6話 ドリアードと一緒
力尽きて芝生の上に倒れる。あー苦しい、汗が気持ち悪い。仰向けに転がると強い日差しが照りつけ、残った体力を奪っていく。
ドリアードたちに面白いおもちゃ認定されたらしく、散々いじられそうになった……頭を。必死に逃げたが、あいつら体力底なしでやめてくれなかった。あー……疲れたわ。
「あ、あの……」
サクサクと芝生の音に混じり、か細いハーマリーの声が聞こえる。少し寝かせ……これは飯の匂い!?
すぐ起き上がると、宙にウサギのお面と布のかかったバスケットが浮いていた。……こういう絵ずらにも大分なれてきたけど、急に見ると心臓に悪い。
「お昼、にしませんか?」
「助かる。走り回って腹が減ったところだ」
「くす……すっかり仲良し、ですね」
仲良し? 冗談じゃない、こっちは四十になって体の自由が徐々に利かなくなっているんだ。幼稚園児みたいな体力お化けに付き合ったら、こっちの身が持たないわ。……自分で言ってて悲しくなってきた。
傭兵稼業も身を引いたほうがいいんだろうなぁ。最近たまに膝腰肩が気になる。はぁぁ、六十超えてもバリバリ前線で戦ってる同僚がすげぇーわ。
「悲しい顔されて、どうしたのですか?」
「いや、ちょっと……年取ったなぁっと」
「そう、なのですか? お若い感じに見えますけど」
コテン、とお面が傾いた。
うぅん、これは素直に喜んでいいのか。というか、若い基準ってなんだ? 白髪、皺、外見……あぁ、駄目だ駄目だ。考えると落ち込むわ、ハゲ的に!
「まぁ、それは置いておこう。地面に座りながら食うのか?」
「テーブルとイス、用意します。ドリアードたち、お願いできる?」
また家具の部品でも作るのか、それはそれでめんどくせーな。俺はどこでも大丈夫なんだが……
「テーブルとイス、あと木陰も用意してあげる!」
「代わりに綺麗なお水ちょーだい!」
「励めよ乙女」
「たっぷり作ってありますよ。お願いします」
芝生の上でドリアードたちを見守っていると、地面に向けて手をかざしている。なんだなんだ、何が始ま――――
「うおっ」
地面から無数のツタが伸びて来やがった。う、動きがヘビみてぇだな……ちょっと気持ち悪い。
「伸びて、曲がれー!」
「編み込み編み込み!」
「生えろ」
くぅ~、俺の頭にも毛が生えて欲しい。
悪意ある言葉が気になるけども……ツタが伸びて絡み合って、あっという間にできてしまった。背もたれと座面に草まで生やして、クッション性もあるな。
あれよあれよという間に日よけに一本の木も育つ。葉っぱの部分が大きくて、日陰が広がっている。
「すごいな、これは。こいつら精神体なんだろ。どこにそんな力が……」
「精神体を具現化する時に宿木の力を持っていくので、その力を使っていることになりますね」
……人ならざる者の代弁者、か。善悪がない力のようだ。使いようによっては、世界を揺るがす力になり得るような気がする。
魔女という単語は転生してから聞いたことが無かったからな。秘密、にしておいた方が良さそうな力だ。
「あなたたちも疲れたでしょう。風に頼んで水を宿木まで運びますね、ゆっくり休んで下さい」
「わーい、ありがとう!」
「後で戻ってくるからね! 久しぶりに具現化したから、今日は一日中遊ぶぞー」
うわぁ、嫌な言葉聞いてしまった。しかも、全員で俺を見るな。
「しっしっ、もう戻ってくるな」
「一人で組み立てられるんだったら、それでもいいけど~?」
「ちゃんとできる?」
「初心者には無理」
くっ、こいつら……家具の組み立てを人質にしやがった。
俺が渋った顔を浮かべると、ヤツらは笑いながら森へと飛び去って行く。その後ろを空飛ぶ大量の水が追いかけた。はー、どんな力を使えば水が器用に空を飛ぶのかね。
「午後は静かだと良かったのだが」
「ドリアードたちは、夕暮れまで……ここに居座ると思いますよ。日が落ちたら眠りについてしまうので、そこまでの辛抱です」
思ったよりも先は長かった。……あ、また笑ってるよ。ちょっと和んだ。
◇
昼食は野菜とベーコンのサンドイッチ、りんご、ミルクだった。
美味しいんだが、素朴な味で俺にはちょっと物足りなかった。なんかこう、体に良さそうな味つけ。走り回った俺としてはちょっと塩っ辛いものが欲しかったなぁ。と、心の中で思うだけだ。
食い終わってから芝生の上でごろ寝をしているところに、ヤツらは群れを成して戻ってきた。虫に集られているかのように、ヤツらは俺にへばりつく。
えぇい、うっとうしい。あぁっ、頭、頭はやめてっ……お願いっ!
