11 ミスター白鳥
だが、現実の男が汚い、というのはどうも気になる。
「じゃあ…現実に、漫画のような男がいたら?」
隆一は率直に尋ねた。二人はちょっと考えていたが、
「顔はごまかせるだろうな。でも、肌とか体とかまで女性みたいだったら、それは陰でエステ行ったりして何か努力しているわけでしょ。必死になっているその光景を思う浮かべただけで、げんなりしちゃう」
さっちゃんの言葉は、グサリと隆一につきささった。お、おれは仕方なく努力したんだ。自分からすすんでこうなったわけじゃない。
「男がきれいになるために努力するのって、情けなーい、って感じ。もともときれいな女性が、男性的なら、すてきだけど、その逆はちょっとね」
とやっちんが言うと、さっちゃんはうれしそうに応える。
「宝塚はすてきだけど、ニューハーフは生々しすぎるもん」
そういうものか…。隆一はわかるような、わからないような、複雑な気分である。
「杉村さんも、理恵ちゃんを見れば、この気持ち、わかるって!」
「そうそう、ああん! 憧れの理恵ちゃん」
二人は夢見るように“理恵ちゃん”のかっこよさを語った。
その名前は、隆一も聞いた覚えがある。綾香がしきりにその名前を口走っていたからだ。この白鳥女子高の文化祭の目玉は、ミスコンならぬ、ミスターコンテストだ。理恵ちゃんは、三年連続でダントツ優勝を果たした、学校一かっこいい“女の子”である。
女の子なのだが、セーラー服を着ていなければ、誰も女の子だとはわからない、そのくらい、外見は限りなく男に近い。部活がソフト部ということもあって、日に焼けた肌、白い歯、鍛え抜かれた筋肉質の体、ベリーショートの髪型。顔立ちもモデルのようにりりしく、まさに漫画から抜け出たようだという。
綾香も理恵ちゃんファンの一人で、写真部という特権を生かして、数多くの理恵ちゃんフォトを持っている。総体写真を校内に張り出せば、理恵ちゃんの写真だけ、すぐにはがされて持っていかれるので、超強力接着剤で張り付けなければならない。
理恵ちゃんの写真の注文数は、飛びぬけて多い。写真部の部費の赤字は、理恵ちゃん効果でなんとか補えているのである。これから最後の高総体が始まるとあって、みな写真部が撮る“最後の理恵ちゃん”写真を心待ちにしているのだ。
綾香は、写真部の中の、理恵ちゃん専属のカメラマンである。ファンが喜ぶショットを心得ている。それにアングルもすばらしい。綾香の撮った理恵ちゃんの写真は、市の高校生写真コンテストで入賞したほどだ。
ところが、綾香は最後の高総体の写真を撮りに行くことができない――事故で骨折したおかげで。最高の理恵ちゃんを撮りたかったのに。高校最後の理恵ちゃんの晴れ舞台を、自分の手でカメラに収めておきたかったのに。綾香は歯軋りしてくやしがり、隆一に、理恵ちゃんの写真撮影を命令した。
「素人のあんたがいい写真を撮れるはずがないんだからね、数多く撮れば一枚くらいはいいのがあるかもしれない。だから、理恵ちゃんの写真をとにかく撮りまくってくること。いい? ひとつの部につき、一人あたりフィルム5本しか支給されないけど、あんたは自腹を切って10本以上は撮ってくること。理恵ちゃんだけでいいからね、余計な写真は撮らないでよ。私が言った通り、黙ってやればそれでいいんだから」
綾香はすごい剣幕で言ってのけた。目にハートを浮かべて。まるで理恵ちゃんに本気で恋しているようである。
「綾香は、好きな男性がいるのに、なんであんなに理恵ちゃんに夢中になるんだろう」
隆一にはさっぱり理解できなかった。さっちゃんもやっちんも、当然のように言う。
「あら、当たり前じゃないの。それとこれとは違うのよ」
「現実と理想、どちらも大事だもの」