5話 この世界での魔女の性質
芝生の上を歩いて進むと、サクサクといい音がする。立ち止まって周りを見渡す。普通の木々が自生しているのが見えた。
「本当にここは深淵の大樹森、と言われている場所か?」
俺が昨日まで通った道には、てっぺんが見えないほど高い樹木が生えていた。現世でいう十階建てのビル以上だろう。草だってこんな低い芝生じゃなくて、俺の頭を軽く超えていた。
この場所だけ普通すぎた。
「こういう場所だからここに住んでいるのか?」
素朴な疑問が浮かんで、問いかけた。ウサギのお面に視線を向けると、少しだけそっぽを向く。
「……い、色々ありまして」
色々ってなんだよ。気になるじゃねーか。
「……あの、グッグランさんは……魔女をどういった人物だと思ってますか?」
「魔女?」
急に言われてもなぁ。えーっと、魔女だろ?
「あーっと、水晶を怪しい目つきで覗いたり、窯を笑いながらかき混ぜているとか?」
「ふふっ。グ、ランさんの世界でもそういった、魔女像というものがあるんですね」
……声、可愛かったなぁ。まだどもっているけど、少しずつ話し方が滑らかになっている気がする。これはいい傾向だ、もっと話をしよう。むしろしたい。
「ハーマリーのところでもそんな魔女がいたのか?」
「いいえ、私の所では……お話の中ではそんな怪しげな感じでした。……ですが、現実の魔女にはどれも違いがありました」
お、話が発展したんじゃねーか? それに魔女って共通じゃないのか。
「一番目の世界では占星術や呪術を生業にした者が魔女と言われてしました。科学的だったり、非科学的だったり様々です。時には迷信を信じこませるような詐欺師もいたり、怪しげな薬を売りにしている者もいました」
「あー、それが魔女像に近いかもなぁ」
似たような文化とかあるもんだ。まぁ、同じ人間ならそうなるのかもな。
「二番目の世界では魔術を扱う者が魔女と言われていました。……一人で生きていたので、書物でしか魔女を知らないですが。文字や記号を使い、陣の形を築いて魔術回路というものを作る。そこに何らかの力のある液体を流し込むことによって、未知なる力を引き出すそうです」
「なんか複雑そうだなぁ」
世界も違えば魔女も違うってか。だったら、この世界の魔女はどんな力があるんだ。魔法も機械もある世界だが、特別な存在なのか?
すごく気になる。視線を向けるが、お面は森を見ていた。
「そして、三番目。今世の魔女の役割は……人ならざる者の代弁者です。見ていて下さい」
見ていて、と言われても透明じゃ。んん、赤茶色のサイドポーチが現れた。お面の位置からすると、丁度腰辺りに括りつけたヤツか。でも、何をするんだ?
腕組をして見守っていると、サイドポーチの蓋が開く。中から紐で縛られた小さな紙袋が出てきた。小鳥にでもエサを上げるのか?
「……風よ、友のところへ運んで」
呪文ではない?
開かれた紙袋に風が吹く。……あれは、粉? 白い粉が舞い上がって、森の中に散り散りに飛んで行った。
「……なんだ今の」
「お手伝いさんを呼ぶ粉です」
お手伝いさんってメイドか? ちょっと楽しみになってきた。
宿舎にはメイドっていうか掃除のおばちゃん、給食のおばちゃんばかりだったからよ。まだメイドって体験したことねーんだよな。おっと、髪を整え……髪がねぇ!?
「うわぁ、ハゲがいる!」
……そうだった、今ハゲてたんだった。って、誰がハゲじゃボケェ!!
「ハゲだハゲ」
「汚ーい」
「その大地は不毛の荒野」
あー、うん。目にゴミでも入ったかな。うし、もう一度見てみよう。
「やーい、ハゲー」
「ハゲいうな」
目の前に飛んできた人型の物体を片手で捕まえる。大きさは幼女が遊ぶ人形の大きさだ。薄いピンク色の肌、草と枝で出来た服を着ている。緑色の髪が重力に逆らって色んな方向に伸びていた。個性大爆発だな。
「な、なんだよ……離せよっ!」
「ふん、髪型は以前の俺のほうが格好良かったぞ」
今はハゲてるが、そこそこイカした髪型してたんだぜ俺。
……で、ところでこれ何?
