小さな国の姫と偉大な力の少年の物語
なんて事のない少年の記憶と姫の理想郷作りのストーリーです。
序章 羽ばたく龍
木々が生い茂る物静かな田舎の中に、透き通るように綺麗な湖が広がっている。
湖には様々な生き物が生息しており、水中に自生する水の恵みはその湖の周りに住む住人達の生活を助けている。
そんな湖のある場所に木で出来た休息場所がある。
そこに座る一人の白髭を携えた老人。
異様に長い釣竿を両手で軽く持ち獲物を狙っている。
そんな老人の背後から一人の影が迫る。
ザッザッと雑草を踏む微かな音を聞き取り目を閉じて意識を集中させていた老人がゆっくりとまぶたを開く。
「誰だ……?」
低く威圧感のあるその声はその場の空気を一瞬にして張り詰めさせる。
その言葉に背後から迫っていた影が足を止め反応した。
「長老、ただ今戻りました」
男とも女とも取れる中性的な声に端正な顔立ちをしたその子は、老人の背中に声をかけると止めていた歩を再び進ませ老人へと近付いた。
「おお、ハオか……もう卒儀式が終わるような時間かの……」
声を聞いた後の老人の声はどこか穏やかさが帯びて、家族を暖かく迎える親心が伺える。
老人がハオと呼んだその子は、老人の座る木製の休息場所の手前まで歩を進めると、両足を揃えて直立不動し徐に会話を始めた。
「結局朝から今の時間まで趣味を嗜んでたのですね」
せっかく帰って来たというのに、一切こちらを振り向こうとしない老人の背中にハオはただ言葉をかけていく。
「何も成果が無くともこの静かに流れる時が心地よくての」
遠くから聞こえる鳥の声や、どこからともなく聞こえる虫の鳴き声。
本当に徹底して音を出さない限り聞こえないような自然の音を、老人は心の癒しにしていた。
「……僕もこの空気と雰囲気がとても好きです」
少し頬を緩め笑みをこぼしながら、今目の前を流れている空気を身体いっぱいで感じる。
「それで?これからはどうするのだ?」
静まっていた空気を裂くように、老人の口から言葉が投げかけられた。
それを聞いたハオは、緩んでいた表情を瞬時に引き締めハッキリとした口調で答えた。
「街の方へ顔を出そうかと思っております」
その答えに老人は大きく息を吐き軽く空を見上げ、どこか寂し気に話し始めた。
「そうか、お主も大国へと行くのだな。やはりこのような辺境よりも、賑わいを見せる街中へ行くのが若者にとってより良い経験にはなるからのう」
まるで皮肉とも取れるような表現を用いて長老はハオに釘を刺す。
「長老様、勘違いを孕んだまま別れたくはないのでハッキリさせますが、僕はこの故郷を捨てようなんてことはっ」
ハオは心なしか長老からの言葉に焦りを感じ慌てた様子で反論した。
「それでもお主は街へと行くのだろう?」
「それは……そう、ですけど……」
違うとは言えない。
かといってこの郷での生活が苦しいという訳でもない。
しかし、若輩のハオは長老を納得させられる言葉を思いつくことが出来なかった。
それでも悪い印象を持たれたまま別れたくはなかった為、ハオは精一杯の約束を今いる空間いっぱいに響く声で叫んだ。
「ですが僕は、街で一人前に成長した暁には良い報告をこの郷へと持ち帰ります!」
「……そうか……」
ハオの迷いなきその言葉に長老もどこか理解した雰囲気を出した。
そして焦燥感で息を切らして深呼吸している後ろのハオに向けて、長老は最後の言葉を投げた。
「ハオの気持ちは十二分に伝わった……」
「長老様っ」
長老の言葉にようやくハオは明るい表情になった。
そして意気込みの言葉を続けて言おうとした時、長老の口からある注意が喚起された。
「街へ行くのは分かった、お主も体だけではなく心も成長してほしいのでな。しかしなハオ、一点だけ忠告しておくぞ」
先程までとはまた別の緊張感を孕んだ長老の言葉に、またハオは息を呑む。
「はい、なんでしょうか」
「ワシの記憶が正しければあの街は通称桜公国と呼ばれている」
長老にどこへとは言っていなかったが、ハオが行こうとしていた街がたった今長老が口にした、通称桜公国と呼ばれる小さな国だ。
「その桜公国はブロッサム家と呼ばれる美しい女性が大半を占める貴族が統率しておる」
「はい、一応話には聞いております」
卒儀式にはある程度の学が必要となるのだが、その中には桜公国の歴史もある程度学ぶ機会がある。
「ワシからの忠告はそのブロッサム家との接触についてじゃ」
「ブロッサム家との接触?」
ハオはふと疑問に感じたことがあった。
「規模は小さくても形態が国なのであれば、よほどの事が無い限りその貴族とは接触しないのでは?」
「その通りじゃ、ブロッサム家は普段王宮の中で過ごしておるから滅多に会うことはない」
「ではなぜ?」
ハオも優秀な子ではあるが、資料が少ない歴史に関しては少し疎い部分がある。
ブロッサム家に関しては何の秘密があるのか、基本的に外部に自らの情報を流すことは無い。
唯一事実として桜公国の資料館にあるのは、一族の血を引いた女性は総じて美しいということだけ。
「その一族に専属で守護の役割をしている素性がほとんど分かっていない者が、パトロールや一族からの令により街中を歩いていることがある」
「ちょっとした暗殺人というか、仕事人みたいな感じでしょうか?」
「暗殺人とは違うな。彼奴らは一族に殺しの令を受けない場合一切の殺生をしない」
「なるほど」
「その暗躍している者に街でのルール違反で捕らえられるとブロッサム家に差し出される」
「いわゆる裁判ですか?」
「裁判というよりは終わりの無い罰則が下るというとこか」
「罰則?」
「ワシも詳しいことは分からんのだ。罰則で一族に捕らえられた者は滅多に街中へと戻ることは無いからな」
「では違反に気をつけて生活をすれば……」
「それが一番いいが、今の街にはどんなルールがあるか把握していないのでの。もしかするとここで慣れたことも向こうでは違反となることもある。神経がすり減る可能性もあるが、頑張って来ておくれ」
「精進致します。長老」
ハオは長老の最後の言葉を胸に街へと向けて踵を翻し歩を進めた。
ほんの1時間もかからない数分数十分程度で練り上げた作品ではあるが、人名設定にやたらと時間がかかってしまった。