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おれは女子高生  作者: 奥田実紀
17/42

17 ケガ

 つとめておとなしくしていたにもかかわらず、その日は隆一にとって厄日だった。放課後のこと。隆一は、ヤワラちゃんとソフト部の練習風景を撮っていた。

ソフト部は毎年決勝戦までいくほどの強さを持っている。練習も厳しく、総体前ということでいつも以上に緊張感が張り詰めていた。


 隆一は、綾香に命令されたように、理恵ちゃん担当である。理恵ちゃんはソフト部のエースピッチャーだ。隆一はその日初めて理恵ちゃんを見た。たしかに、ほれぼれするほど容姿端麗である。宝塚には身長が足りないが、それを除けば漫画に出てくるような“美少年”であることは間違いない。みんなが騒ぎ立てるのもうなずける。男に、あんなきれいさを求められたら、世の中の男はみな、相手にされないだろう。


理恵ちゃんが放つ力強いボールが、キャッチャーのど真ん中に、すごい音をたてて命中する。そのたびに、キャー、キャーっと黄色い声が飛ぶ。理恵ちゃんファンの女生徒だ。照れくさそうに笑う理恵ちゃんの、日焼けした顔と白い歯。すれてない、素直な笑顔がまたかっこいい。あれが本当は女だなんて、世の中はつくづく、不公平だと隆一は思った。


「やだ、フリーまで理恵ちゃんにまいっちゃったの?」

 ヤワラちゃんがからかう。


「ま、確かにかっこいいからね。あたしは同性愛って趣味はないけど」

 と、ヤワラちゃんは理恵ちゃんに恋するまでにはいたっていないらしい。隆一は、

「女の子があんなにかっこよかったら、男は立場ないですね」

 と笑った。

ヤワラちゃんはおしゃべりしながらも、いいショットは見逃すまいと目をぎらぎらさせ、手際よく練習風景を撮影していく。隆一はまだ一枚も撮影していなかった。


「そうね、男からすればそうなんだろうなあ。私だって、女みたいにきれいな男がいたら、神様って不公平だなって、思うもんね。いじわるのひとつもしたくなっちゃう」

 ヤワラちゃんはガハハと笑った。


「え、いじわる、ですか。顔に似合わず、陰険ですねえ」

 隆一は、綾香の顔がちらついた。


「そうすることで自分を満足させちゃうのよ、ブスのひがみってやつかな。もっとも、本当にやったことはないけどさ、あたしはずっと女子校だったし、そんなきれいな男は身近にいなかったしね」

 ヤワラちゃんはもう一本目を撮り終え、次のフィルムを入れ換えた。


「もし…もし身近にいたら?」

 隆一は、自分がきれいな顔立ちをしていることを自覚していなかったが、いじわるしたい、と聞けば気になる。


「いずれ、一回はいじめるね」

 意外な答えだった。女は見た目ではまったくわからない。


「ど、どういういじめ?」

 隆一はカメラの状態を確かめるふりをしながら、さりげなくふるまった。


「そうだなあ…女装させて、思い切り笑ってやる、とか。その程度なら、かわいいいじめじゃない、どう?」


 隆一は、ひきつった顔になった。うなずくことはちょっとできなかった。綾香のおれいじめも、それと同じ感情なんだろうか。隆一は考えてすぎていて、周りを見ていなかった。理恵ちゃんの一塁への送球がずれて、自分に飛んできたことさえも。


「あっ!」

 理恵ちゃんが気づいたのは遅かった。ガツーン! 何かが壊れるような音がした。隆一はおなかに突然きた痛みに、しゃがみこんだ。壊れたのは隆一ではなく――カメラだった。


カメラのレンズは粉々に砕け、ひしゃげていた。隆一は壊れたレンズの破片で切った腕から少し血を出していたが、けがはかすり傷だった。


「ああああーっ」

 ヤワラちゃんがかけよってきて、悲痛な叫びをあげた。ヤワラちゃんは隆一よりもカメラが気になるらしい。理恵ちゃんも、ソフト部のメンバーも慌てて走ってきた。壊れたカメラを見て、みな言葉がない。理恵ちゃんは、唇を震わせながら、

