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ふたりぐらし!~ハゲたおっさんとボッチな魔女のスローライフ~  作者: 黄色いインコ
第一章 おっさんと魔女は仲良くなりたい
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 7話 おやすみなさい

 目の前でふわふわと浮かぶドリアード集団。すげぇ邪魔。少し視線を上げると夕暮れ時の空模様が広がっている。そういえば最近景色を楽しむ時間もなかったな。うん、綺麗だ。


「じゃーねー」

「マリー、また具現化してねー」

「グランのハゲー」

「誰がハゲだ!!」

「これぞ励まし合い」

「か・え・れ」


 ハゲハゲいうな、本当にハゲるだろ。……もう、ハゲてたわ。


 最後まで騒々しいドリアードたちは、笑いながら森に向かって飛び去った。小さくなる笑い声と、逆に騒々しく聞こえ始める虫の声。少しだけ心寂しく感じてしまう。子供の頃に遊んだ後の帰り道みたいな、もどかしさに似ている。


 振り返ってみると、宙に浮いたウサギのお面が無言で森を見ていた。

 声、かけてみるか。


「家の中に戻るか?」

「はい。……夕食、ご用意してありますよ」


 口調は普通になったが、まだ言葉に距離を感じる。警戒されているような、見定められているような……こちらから詰められない距離だ。無理に詰めれば、離れていくような。


 でもどうしていいか分からない。なんとも言えない感じが、いつまでも残っていた。俺の中で小さな不安が生まれる。


「ハーマリーは」

「えっ、あ……はい……」

「このまま一緒に暮らしていいのか? その、ハゲが治るまでだが……」


 こんな年の離れたおっさんと一つ屋根の下だぞ。何か間違いがあっては困る。いや、全然そんな気は……


「……嫌、ですよね」


 そそそっそうだよな。こんなおっさんと一つ屋根の下なんて!!


「姿を隠して、気持ち……悪いですよね」


 へ、は、んん?


 ハーマリーを覗き見ると、お面が俯いていた。眩しい西日が射しこみ、赤く染め上げて――――目穴がキラリと光る。お面を伝い流れる涙。それを見て、黙ってはいられない。


「あーいやー、そういうことではなくて、だな。この状況がハーマリーにとって辛くないか、と聞きたいんだが」

「……あ、わ……私、ですか?」


 弾けて上がったお面はこちらを見る。強い視線を感じた。


「だってよぉ。こんな訳の分からないハゲたおっさんが、ハゲを治してくれって押しかけた挙句……衣食住の世話にまでなってるんだ。一人の気楽な生活ならともかく、かなり年上の異性と一緒の生活だぞ。しかもそのハゲたおっさんは、知り合いでも友人でもない、他人だ。普通なら嫌がるものじゃないのか?」


 ま、まくし立てるように言い切ってしまった。俺こそ気持ち悪いじゃねぇかよ。あー、くそ。急に恥ずかしくなってきやがった。うぅ、無言が辛い。早く、早く何か言ってくれ!


「あ……」

「あ?」

「あ、りがとうございます」


 は、感謝されたんだけど。訳が分からん。ん~、待っても全然反応しなくなったぞ。手を振ってみるか。おーい、おーい。


「はぅ、すっ……すいませんっ!! えっと、あの……そ、そそそうです! 夕食、夕食食べましょう! 今日はクリームシチューとパンとワインと、えっとえっと……お肉です!」

「おっお、おお……」

「い、行きまちょう!」


 あ、今噛んだ! うわ、家の中に逃げやがった!

 くっそ、なんだどうしたんだ。訳が分からんぞ、何がどうなったんだ。……あ、いい匂い。腹減ったなぁ……とにかく、飯だ飯。


 しかし、西日が眩しくて辛いな。……はっ、まさかハゲからの反射が眩しくて逃げたんじゃねぇか!? ちょ、待てよ! い、いや……聞くのも気まずいな。はぁ~、ハゲは辛いわ。


 溜息と一緒に歩き出す。ついてくるのは夕日で伸びた俺の影。家に入りたくないとばかりに伸びる影を引き連れて、重い足取りで家へと入っていく。


 ◇


 気恥ずかしく気まずい飯だった。


 ようやく、普通の口調に治ったと思ったのにっ!!


「お、おいちいですかっ」

「ぶふっ!! ……は、鼻にっ!!」


 思いっきりむせて吹いた、鼻から。鼻の奥でクリームシチューがへばりついて結構苦しかった。


 それに鼻から吹いたヤツが自分の食事に降りかかってしまった。唯一の救いはハーマリーの食事に飛び散らなかったことだ。必死に謝ると彼女も謝り始めて、謝罪合戦になっちまった。


 降りかかった飯を食ってワイン飲んだんだが……鼻毛出てきたわ。あーーー、ほっっっとうにハーマリーの食事に降りかからなくて良かった!!