そして、今はハーマリーハウスの中に逃げてきた。
「さぁさ、組み立て組み立て」
「寝具はマリーに任せて、組み立て組み立て」
「どこに置く? やっぱり窓際が一番だね!」
「若気の至りに気をつけろ」
一人じゃない。ドリアードたちと一緒に談話室にいる。歌うように楽しく会話をしながら、ソファーやテーブルを動かしていた。
あぁもう分かってたよ、逃げ切れないことは! 現実逃避をさせちゃくれねぇ!
「はぁ、とりあえず窓開けるぞ。埃で息苦しくなる」
「グラン、組み立て組み立て! 早く早くー」
「……わーったよ」
急かされるのは好きじゃねぇ。窓を開けてっと、早く終わらせて放逐してやるからな! 特に一匹は確実に!!
◇
と、思っていた時期が俺にもありました。
「えーっと、次の部品は……これか? いやいや、こっちか?」
「グラン、これこれ~」
「あー、サンキュ」
「木づちでトンテンカン、トンテンカン」
「踊るなよ、絶対に踊りながら叩くんじゃねーぞ」
あの後めちゃくちゃ協力し合って、ベットの組み立てをしている。
こいつら真面目に仕事するかと思ったら、歌って踊りながらやり始めやがった。止めようとして割って入ったら、木づちで頭叩かれた。それでハゲ頭が一部赤くなってしまう。
もう、それで切れちまったな。全員捕まえて、説教してやったわ! フハハッ、おっさんを怒らせると怖いんだぞ!
……ま、その後ちょっとだけ、ほんのちょっとだけフォローしてやった。今では皆で協力し合っている感じだ。どんどん組み上がっていくのは気持ちいい。これで最後のパーツか……よし、はまった!
「完成した!」
「わーいわーい!」
「お疲れ!」
「感無量」
ドリアードたちが喜んで手を繋ぎ踊っている。ま、完成したし許してやろう。
改めて完成したベットをみると、ダブルベットほどの大きさがある。単純に広いベッドで寝れることが幸せだ。宿舎のベットは狭くて固くて臭くて、ギシギシうるさい。
「さて、あとは寝具だが……どうなっているんだ?」
そうだ、重要な寝具を忘れていた。開けていた窓から覗き込む。遠目からでも分かるほど、大量の綿があった。
その綿の上でドリアードたちが楽しそうに何度も跳ねている。その傍にはお面が浮いており、膨らんだ大きな布を何かしていた。……あれ、俺の寝具はまだ?
「わー、楽しそう!」
「最後はあれで遊ぼう!」
「いざ出陣」
「うわっ、危ねぇ! こら、急に飛び出すな!!
こいつら、どうしてすぐ楽しそうな所へ飛びだしていくんだ。ったく、だがお陰で一人になれ――――
「ねぇねぇ、グラン」
なかった。
「なんだよ、お前はいかないのか?」
「行くよ、行く行く。でも、聞きたいことあるんだ」
「……はぁ、何が聞きたい?」
「マリーのこと、どう思う?」
マリーってハーマリーの愛称か。どう思うって言われてもねぇ。
「……恥ずかしがり屋か?」
「合ってる~。他には?」
他にはって……うーーん。
「……人が嫌い?」
「違うよ~、マリーは人のことを好きだよ。ただちょっとだけ、臆病なだけなんだ」
「あぁ、まぁ……怖いって言ってたもんな」
「むしろ自分が嫌われているから、人目を避けているだけなんだよ」
嫌われているって、世界は違えど千年以上も一人で生きてきたんだろ? ……嫌われる相手、いないんじゃないのか?
「マリーにはずっと昔のマリーが残っているんだ。だから、いつまで経っても魂がブレているの」
「……なんだ、それ。どうして俺にそんなことを」
「だって、同じだから。同じ魂を感じたよ」
同じ魂? マリーと俺が似た者同士っていうのか?
「二人が出会ったのは神さまが導いた運命なのかもね! あーあ、どうなるか楽しみ!」
「おい、こら待て!!」
ちょっと待てよ、どういう意味だ!?
訳が分からんぞ、何が言いたかったんだ……魂がブレてる?
なんだそれ、転生の影響なのか?
だったらあの神のせいじゃないのか?
いくら考えても答えは出なかった。ただ、訳の分からない不愉快さだけが残っている。同じ魂、ブレている魂。俺とハーマリーを繋ぐ共通点の原因は分からない。