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ふたりぐらし!~ハゲたおっさんとボッチな魔女のスローライフ~  作者: 黄色いインコ
第一章 おっさんと魔女は仲良くなりたい
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 8話 お触り攻防戦

 あれからひと月が経った。


 転生して四十年。これほど穏やかな日々を過ごしたのは初めてではないだろうか。柔らかな寝具に包まれながら、射し込む朝日で覚醒する。小鳥のさえずりを聞きながらの起床だ。


 キッチンにいくと温かい朝食が用意されていて、一口ずつ味わう時間があった。ゆっくり朝食を取った後は、好きなように過ごす。

 頭の手入れ、散歩、釣り、読書。体が鈍ったと思ったら訓練をしたり、魔物を討伐して小銭を稼ぐ。


 ふらっと森の外にある村や町に立ち寄り、酒場で適当に酒をあおって誰かに絡む。居候の家に帰れば、用意された食事に舌鼓を打ち、風呂に入って寝る。


 自由気ままなスローライフだ。忙しなかった傭兵生活が遠い過去の記憶になろうとしていた。


 今朝も同じように起床して、少し寝ぐせのついた頭でキッチンに行く。扉を開けると食事の香りが胃を刺激した。いつものイスに座り正面を向くと――――


「おはようございます。今朝もいい天気ですね」


 ウサギのお面から小粋で可愛らしい声が聞こえた。


「今日のご予定は決まっていますか? もし、お弁当が必要なら言ってくださいね」


 さも当然のように言い切るウサギのお面。後ろにはゲーミングチェアの全貌が見え、ハーマリーが透明だということが分かる。


 そう、ひと月経ってもハーマリーは透明のままなのだ!


「こ……」

「こ?」

「こんなはずじゃなかった!!」


 このひと月、なんの成果も得られませんでしたぁ!!

 ……あ、でも普通の会話はできるようになったか。


 頭を抱えて感じるツルツルした頭皮。いや、ないわけじゃないんだ。ただ、触っているところがちょっと薄毛で……ハゲてんだよっ!!


「あ、あのグラン、さん?」

「どうしてだ、どうしてハーマリーは透明のままなんだ! ひと月ずっと一緒だったのに!」

「えっと、あの……一緒だったのは、そんなになかったような?」


 ……そう、なのか? ちょっと待って、思い出すから。

 ――――うん、一日中ハーマリーと一緒にいた日なかったわ。


 はぁぁああっ、ちょっと待てやコラ! 俺、俺……普通にスローライフを満喫してただけじゃねぇかよ!!

 はははっ、お陰で目が覚めたよハーマリー。お前も言うようになったじゃねぇか、成長したな。おっさん、何もしてないけどな!


「……よし、ハーマリー!」


 これじゃ、いかん!

 気合を入れてテーブルを叩く。立ち上がるとお面がこちらを見上げていた。


「今日でその透明魔法とはお別れするぞ!」


 いつまで経っても俺のハゲが治らん。こいつは荒治療をするしかない。お面のお陰で位置は分かるのが救いだな。ハーマリーを捕まえて……あっ! ゲーミングチェアが高速で離れやがった! 座りながら床を蹴りやがったな!


「あぁぁあぁっあのっ……ごごっごめんなさい!」

「待て、逃がすか!」


 目標はお触りだお触り! 決してやらしいことではない!


 ◇


 俺たちは家を飛び出し、芝庭を駆けずり回った。


「お、お願いっしますっ……ゆっくりでゆっくりでお願いしますぅ!!」

「散々ゆっくりしたと思うぞ! ここらで深い交流に移るぞ!」


 フハハッ、スローライフで英気を養ったおっさんの体力を舐めるなよ!


 っと思ったのも束の間、どこからともなく杖が飛んできた。そうだ、ハーマリーは魔法を使う魔女だ。飛んで逃げる気だなぁ……だが、そうはさせん!


 ここは腰に括りつけたアイテムバックで――――


「アイテムバックッ、鎖分銅だっ!」


 中に手を突っ込み叫ぶと、手のひらにずっしりと固い感触がして引っ張り上げた。二十五年以上も手当たり次第に培ってきた傭兵技術を舐めんなよ。


「うらぁぁっ!!」


 分銅を回して杖に向かって投げつけた。分銅はしっかりと杖に巻きつく。うしっ、思ったよりもトロい動きで助かった。あとは逃げないように引っ張ってっと。


「きゃぁっ」


 あっ、杖を手放しやがった!