 あ。夕飯自体は大変美味しゅうございました。

 食事が終わると片づけなんだが、なんか居た堪れなくなって手伝おうとしたんだ。


「いいいえっいえいっ、お気遣いにゃくっ!」


 お面が横にブンブンしてた。いえいっ、にゃく……爆笑しそうになった。


 にやける顔を誤魔化すために、俯きながら皿に手を伸ばしたんだが……気づかずに透明な手を触ってしまった。ひゃっ、と手を引っ込める俺。


「ごごごごごごっ」


 言葉が出なくて効果音になってしまったハーマリー。


 ……俺の反応のほうが可愛くね?

 結局、効果音を出したまま動かなくなったので、俺が片づけた。

 そしたら、気づいたハーマリーが……


「あの、その、すすすっすいません。えっと、その、清拭のお手伝いさせて下さいっ」


 それ、あかんやつ。なんかエロ怖い。

 え、あ……鼻鳴らしてこっちに近づかないで。いやぁぁっ!


「ふっ触れられないのに、できないだろ?」

「はぁぅっ!!」


 生きのいい声が聞けた。

 ふぅぅ、危なかった。……でも、少しもったいなかったか。どうしてこんなに扱いづらくなったんだ、分からん。


 そういや、ハーマリーはいつも水車の近くで水浴びしてんだとよ。いや、それ寒くないのって聞きたかったけど、今はそっとしておいたほうがいいよな。何されるか分からん。

 まさか俺のほうが襲われるなんて、夢にも思わないな。……夢だけでも見てみたいが。


 俺のこと気遣って水車の近くで大きな桶にお湯を貯めてくれた。優しい子、冷たい水は骨身に染みるからおっさん嬉しい。今度、お風呂作って上げようと思った。


 熱め湯に半身を浸からせ、日が沈んだ夜空を見上げる。湯気の向こう側はまだ少し明るい。その夜空にポツポツと瞬き始める星々。流れ落ちる水の音に混ざる軋む水車の音が心地いい。ふぅ、と息を吐くと体の疲れが消えていく。


「あ~~、いい」


 気持ちがいい。露店風呂はやっぱりいい、心が和む。

 ちょっと熱めの湯に浸かって、湯冷ましに風に当たる。ゆったりとした時間は忙しない日々を忘却させてくれた。それだけで身も心も軽くなる。


 今日の疲れ……大半はドリアード。後はハーマリーとのアレコレとかになるのか。でもまぁ、その疲れもほとんど消えちまった。

 さてと。慎重に丁寧に油断せずに頭を拭いて、体に残った水滴を拭いて戻――――


「ん?」


 ……俺の体、いい匂いする。加齢臭っぽさが抜けたような。爽やかな……でも、どこかで嗅いだことのある。


「……あ、ソファーの」


 散々嗅いだソファーと同じ匂いがした。どういうことだ、一日で四十の俺の体に匂いが移ったのか?

 ……あ、湯船から同じ匂いがするわ。匂いの素でも入れてくれたんかな、臭くないのは嬉しいなぁ。


 体を拭き終わると、着替えて家に向かう。

 とりあえず、アイテムバックから荷物を整理するのは明日にするか。今日は早く寝てしまいたい。ハーマリーはキッチンにいるっていってたな。ノックをしてっと。


「は、はい!」


 ……うん、まだ元気だな。

 扉を開けると、創造したゲーミングチェアの前にお面がふわりと浮かんでいた。そんなに緊張しなくても大丈夫だぞ、もう部屋に引きこもるからな。


「いい湯だったよハーマリー。でさ、今日は先に寝かせてもらおうと思ってな。伝えにきた」

「はいっ、今日は色々と……そのご迷惑、おかけしました」

「いやいや、俺のほうこそ至れり尽くせりで迷惑かけてないか心配だった」

「そ、そんなことは……ない、ですっ」


 う、うーーん。どんどん上ずった声になってる。無理させないためにも、退散したほうがいいな。


「それなら良かった。じゃ、おやすみ」


 扉を閉めて出て行こうとした。だが、駆け寄る足音を聞いて手を止める。


「あのっ!!」


 お面からでかい声が出た。一体どうしたんだ。


「……グランさん」

「お、おう。なんだ?」


 息を吐き吸いこむ音がする。


「おやすみなさい、グランさん」


 優しく柔らかい、とても温かい声だった。これまでの人生で初めて聞いたかもしれない、なんて感じてしまうぐらいに。そうしてお面が振り返った時、俺に見えない髪が鼻先を通り過ぎた。


 ―――あ、同じ匂い。


 自覚した瞬間、今までの行動が脳裏を過って顔が熱くなっていく。猛烈に恥ずかしくなり、俺は足早に部屋を後にした。


 明日、おはようと一番に言おう。

「また明日」と言えなかった分、ちゃんと言おう。

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