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おれは女子高生  作者: 奥田実紀
19/42

19 仲間意識

さっちゃんたちは、綾香のいった噂を流し始めた。手当たり次第に耳打ちし、女生徒たちの耳打ちは、またたくまに広がっていった。


「ものが盗まれるほど、理恵ちゃんってアイドルなの…?」


 隆一は思わずさっちゃんに尋ねた。とても理解できなかったのだ。


「そうよ。タオルとかハンカチとか、そんな小さいものはしょっちゅうなくなるって、理恵ちゃん言ってたわ。それに、ラブレターもたくさんもらうんですって」

「ラブレター?」

 隆一は驚きのあまり、すっとんきょうな声をあげた。


「女が、女にラブレター?」

「そうよ。憧れています、大好きです、毎日お姿を見るのが楽しみです、なんていう手紙がけっこうくるって。後輩からの手紙が多いらしいけど」


「……」

「杉村さんの学校は共学? 共学だと、こういうシチュエーションがわからないかもしれないね」


 いや、共学じゃないけどさ。おれが、男の先輩にラブレターを書くようなものだろ? 布引じゃラブレターなんて考えられないけどな。でも、いたのかな、そういう奴。


隆一は、自分がラブレターをもらう立場にあったものの、相手がその勇気がなくて実行しなかったことを知らない。

回想してみても、憧れるようなかっこいい先輩がいなかったので、やっぱり気持ちはわからない。だが、理恵ちゃんを見た今は、憧れの気持ちはわかる。誰が見たって、なるほどとうなずく人間が、実際にいたのだから。


とはいえ、ラブレターまでもらうなんて、受け取る本人はどんな気持ちなのだろう。うれしいのだろうか。人気投票だと考えれば、うれしくないはずはないだろうが、大事な物まで盗るのは犯罪だろう? 

夢の世界に生きていても、現実は見なくては(そう、さっちゃんのように!)。もし本当に理恵ちゃんのファンが盗ったのなら、現実に早く気づいて、戻してくれればいいのだが。


 果たして、放課後までに理恵ちゃんのカメラは戻ってきたのである。理恵ちゃんが下校準備にロッカーを開けたとき、カメラは何事もなくそこにあったというのだ。理恵ちゃんは写真部の部室まで、報告に来てくれた。あまり人目のあるところで話すのはよくないと判断したからだった。

カメラがなくなった噂が、あんなにすぐに広まるとは思っていなかったこと、今まで黙っていたことへのお詫び。理恵ちゃんはずっと頭を下げっぱなしであった。


「なにはともあれ、戻ってきたんだから、よかったよ、ねえ?」

 ヤワラちゃんが隆一に向かってそう言い、隆一もうなずいた。


「首をつっこむようで悪いけど、やっぱり、理恵ちゃんのファンの子?」

 ヤワラちゃんは探偵のような口調で聞く。理恵ちゃんは黙って静かにうなずいた。


「カメラが入ってたバッグの中に、手紙が入ってて。ごめんなさい、って書いてあったの。見覚えのある筆跡だったから…」


 やっぱり! 綾香の推理はあたっていたのだ。同じ理恵ちゃんファンだからその心理が理解できたのだろうか、それとも。だが、それ以上深入りする意味もないので、隆一は肝心なことを切り出した。


「このカメラのことだけど、こんなことになっちゃったからじゃなくて、その前から、返そうと思って」


 理恵ちゃんは、驚きと辛さで顔をゆがめた。今にも泣き出しそうな顔である。隆一は慌てて、

「誤解しないでほしいんだけど、気持ちはとってもうれしいんだけど」

となだめるように言った。ヤワラちゃんが助け船を出してくれる。


「カメラのことは写真部の問題だから、自分たちで何とかできるわけだし、あれは避けられない事故だったんだから、そんなに自分を追い詰めないでほしい、ってこと」


綾香も同じことを言っていた。理恵ちゃんは、高総体でいい結果を出すことに専念してほしい。それが、あたしたちの一番の願いで、理恵ちゃんができる一番の恩返しだと…。


「もうこのことは忘れよ! あさっての高総体、がんばるのみ、だよ。これからも練習あるんでしょ」


ヤワラちゃんはぽんと理恵ちゃんの肩を叩いた。やさしい励ましに、理恵ちゃんの目はうるんでいた。


「ありがと…」

 そのしぐさがとてもかわいらしくて、隆一は理恵ちゃんがやはり女の子なのだと感じた。どんなに男みたいでも、中身は女なんだ…。そう思って、ふと自分のことに考えが及ぶ。おれも中身は男なんだ…。いつか、そのことがばれるときが来るかもしれないと思うと、隆一は怖くなった。


さっちゃんや、やっちんや、写真部の部員や理恵ちゃんたちには、絶対に知られたくないと、真剣に思っていた。軽蔑(けいべつ)されるのは構わない…それよりも、女としてみんなの仲間でいることが汚いものになってしまうからだ。


数日間しかともに過ごしていないが、彼女たちは隆一にとっても、大事な友達になっていた。裏切るようなことはしたくなかったし、大切な思い出として終わりたかった。隆一は、なんとしても最後まで女で通そう、と決意した。誰のためでもない、自分のために。


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