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おれは女子高生  作者: 奥田実紀
10/42

10 いとしの王子様

 布引学院から昼を食べにやってきた男子たちの席は、配膳のおばさんたちの目の届く前列と、暗黙の了解で決まっていた。さっちゃんとやっちんは、男子の顔がぎりぎり見える位置に陣取った。隆一は女装していることがばれる危険性があるので、男子に近づきたくはなかったのだが、さっちゃんたちにはそんなことはわからない。


「ねえ、ねえ、今日も来てる!」

「あ、ほんと」

 さっちゃんとやっちんは、小声でささやきあった。さっちゃんは、がつがつと定食を食べ始めている隆一の腕をこづいた。

「?」

 隆一は口をもぐもぐさせながら、顔をあげた。


「奥から二列目の、窓際から三番目」

 さっちゃんが耳元でささやいた。生暖かい息が耳にかかって、隆一は体の中を電気が走りぬけたようにしびれた。耳打ち。これも男子校ではしない。初めての経験にどぎまぎしたが、なんとか平静を装い、二列目、窓際から三番目の男に目をやる。


白いTシャツに、青いチェック柄のボタンダウンシャツをはおった、座高の高い男…。短いぼっちゃんカット。あとからきた友だちのほうを振り返った時、その男の顔が隆一にもはっきりと見えた。

太いまゆ毛に、切れ長の目。にやけ顔が妙に鼻につく…あれは…坂口じゃないか!


「きゃっ、こっち向いたっ!」

 やっちんが、自分のことを見てくれたかのようにはしゃぐ。男は一瞬、隆一たちのほうに目を向けた。やべっ! 隆一は急いで下を向いた。


「あたしたちに気づいたのかな?」

 さっちゃんがうつむいたまま、やっちんに話しかける。


「ね、どう思う、杉村さん?」

 隆一には聞こえていなかった。綾香のいとしの王子様とやらは、隆一のバスケ部の後輩の、坂口慎吾だったのだ。

たいしてうまくもないのに、目立ちたがり、でしゃばり。自分がかっこいいと思い込んで、スタイルを気にしている男。バスケ部の中では評判のよくない奴だ。ああいう男を、女子はかっこいいと思うのか…?


「ねえ、杉村さんってば」

 また腕をこづかれて、隆一は我に返った。


「どう思う?」

 さっちゃんが同じ質問をする。隆一は思わず、

「あんなのの…どこがいいの」

 と口走ってしまった。


「ただのええかっこしいだ」

 さっちゃんとやっちんは、顔を見合わせた。

「杉村さん、彼のこと、知ってるの?」

 やっちんはびっくりした顔だ。さっちゃんも、隆一をまじまじと見つめた。しまった。また余計なことを…。隆一は一瞬の間に、言い訳の言葉をぐるぐる捜し回った。


「ち、ちがう…ただ…そう感じただけ…なんだけど…ね。ああいう男って、だいたい、そういうタイプっていうか…」


「そうかなあ。あたしには、やさしい人に見えるけどな」

 やっちんがそう言うと、さっちゃんは、

「でも、なににしたって、あたしの好みではないけどね」

 と笑いながら言い切り、

「杉村さんも、ああいう人、好みじゃないんだね」

 と話をずらした。隆一は、ほっと胸をなでおろした。


「綾香の王子様を杉村さんも気に入ったら、どうしようかって思ってたんだ。血のつながりって、おんなじタイプを好きになるって、よくいうじゃない」


「そうそう。いとこがライバルなんて、嫌だもんねー」

 やっちんも笑った。


「杉村さんはどんな人が好きなの? あ、もしかして、もう彼氏がいるとか…?」

 さっちゃんがうかがうように聞いてくる。

隆一は定食を食べ終わり、次のカツカレーに手をつけていた。おしゃべりより、空腹を満たすほうが大事で、あんまり話しかけてほしくはなかったが、ここは答えなければならない。


「彼氏なんて…いない…よ」

 ぼそっとつぶやくと、さっちゃんもやっちんも、安心したように吐息をもらした。


どんな人が好き、か。そんなこと考えたこと、なかったな。おれ、彼女がほしいなんて思ったことなかったし。どっちかっていうと、女に興味がないんだ。昔っから、そうだった。かわいい、とか美人とか、思うことは思うけど、それ以上、どうなりたいとか、思ったことなかった。女のほうから交際を申し込んできたから、流れでつきあったけれど。


「杉村さん、かわいいから、もてるんじゃない?」

 やっちんの言葉に、さっちゃんもうなずいた。は?? 

隆一は思い切り、首を振った。かわいい? このおれが? 

やめてくれよ、男だぜ、おい。これ以上自分に話題を集中させたくないと、今度は隆一のほうから質問をぶつけた。


「ふたりは、どんな人がいいの? もうお目当ての彼、いる?」

 さっちゃんは、寂しげに首を振った。

「ぜーんぜん」

 やっちんも深くうなずいた。


「興味ないの?」

「ううん、あたしは受験だから、いまは勉強。気が散ることはいやだし…」

 と、やっちん。


「あたしはどっちかっていると、オタク系だからね。漫画に出てくる美少年を見てるほうがいいんだ」

 さっちゃんは意外なことを言う。隆一は、

「漫画?」

 と思わず口に出した。


「うん。漫画の中の美少年は、すね毛も濃いヒゲもないし、ごつい体していないし、とにかくきれい。現実の男の子って、そうじゃないし、なんか、汚いってイメージ」


 隆一は言葉がなかった。現実の男の子は…汚い…。あからさまにそういわれると、ショックである。でもそれが現実だ。漫画の美少年が、現実にいたら、それこそ世の中ひっくり返る。理想を追っていても仕方がないだろうに。


「それって、現実逃避なんじゃないの」

 隆一はできるだけ冷静を装って言った。それでもきつい突っ込みには違いない。でもさっちゃんは、あっけらかんと答える。


「うん、そう。わかってるの。でも、社会に出たらいやでも現実見るわけだから、学生のうちは、夢の世界に生きてたっていいんじゃない?」


「わかる、わかる! 現実とか、嫌なところを全部排除した、漫画の世界の男子を見ているのが、幸せなんだよね」

 やっちんも同意する。わかってて、理想の世界に生きているわけか。隆一は、反論もできず、それも間違った考えではないな、などと考えていた。


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