「ご、ごめんなさい…あたしが投げたんです…」

 と消え入りそうな声で謝る。しばらく沈黙が流れる。


「ま…仕方ないよ、事故なんだから。カメラは保険でなんとかなると思うから…」

 ヤワラちゃんは部長らしく、毅然として言った。ソフト部の部長もそれに応えて、

「もしだめだったら弁償(べんしょう)しますから言ってください。すみませんでした」

 と帽子を取って頭を下げた。ソフト部の部員全員が、それにならって、すみませんでした、と頭を下げた。こんなに大勢の生徒に謝られて、怒るほうが人格を疑われる。


「気にしないで、練習がんばって。みんな、高総体に期待しているからさ。ごめん、グランドに落ちたかけら、拾ってもらっていい? この子を保健室に連れていかなくちゃいけないから」 

 ヤワラちゃんは隆一を連れてグランドから出た。そのあとを追うように、理恵ちゃんが走ってきた。


「本当に…ごめんね、けがさせてしまって。あたし…手がすべっちゃって…」

 理恵ちゃんはすっかりしょげている。


「気にしないで」

 ぼうっとしていた自分も悪いと思った隆一は、理恵ちゃんに向かってそう笑いかけた。誰かを責めても仕方がない、事故なんだから。涙を浮かべている理恵ちゃんの顔をまじかで見た隆一は、やっぱかっこいいぜこいつ、としみじみ思った。


 腕のけがはたいしたことがなかったので、隆一は保健室には行かず、ばんそうこうをもらってすませた。学校内の先生方とは、なるべく顔をあわせないほうがいい。


「保険でカメラ代は出ると思うけど、今日明日というわけにはいかないわね。困ったな、部のカメラは他にないし。こりゃ、綾香のカメラを借りるしかないね」


 ヤワラちゃんはため息をついた。綾香がカメラをおれに貸してくれるはずがない。あいつはおれを憎んでるし、いじめているんだから。

隆一の予想通り、綾香はその日も隆一に怒りまくり、カメラは貸さない、と言い張った。


「あんたがぼっとしてたから悪いのよ。理恵ちゃんのせいじゃないわ、いい気味。カメラは自分で買いなさい。あたしの大事なカメラを、なんであんたに貸さなきゃいけないのよ」


 綾香は隆一のすること、なすことすべてがおもしろくないようだった。カメラを買うお金など、失業中の隆一にあるはずがない。

それに、カメラを貸してもらえなければ、理恵ちゃんの写真はもちろん、高総体での運動部の写真を撮ることはできないのだ。それでもいいのか。隆一が我慢強く、話をしたおかげで、綾香は最後にはしぶしぶカメラを貸すことを承知した。説得に二時間かかった。


「明日、お母さんに持ってきてもらうから、ちゃんと来なさいよ。あたしが貸したカメラまで壊したら、本当に弁償してもらうからね」


 まるでカメラを壊したのが隆一だといわんばかりである。隆一はもう綾香の小言を聞きたくなかった。綾香のキンキン声にはげんなりだ。そそくさと病室を出ようとして、まだ昨日のことを謝っていないことを思い出した。


「話はかわるけど。昨日…お前の好きな坂口のこと、言い過ぎちゃって、ごめんな。今日も、助けてくれて、ありがとな…」

 隆一は綾香の顔を見ずにそう言って、パタンとドアを閉めた。そしてそのまま廊下に座り込んだ。


「なにやってんだよ、おれ…」

自分の情けなさに嫌気がさしていた。そして、一人病室に残された綾香も、言い過ぎた自分に嫌気がさしていたのだった。いじめたいほど憎んでいるのに、どこか憎めない隆一に、心惹かれてきている自分にも。


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