12 部名
昼飯あとの授業は地獄だ。どうしようもない眠気におそわれる。おれは案の定、次の世界史の授業をほとんど聞くことができなかった。居眠りしてしまったのである。
隣りのさっちゃんは、鉛筆を動かしていたから、てっきりちゃんと聞いていると思いきや、休み時間に「また寝ちゃったよ~」と言ってきた。どうやら、姿勢を正したまま、時々鉛筆を動かしながら眠るという芸当を身につけているらしい。
さっちゃんもノートをほとんどとっていなかったから、写させてもらうこともできなかった。誰かほかの人に頼むのも面倒だし、まあいっか、とそのままにしておいた。
次の英語では、いきなり抜き打ちテストをされ、眠気もふっとんだ。隆一が使っていたものと同じ教科書だったが、隆一は習ったことを物の見事に忘れていた。問題の半分もわからず、すっかり自信をなくしてしまった。終了の鐘が鳴ったとき、大きなため息をついて、周りの女生徒に笑われた。
やっと授業が終わった。だが、これから部活、そして綾香の病院にも行かなければならない。家に着くまでは、女でい続けなければならないのである。隆一にとって、長い長い一日である。
放課後、綾香に教えられた写真部の部室へと、のろのろ階段をあがっていった。四階の西はじ。現像作業があるため、写真部の部室には物理室があてられている。半分は物理部、残り半分が写真部だ。
ドアの窓ごしにそっと中をのぞくと、すでに部員が集まっていて、話し合いをしている。隆一は入っていく勇気がなく、誰かが気づいてくれないかと、様子をうかがっていた。すると、後ろから、
「見学者?」
と声がかけられた。振り返ると、カメラを肩から下げた、体格のいい大柄な女子が立っている。カメラを持っているところからすると、写真部の部員であることは間違いない。
「うれしいなあ、新入生?」
と、大柄ちゃんがにんまりとした。
「あ…いえ…、杉村綾香の…」
最後まで言い終わらないうちに、隆一は肩を大きく叩かれた。
「ああ、そうだったわね! さっき携帯で話したところなの。いとこさんだったわね。ま、入って」
隆一はぐいぐいと背中を押され、部屋に入った。
化学薬品の匂いがぷうんとした。どうやら話し合いをしていたのは物理部のようで、隆一はその奥の一角へと案内された。
「チャムの代わりをやってくれるって聞いて、助かったわ。だって、あたしたちの写真部、たった6人しか部員がいないんだもの。普段ならともかく、これから高総体でしょ。時間も場所も、てんでばらばらだから、人が圧倒的に足りないのよ。あ、そこに座って」
これはヤワラ部長だと、隆一はぴんときた。柔道で活躍したヤワラちゃんに似ているからそう呼ばれているらしい。たしかに。顔もそうだが、はつらつとしていて、姉御肌のところもそっくりだ。
「三週間ぐらいって聞いてるけど、短い間だって、私たちの仲間になるんだから、まずは名前をつけなくっちゃね」
「な…名前?」
隆一は思わず聞いてしまった。
「あれ、聞いてない? っていうか、あなたの学校にはないの、部名って」
「ぶめい?」
なんじゃ、そりゃ。隆一は黙って首を振った。
「ふうん。うちの学校は、部活動のときに呼び合うあだ名があるの。それを部名っていうんだけどね、入部したときに先輩がつけてくれる決まりなのよ。普段のあだ名とは別のものなの」
そんな伝統があるのか、この学校は。変わってる。隆一はなれなれしい名前など、うっとうしいと思った。
「綾香は、小さい頃死んじゃった愛犬の名前をとって、チャム」
ぷっ。隆一は思わず吹き出した。あの怒りんぼの、いばりやの女が“チャム”だって? 似合わねえ。
「あら、そんなおかしいかしら。かわいい部名じゃないの? あなたにもかわいい部名がいいわね、ええと…」
隆一は部名などいらないといおうと思ったが、目立ちたくはない。どうせ少しの間なのだから、我慢すればいい、と思いなおした。だが、変な名前をつけられるのはいやだ。隆一は自分から切り出した。
「…フリーでいいです」
隆一は小声で言った。
バスケ部時代、フリースローが得意だったのをとっさに思い出した。
「フリー? それが部名でいいの?」
隆一はおきまりのうなずきを返した。