンカでまぎらわそうと、いちゃもんをつけては暴れる。暴れない時は、女子の品定めをしようと、あちこちをうろついて回っていた。

頭がよく、かわいい子が多いという評判の白鳥女子高は、いつも男子高生に狙われていたのである。よほどのワルでなければ、ちょっと誘ってみて無視されれば、それで諦めるものだが、今日の男子たちはしつこくつきまとってくる。


「ねえねえ、ちょっとだけでいいからさあ、話をしようよー」

「きみ、かわいいねえ。彼氏いないなら、つきあってよ」

 と、めぼしをつけた女生徒にぴったりとくっついて離れない。隆一は後ろから、彼らをずっとにらみながら歩いていた。そんな隆一に目をとめた男子が、すかさず隆一に近寄ってきた。

女子の姿をした隆一は、知らない人から見れば均整のとれた美人にしか映らない。「ねえ、きみ、かわいい顔してるのに、そんなにこわい顔してるともったいないよ」

 隆一は目もくれずに、すたすたと歩く。


「つれないねえ。写真部なのかな? ぼくたちの写真撮ってくれない?」

「すみません、急いでいるので」

 ヤワラちゃんが隆一をかばうためにぴしゃりと言った。すると、

「あんたには用がないの。こっちのかわいこちゃんに声かけてるんだから、あっちいけよ」

 バチン! おとなしくしていろと言われた綾香の言葉の鎖も、ヤワラちゃんが侮辱されたことへの隆一の怒りを抑えておくことはできなかった。


「あんたたちにかまってるほどひまじゃないの。あっち行けよ!」

 思わず語尾は男になっていたが、誰もそんなことを気にしてはいなかった。これからどうなるんだろう、その一点にみんなの神経は集中していたのだ。


「なにを!」

 かっときた男子は隆一が首からかけていたカメラのストラップを思いきり引っぱった。カメラを守ろうとした隆一は、そのまま前につんのめり、男子の胸に飛び込んでいく形になった。男子も驚いて後ろにくずれ、二人はどすんと地面に倒れた。とっさに、隆一はカメラを男子の胸の中にぎゅっと収めた、壊れないように。


カメラのことばかり気にかけていたため、倒れた隆一のスカートはめくれあがり、パンツの後ろが丸見えになってしまった…。真っ黒のビキニパンツ。そこから女子高生にしてはけぶかい太ももがあらわになっている。隆一はまさか太ももの部分までは見えないだろうと、脱毛していなかった。


 あんなかわいい顔をして、こんな渋いパンツをはいていたのか。こんなに毛深い足をしていたのか。と、周囲はみな思ったに違いないが、口には出さなかった。見えたのが後ろ側だけだったのが幸いし、隆一の正体は危機一髪でばれることはなかった。


 醜態をさらしたことに気付いた隆一は、機敏に体制を立て直し、何事もないように立ちあがった。カメラは無事だった。あとは早くここから逃げるしかない…。


「なにしてるの?」

人垣の後ろから、大人の女性と男性が、声をかけてきた。大きな、デジタル一眼カメラと、三脚を抱えている。腕章に、「タウン情報」という文字が見て取れた。地元情報誌の編集者らしい。


「けが人でもいるの?」

女性が割り込んで、隆一の前に進み出た。転んだままの男子はいきなりの大人の出現に、おどおどしていた。


「いえ、人の波に転んだだけです。心配いただき、すみません」

ヤワラちゃんが、きちんと応対した。さすが、写真部部長。


「なら、よかった。もめごとはお互いの学校にもよくないからね」

女性は、隆一のスカートの汚れをぱんぱんとはたいてくれた。隆一が持っているカメラに気付くと嬉しそうに、

「あら、フィルムカメラね。懐かしい!」

そう言ってカメラにやさしくふれた。


「私たちも、たまに使うのよ。フィルムのよさが忘れられなくて。フィルムは、カラー?」

「いえ、モノクロです」

「いやーん、渋い」

そのころにはもう、生徒たちはみなそれぞれの行く先へ散っていっていた。


「あの、総体のこと、タウン誌に載るんですか」

ヤワラちゃんが聞くと、男性のほうが「来月にね、載せるよ、もちろん」と返事をした。


「若者のエネルギッシュな姿を紹介するの。買ってね」

女性はすっと名刺を出した。近藤幸恵、と書いてある。肩書きは「編集長」だった。男性が上かと思っていたが、この女性がトップなのだ。


「もしかしたら、将来うちの社員になってるかもしれないわね。ご縁ってね、不思議なのよ」

近藤編集長はそう言って、じゃあね、と軽やかに去っていった。


「タウン情報の仕事も楽しそうね」

 ヤワラちゃんが言った。タウン誌か。書籍のほうにばかり気が向いていたが、雑誌の仕事もあったのだと、気が付く。


 あ、そうだ、確めないといけないことがあったのだ。隆一はヤワラちゃんにさり気なく聞いた。

「あのさ、さっき…どこまで…見えた?」

「…パンツと…太ももから下…」

 ヤワラちゃんも答えにくそうだ。


「後ろが見えただけだから…大丈夫、大丈夫。毛深くたって、お嫁に行けないなんてことはないから」

 懸命に慰めてくれている。この様子だと、ばれてはいないようだ。隆一は体中の力が抜けていくようだった。今回もなんとか助かった。が、気をつけないといけない。


 その日の撮影は終わったので、隆一とヤワラちゃんはそこで解散した。


「フリー、あのね。あたし、ああいうの、慣れてるから大丈夫だよ。でも、ありがとね、かばってくれて」


ヤワラちゃんは別れ際にそう言った。まったく、顔がいいとか悪いとか、そんなことはどうでもいいことじゃないか。いったい、男は女子の何を見ているんだ。隆一は、自分もその男子の一員だということをたなにあげ、保護者になった気分でヤワラちゃんを見送っていた。


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