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おれは女子高生  作者: 奥田実紀
24/42

24 母親

 放課後、隆一は、いつものごとく綾香の病院へ向かった。部屋に入るやいなや、

「今日、さっちゃんをお姫様だっこしたんだってね」

綾香のこめかみがぴくぴくしている。早く隆一に怒りをぶつけたくて待っていた様子だ。


「あ、ああ…。つい…。悪かった…」

 隆一はため息をついた。まったく何でもかんでも筒抜けだ。


「なんでそう、しょっちゅう忘れるかな!」

「しょーがねーだろ。女子高生歴、数日なんだからよっ」

 綾香は思わずぷっとふきだした。


「そりゃ、そうだわ」

 もっとしつこく怒られるかと思ったが、さっちゃんのおかげで綾香の機嫌はすぐに収まった。さっちゃんは、恥ずかしかったけど助かったと、綾香に話したそうで、

「きゃしゃな感じだけど、杉村さんの背中って意外と大きかったよ」

というリアルな実感まで付け加えたという。


綾香はおかしそうに話すが、隆一は笑われているのが、やはりおもしろくなかった。おれの背中まで女みたいだったら、男の価値ゼロだろーが。これでもバスケで鍛えたんだ…隆一は心の中で反論していた。


「あ、そうだ。ほら、みやげ」

 隆一は思いだして、カバンから銀紙に包んだピザを手渡した。今日の調理実習で作ったもの。病院の食事じゃ満足できないだろうと、隆一が取っておいたのだ。


「はらすいてんだろ。お前ら、ダイエットもくそも気にしないで、好きなだけ食ってるもんな、驚くぜ」

 隆一の口の悪さも気にせず、綾香はうれしそうにピザをほおばった。その顔を見ていたら、こいつもまんざらブスでもないんだな、と思えてきた。女は愛嬌(あいきょう)というが、いつもは見ることができない笑っている綾香の顔は、実にかわいらしかった。


隆一はパンチラ写真を撮ってしまったことは秘密にしておこう、と思った。捨てればすむのだし、カメラマンを目指している綾香に、スケベ心からパンチラ写真を撮ったことが知れたら、人格を疑われかねない。もう人格を疑われているのだろうが、これ以上ギスギスした関係になるのはたくさんだった。


「さっき、あんたのお母さんがみえたよ」

 綾香が水を飲みながら言った。


「おふくろが?」

「うん。もう帰ったけど。春の畑は忙しいんだって」

 隆一は土にまみれた野菜が、ビニール袋に入ってテーブルの上においてあるのを見つけた。母親がお見舞いに持ってきたのだ。


「けっ、お見舞いに野菜なんか…気がきかねえんだから」

 隆一は吐き捨てるように言った。綾香の表情はとたんに険しくなった。


「なに言ってんのよ。うちには、お花やケーキよりも、野菜がなによりうれしいお土産なのよ。新鮮で、おいしい野菜よ。あたしたちがすごく喜ぶから、毎日、野菜を持ってきてくれるの、あんた知らないでしょ。なにも知らないくせに、偉そうにしないでよ!」

 綾香は顔を真っ赤にした。


いつものヒステリーとはちょっと違う。隆一は、驚いて綾香の顔を見つめた。毎日野菜を持ってきてくれるって? じゃ、母親は毎日町まで出てきてるのか? おれに会わないで、野菜だけ届けて帰っていくのか?


「あんたのお母さんが、言わないでくれっていうから、ずっと黙ってたの。だけど、あんたときたら…ひっぱたいてやりたい」

 綾香は口をきっと結んだ。


「なんでだよ…なんでそんなことするんだよ…。おれは頼んでもいないのに…事故を起こしたのは、おれなのに…おれは…、おれは…必死で毎日がんばってるのに…」

 隆一は肩をおとし、うなだれた。どこへいっても、自分がみじめになる話題ばかりだ。


「いやなんだよ、田舎も、農家も…」

 我慢していた不満が、口をついて出てくる。


「あんた、田舎のなにがいやなのよ? 農家のどこがいやなのよ?」

 綾香は尋問するような口調で聞く。隆一はそれにむかむかきて、声を荒げた。


「どこがって、わかるじゃんか。くせえし、汚ねえし、汗水流したって、台風で作物は全滅。おれはそんなみっともない仕事はいやなんだっ!」

「ばかー!」

 綾香はピザを包んでいた銀紙をぎゅっと握りつぶし、隆一にぶつけた。そのあと悲しげにため息をつき、淡々と語った。


「そうやって育てた作物のおかげで、今のあんたは生きることができてるんじゃないの? くさいとか、汚いとか、あたしは全然そんなふうには思わない。だって汗水流して作物育てるってことが、人間の原点なんじゃないの。

あんたはそれをみっともないという。その仕事を自分でやってもいないのに。農家で育ったくせに、農家のこと、なにも知らないじゃないの。なにも知らないあんたに、文句言う資格ないよ。そんなあんたにみっともないだなんて言われる農家のほうがかわいそうだ」


 何も知らない…。わかってる、そんなこと、おれが一番わかっているんだ。


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