疾走
ある男が夫のいる女に手を出したという理由で、拉致される。まずは簡単な尋問が執り行われる。しかし当然のことながら公平さをとっぱらった、謂わば有無を言わせぬ言葉と暴力がリズミカルにループする行為のことである。男は半分耳が削がれ、唇も削がれ、皮膚も削がれていった。全て身体の右半身の方だ。その綺麗に剥かれた一枚皮をナイフの用心棒は水にさらして、半紙のようなものにそれをシワが出ないようにくっつけた。それをペインティングし、水彩絵具を重力に任せて垂らしていき、じわりと混ざり合う何とも言えない青紫と緑の地平線が出来上がった。それから太陽を描き、花を植えた。血の気も引くほど白い花、黄色い茎、ピンクサファイアの模様が、男の皮膚の上腕から手の先にかけて咲き誇った。そのような世界を何と名付けるか、ナイフの用心棒はいくばくか悩んだ。夜になって、ようやく題名が浮かんだ。疾走と名付けることにした。その由来は、ナイフの用心棒はボスに聴かれても答えなかった。しかしその態度にボスは怒るどころかいたく感心した。早速、小間使いに金のプレートと文字盤を用意させ、ナイフの用心棒に許可を取った上で、ボスがネームプレートを添えた。ネームプレートはアイスクリームのウエハースにチョコソースが垂らしてあるような感じになった。それを見てボスはすっかり機嫌を直した。