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おれは女子高生  作者: 奥田実紀
25/42

25 託す

「どうせ…おれはばかだよ。簡単に会社やめて、事故起こして、迷惑かけて…女の恰好して…みっともない…生きてる資格もないんだ…」

隆一は今度は開き直った。本当は自分が情けなくて、情けなくて、泣きたい気持ちだったが、女の前で、ことに綾香の前で泣くなどできなかった。


「あんた、ほんとにばかね。生きてる資格がない人なんていないの。この世に生まれたってことは、それだけでありがたいことなの。あんたには、あんなにやさしいお母さんがいて、働き者のお父さんがいて、それだけでも幸せなのに、あんた、何も感謝しないんだもの。それが頭にくるの、あたしには」


 隆一は、綾香が母子家庭であることを思い出した。がんばっている、なんてまだまだだった。綾香の努力を知ったら、自分なんか、まだまだなんだ。就職、自分に対するいらいらを、相手のことも考えずに吐き出してしまった。


「ごめん…」

 綾香の前にいると、隆一は自分の幼さを思い知らされる。年下なのに、自分のほうが子どものように思えて仕方がない。


「あんたって…そうやって、悪かったと素直に謝れるところは、いいところよね」

綾香はふっと笑った。

「ばかにしてんのか」

隆一はむっとした。


「ちがうわ、褒めてるのよ、ほんとに。あたしにないものだもの…」

綾香は、自分が意地っ張りで、素直じゃないことを自覚していたし、隆一の前ではさらにひどくなると感じていた。羨ましくて、憎らしくて、そして…いとおしい感じ。


自分にないものに、つまり、自分は隆一に引かれていっている。本当は、もうとっくに隆一を許しているのだ。でも許してしまったら、隆一は去っていってしまう。隆一を引き留められるほど、自分は魅力的じゃない…。


「お前だって、おれにないものを持ってるじゃないか。お前は…いや、お前もさっちゃん達も…しっかりしてる…まぶしいくらいに…」

 隆一はそう言って、黙ってしまった。また風がふわりと吹きぬけた。二人にとって、気持ちのいい風だった。隆一は、ぽんと膝をたたいた。


「ま、他人の芝生をうらやましがっても仕方がない。おれはおれで、お前らに負けないようがんばるしかないからな」


変わらなくちゃ、今の自分よりもっとしっかりと。背中を押してくれる人が、すぐそばにいることに、お互い気づいていなかったが、二人とも変わりたいと願い、動き始めたのは確かだった。隆一は大きく伸びをし、

「さ、いよいよ明日から高総体だ」

 と元気よく言った。


「写真のことは任せろ、心配ない」といいたいところだったが、そんなことは嘘でも言えない。責任が持てない。高総体に行くことができない綾香を気遣う気持ちから出た言葉は、

「おれが、お前のぶんまで見てきてやるよ」だった。

なんだか恋人に対して言うようなセリフだな…と、隆一は言ってから照れた。


「うん…!」

綾香は自分が写真を撮りにいけないジレンマに苦しみながらも、隆一にすべてを託すしかなかった。いや、正直、そうしたかったのだ。隆一ならちゃんとやってくれると、どこかで信じていた。だから、隆一に「お前のぶんまで見てきてやる」と言われたとき、自然に肩の力が抜けた。素直に、嬉しさがこみあげてきて、くったくのない笑顔を隆一に向けることができた。


綾香のその顔を見て、隆一はどきどきしてしまった。な、なんだ…やっぱかわいいじゃないか、こいつ…。隆一は、慌てて立ち上がって、窓辺へ駆け寄った。


「カメラ、慣れた?」

綾香がやさしく尋ねた。


「ああ…だいぶね」

隆一は平常心を保ちながら応える。


「頼んだよ…写真…」

綾香はそれ以上、何も言わなかった。綾香の気持ちが痛いほど伝わってきて、隆一は返す言葉が見つからなかった。できるだけのことはやるから…そう心の中でつぶやくのが精一杯だった。


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