「あ、あのっあのっ……離してもらってもいいですか? 自然体で率直に言ってしまう子たちなのでっ、その……」
空気読めない子たち、と俺は即座に頭の中にインプットした。手を緩めると、人型の物体はゆっくりと浮かぶ。
「……仕方ないな。おい、今度からハゲっていうなよ。グランと呼べ」
「グラン、グランだね。魔女のお友達は僕たちもお友達!」
「僕たちはドリアード。深淵の大樹森の第一精霊だよ!」
ドリアードって……確か木の精霊だったか? 疑問をぶつけるようにお面を見ると、一度咳払いが聞こえた。
「この世界の精霊です。精霊について様々な概念があると思いますが、この世界の精霊というのは物に宿る意思であり、今目の前にいるのは意思を具現化したものです。先ほどの粉は具現化するのに必要な材料ですね」
「そうそう、この森は僕たちドリアードの聖地なんだ! ここから生まれたドリアードが世界中に散らばっていくよ」
「ドリアードは木を生み、森に育てて、大地を潤すんだ!」
はぁー、精霊って初めて見たわ。具現化か、俺のスキルに似たような感じなんだな。少し親近感が沸いたわ。しっかし、こいつらめちゃくちゃ数いるな。えっと一、二、三……ざっと十体以上いるわ。あ、忘れるところだった。
「それでこいつらを呼んだ理由は?」
「は、はい! 木の精霊ですので、家具を作って貰おうと」
えっ、自分の身を削って家具を作れってこと? それって生えている毛を抜くと同義語だぞ。
「ちょちょ、ちょっと待て」
「はははいっ、なんでしょう」
そこでどもらないでくれ。こっちも緊張してしまう。
「精霊は物に宿る意思を具現化したもの、と言っていたが。その……自分の身を削ってまで家具を作らなくても」
お、思わず言ってしまった。やっぱり後味悪いだろ、精霊でも生きているんだし。家具って木から作るんだろ。伐採すると精霊死んじゃうんじゃないのか?
「違います違います、大丈夫です。今から使う木はすでに朽ちて精霊がいなくなったものです。朽ちたといってもとても丈夫な材料なので安心して下さい」
「そ、そうなのか……」
それならいいんだが、ドリアードたちはいいのか?
じっとドリアードを見ていると、胸を張って自信気な表情を浮かべた。
「僕たちも仲間が残した木を放置しておくのも寂しいんだ。だから、何か形あるものに生まれ変わらせてほしいな。そのお手伝いだったら任せてよ!」
思ったよりもいい子そうで安心した。
コホン、と咳ばらいをする音が聞こえる。振り向くと、お面が何か言いたげに俺を見ていた。
「ちなみにこの辺りの木々が普通なのは、生まれたてのドリアードが育てているからです。魔女の近くが心地いいといって、この辺りに自生を始めてしまいました。その内、出ていきたい精霊がいれば、世界へと飛び立つでしょう。私はその残りを使わせてもらっています」
なーんだ、そういうことなのか。それだったら心置きなく、イスやらベットやらに生まれ変わってくれ。
「……ふふっ」
お面から笑い声が聞こえた。少しだけお面が揺れていて、笑われていることが分かる。
急に笑われるのは、ちょっと気になるぞ。
「……なんだ」
「いえ、あの……すいません。その、安心した表情が……」
ハゲてたから可笑しくて笑ってた、って言われたら居候の身で家出するぞ、コラ!
「……思ったより、いい人で……嬉しいです」
ささやくほど小さい声だ。少し恥ずかしそうにお面が下を向いた。
なんか、ちょっと……急に恥ずかしい。
◇
ハーマリーとドリアードたちによって家具作りが始まった。ハーマリーが宙に丸太を浮かべ、風の魔法でスッパリ切る。ドリアードの手が変形して、切られた丸太を削っていく。その後、地面に落ちていく家具の部品たち。
俺は見ているだけで良かったらしい。芝生の上で横向きになりながらその光景を見ていると、いつしか眠ってしまっていた。
そして、起きてみると――――頭がドリアードたちの生け花会場になっていた。
まじ、ふざけんなよ!!
髪の毛が生えてこなかったらどう責任取ってくれるんだ!!
……え、草生やしてごまかす?
コノヤロウ、待ちやがれ!!
「ハゲ帽子」
「お庭ー」
「そして大地は蘇った」
やかましいわ!!!