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おれは女子高生  作者: 奥田実紀
22/42

22 就職先

 高総体まであと一日残っていて、隆一はほっとした。明日は最後の練習の日、パンチラでだめにしたフィルムの分まで、真剣に写真を撮ろうと決めた。もう、あとがないのだから。

運動部の三年生は高総体をもって引退し、受験あるいは就職活動に専念する。文化部には秋の文化祭がまだ残っているが、実質、高総体を境に、運営は二年生にバトンタッチすることになっている。三年生は、毎日部活動に出る必要はなくなるのだ。


 白鳥女子高は、布引学院同様、進学校であり、8割以上が大学進学希望者だ。それ以外は専門学校や、就職希望である。

綾香は、ヤワラちゃんから聞いたように、写真の専門学校へ行く。担任の先生には、大学に行っていろいろ学ぶことも役立つのではないかと、短大受験を勧められたが、綾香のカメラマンへの道はゆるがなかった。母親のためにも、一刻も早く社会に出てカメラマンとして成功したかった。綾香は最短距離を考えて、専門学校を選んだのだった。

もちろん、授業料くらいは自分のお金で行きたいと、学校に内緒でアルバイトしていることは、仲のいい友だちは知っていて、学校側に漏れないよう細心の注意が払われていた。隆一がそうした話を知ったのは、むろん、綾香本人からではなく、さっちゃんたちからだった。


特に、調理実習の授業はそうした噂話をするのにうってつけの時間だった。調理実習は、就職組みの生徒しか取らない選択科目で、グループごとの作業のうえ、出来上がった料理を試食する時間は、恰好のおしゃべりタイムである。


さっちゃんは、就職希望者だ。漫画家になるという夢があるが、そんな簡単に叶うとは思っていない。だいたい、漫画家としてデビューできても、それだけで生活していくのは大変だと知っている。まずはちゃんと社会人として働きながら、投稿を続けていくというのがさっちゃんの計画である。美大に行くという道も示されたが、

「あたしの場合、早く現実を見たほうがいいと思うんだよね。もともと楽なほうへいっちゃうタイプだから」

 と、自分をよく知ったうえでの就職希望であった。


 やっちんはというと、学校の先生になるのが夢で、大学へ進学する。頭はいいので心配はないとさっちゃんはいうが、やっちんはお兄さんが二浪したうえ希望大学に入れなかったという現実を見ている。あんなふうになりたくないと、やっちんの勉強への意欲と現役合格へのこだわりはすさまじい。


 隆一の前に立っている前原さんは、看護師志望だという。看護師を目指す人が多いのも、この学校の特徴のようだ。

 進学組みは、休み時間も放課後も、教室で自主的に勉強をしている。そんな張り詰めた空気を乱してはいけないという心遣いが就職組みにはあって、調理実習の時間は一息つけるお茶の時間といったところだ。


「ほら、いちばん向こうのテーブルにいる、赤い水玉模様の三角巾をしている人いるでしょ? あの人はね、高校卒業したら結婚するんだって。もう婚約してるのよ、この学校では珍しいんだけどね。家がお金持ちらしくて、お嬢様で、一人っ子なんだって。だから婿(むこ)取りよ。あたしなんて彼氏もまだいないっていうのに、かたや、そういう人がいるんだからねぇ」

 とさっちゃんは皿を洗いながら言った。そのお嬢様は、いかにもお嬢様らしい優雅な身のこなしで、楽しそうに材料を切っていた。


「吉田さんは、どのへん希望してるの?」

 同じグループの女子が、材料を切っている吉田さんという女性に話しかける。

「第一希望は、銀行かな」

「うーん、銀行は競争率が高いな、やっぱ。ダントツのお給料だもんね」

 そうそう、と周りの女子も同意する。銀行、証券会社はかなりの人気なのだ。


「杉村さんは?」

 さっちゃんが隆一に話しかける。隆一は、さっちゃんが洗った皿をふき、テーブルに並べながら、

「いちおう就職…」

 と答えたが、この先、就職先が見つかることは、この女子高生たちとは違って自分には難しいことだとわかっている。やるせない気持ちである。


「どこ希望?」

 そうさっちゃんに聞かれても、どこでも…としか答えられない。


「どこでもって…やだなあ、隠さなくってもいいじゃない。好きなことは? やっぱり、好きな分野の会社に就職するのがいいよね」

 さっちゃんは、絵画展などをよく開催する百貨店の企画部を希望している。ここ数年その役職の募集がないため、今年あたりは…と期待しているのだ。


「そうそう、好きなことを仕事にしろ、ってうちの親も言うもん」

 吉田さんが割り込んできた。好きなことを仕事に…か。隆一は、自分が好きなことは何だろう、と考えた。

本が好きだったから、印刷所に就職したが、自分が思っていたような仕事ではなかった。いったい自分は本当は何がやりたいのか。隆一は真剣に考えずに、ただ都会にいたいがために、安易に就職してしまったような気がする。


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