 だが、これで空は飛べないだろう。あとは素手で捕ま――――


「我が身を守り給え――――《反攻の箱庭》っ!!」

「うおっ……いちちっ!!」


 手がいってぇぇ! ……くっそ、反撃系の防御魔法か。


 ハーマリーの周りに白い電気がバチバチいってやがる。刺激を与えると、攻撃力に比例して強い反撃がくるんだよなぁ。だけど、こいつには抜け穴がある。


「ご、ごめんなさいっ!! で、でも……やっぱり無」

「アイテムボックス、一刀だ」


 最初は声に反応するアイテムボックスにビクビクしていたが、今じゃ相棒の一つだな。


「さて、ハーマリー覚悟はいいか?」

「なっ何をされるつもりですか。この防御魔法は」

「知ってるよ。これでも戦闘のプロ集団にいたんでな。そして、俺はその特攻部隊長だ」


 アイテムボックスから一刀を取り出す。俺のロマンを詰め込んだ大剣だ。


 刀身は黒く、刃は銀に光り、赤い溝でわずかに装飾された愛剣。こいつでデカい魔物も、時には大地や海も切り開いたっけなぁ。まぁ、始祖の吸血鬼ではそんなに出番なかったけどな。


 目の前で一刀を構え、怯えるハーマリーに告げる。


「動かない的は俺の前では敵じゃねぇぞ」


 お触りされる心の準備は終わったか?

 ゆっくりと振り上げ、全身に力を入れて地面を強く踏みつけた。そして、練度MAXな相棒スキルの名を唱える。


「断ちやがれ《一刀両断》!!」


 意識を一刀に集中させて、力の限り叩きつける!

 ぬおおっ、結構っ……キツイな。ハーマリーもかなりの手練れだ、なっ!!


 最後さらに力を入れると、バチバチと音を立てて目の前がフラッシュした。


 くぅぅ、体がちょっと痺れるな。それに目が眩む。はてさて、俺の頭の毛は無事か? じゃなくて、ハーマリーは大丈夫か?


「……そ、そんな。私の防御魔法が破られるなんて」


 少しずつはっきりしていく視界の中、驚く声が聞こえた。フハハッ、その魔法は使用した魔力を上回る力で当たれば反撃なんぞ食らわんのだよ!


 ま、無傷で良かった。


「さて、ハーマリー覚悟はいいか?」

「……まっ、まだです! ドリアード!!」


 ドリアードは具現化してないのに、何故呼――――うわっ、ハーマリーの地面の周りからツタのような木が生えやがった!


 そうだよな、力は本体のほうが持っているんだ。具現化しなくても、こういったことはできるよな。

 クッソ、ハーマリーがツタで囲まれて手を出せなくなってしまった。ツタを壊してもいいが、きっとドリアードは再びツタを生やす。堂々巡りだ。


 どうするべきか。


「ここっ、これで……諦めてください!」

「……いや、諦めんな。そこで待ってろ」


 俺の毛根を犠牲にしてやる、ありがたく思え。

 後ろを振り向き、目を閉じて腕を前に出す。


「《ダイブ》」


 真っ白な視界になり、急激な速度で様々に映像が流れ出ていく。


 確か小学生の頃、工事現場に見学に行った時があったはずだ。えっと、うーん……あったあった、あれだ。

 あーあ、先生の話を聞かないで皆で騒いでるわ。ほら、怒られた。言わんこっちゃない。


 ……おっと、こっちじゃねーな。おお、そっちそっち。ショベルカーのほうな。工事現場のおっさんが説明してくれているのに、俺らときたら全然話を聞かねーでやんの。代わりに大人になった俺が聞くからな。


 ふむふむ、ほうほう。了解、ある程度理解した。次に手を伸ばしてっと。


「《キャッチ》」


 瞬間、映像が遠くの彼方に飛んで行った。意識が体に戻るとすかさず具現化だ。


「《エンボディ》」


 前に突き出した手から固く冷たい感触がする。目をゆっくりと開くと、黄色く巨大なショベルカーが鎮座していた。


「なっ、そ……それは!?」

「まぁ、見てろ。ドリアードたちに手を出せなくしてやる」


 驚け驚け、これからもっと凄いことするぞ。早速ショベルカーによじ登り、扉を開けてイスに座る。

 えっとまずはエンジンかけてっと。うおぉ、ブルンブルンいってるぞ、それから両側前進レバーを倒してキャタピラーを動かして位置調整。……こんなものか。

 次はアームだな。ちょっと左旋回させて、ここだ。


「さぁ、掘り起こすぞ!」


 慎重にアームを下ろして……そう、そこだ! あとはバケットですくって……ほら、できた。大地から切り離せば何もできまい!

 丸く木のツタで囲まれたハーマリーを取ったどおぉぉっ!! くっくっくっ、後は俺の裁量次第だ。アハハハハハッ!!


「ギャオォォォォッ!!!」


 ……は? そ、空から変な声が。


 ショベルカーから身を乗り出して空を見た。大空に羽ばたく巨影がある。目を凝らして見てみると、血の気が引く。


 ドドドッ、ドラゴンじゃねぇか!!

 ど、どうしてこんなところに!?


「私の娘に手を出す愚か者はお前かぁああっ!!」


 ヒィィィッ、喋ったあぁぁぁっ!!

 じゃなくて、娘ってどういうことーーーー!!

 なぁ、ハーマリー!!

明日からは21時過ぎに一話分手動更新になります。

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[良い点] 好きなように過ごす。 頭の手入れ、散歩、釣り、読書。 もぅ、一番最初ぉ! せっかく一話頑張ったのに、ちょっとラヴコメ要素がやっと入ってきて、ドキドキしてきたのに! 一か月も進展なしのおっ…
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