20 本当は…
カメラを借りるため、病院へ来た隆一に、綾香は怒らなかった。隆一が学校で起こしたトラブルにもふれず、理恵ちゃんのカメラ事件にもふれず、話題はしつこいくらいにカメラのことだけだった。
よほど大事にしているカメラなのだろう、綾香のカメラはきれいに磨かれ、指紋ひとつついていなかった。持ち方、使い方、レンズ交換、ストロボ…それは念入りに説明してくる。あれはするな、これはするなと、またしても条件をいくつも言われたが、ことカメラに関しては、当然だと隆一は思った。
一つ一つの条件に、隆一はただうなずき、わかった、と答えた。
カメラの件が一段落すると、隆一はほっとして、窓を開けた。さわやかな空気が部屋に流れ込んできた。隆一は外の景色を眺めながら、ぼそりと告げた。
「それにしても、お前、すげえなあ。おれが慌てふためいてどうしていいかわからないときに、てきぱきと指示してくれるし、理恵ちゃんのカメラのことだって、ズバリと犯人を当てちゃうし…。心強いっていうかさあ…」
心から感心して言った。
「なっ、なによ。あたしはあんたが嫌いだし、自分のためにやったんだからねっ」
綾香は憎まれ口をたたいたが、以前ほどきつい口調ではなかった。
「お前さあ、いじわるしてるけど、助けてもくれてるよな。意外といい奴なんだな」
隆一に笑顔で見つめられた綾香は、ぱっと顔を赤らめた。
「あたしはいい奴じゃないってば」
綾香はわざと悪ぶったが、隆一にはいつもの憎まれ口にしか感じなかった。女の子のちょっとした変化を隆一が気付くはずもない。いつも通りの隆一に、綾香はがっかりした。隆一にとって自分はどうってことない存在なんだと思い知らされ、いじめているのだから当然じゃない、と思いながらもちょっとは特別と思ってほしいという、相反する気持ちにじれている自分がいる。
「悪いけど、今から学校に戻って、テニス部の練習風景、撮らなくちゃいけないんだ。おれ、昨日から全然撮ってないからさ…ヤワラちゃんにも悪いし」
隆一はそう言って、カメラとカバンを抱えて病室を出ようとした。とっさに綾香はギブスをはめている足をさわって苦しそうにうめいた。
「ど、どうした?」
「痛みがなかなか消えないんだよね…」
「え…」
隆一はどうしていいかわからない。経過が悪いということか。思った以上にひどい怪我だったのか…。隆一は事故の責任を今一度感じて、顔をくもらせた。
「ごめんな…」
綾香は想像した以上に隆一が心配しているのを見て、罪悪感にかられた。隆一の同情が欲しくてつい嘘をついてしまっただけなのに…。
「先生を呼ぼうか? 痛み止めとか…」
「ううん、大丈夫。このくらいの痛みはだれでもあるんだって」
「そうか…」
「あたしのことはいいから、写真、がんばってくれないと」
綾香はいつもの気の強い口調で隆一をせきたてた。
「ほんとに平気か?」
「うん」
「じゃあ…」
隆一は気にしながらも病室の扉を開けた。
「あたしのカメラ、大事に使ってよ!」
綾香の叫びは、廊下まではっきりと聞こえた。「元気だけはあるんだな」隆一は肩をすくめた。




