4話 ボッチを極めた魔女に悩める俺
ミイラを部屋に置いておくと、割と手狭な廊下を進んでいく。朝とはいえ、日が差し込まない廊下は薄暗い。そこでお面だけが宙に浮いている光景を見ているわけだが。
……うん、ちょっとだけ不気味で怖い。
後ろからナニカ追ってこないだろうな、とか想像して首筋がゾワっとする。廊下の先、右手にあった扉の前でお面が止まった。クルリとウサギのお面だけが振り返る。
「ここです」
と言ってきた。……うん、お面が影がかって不気味だ、怖い。
いや、でも、ちょっと微笑んでいるかもしれないと想像できる声色だ。それを考えると、少しだけ恐怖が和らぐ。
「少し冷めちゃいましたね。温め直しますか?」
「いや、空腹だからすぐに食べたいのだが」
「……ごめんなさい、私なんかに時間かけてしまって」
しゅん、とした悲しい空気になった。そこまで落ち込まれると、ちょっと居心地が悪いな。頭をかきながらどうしたもんかと考えるが、思い浮かばん。
「いや、ハーマリーが悪いんじゃない。俺があのミイラの顔を見ながら飯を食べたくなかったからな、気にするな」
「……ありがとう、ごさいます」
お、少しは和らいだかな。良かった良かった。けどなぁ、顔つき合わせて食べたかったんだけどな。ちょっと残念だ。
男子的欲求な、浪漫とか憧れみたいなものを妄想した。まー、こればっかりは次に期待だな。それに、いきなり美女と顔つき合わせて食べると、こっちの心臓が持たないかもしらん。
そんなことを考えながら部屋に入ると、鼻先に強く匂いが触れる。……温かいミルクと野菜。それに香ばしいパン。おおっ、卵もあるじゃねーか!
「こちらの席にお座りください」
声がしたほうを見れば、イスが勝手に動いていた。イスを引いてくれてるんだろうけど、マジックショーみたいで少し可笑しい。
四角いテーブルに白いクロスがかかってる。いいね、宿舎ではこんな綺麗なテーブルで朝食を食べたことねーわ。
テーブルを彩るメニューはミルクスープにバターつきのパン、オムレツに香草サラダかな。いやはや、素晴しい。では頂くとしましょうか……どっこいしょ。
ふと視線を上げると、ドクロが見ていた。
「ぅえっ!!」
イスから飛び跳ねるように立ち上がった。が、見事に後ろに転ぶ。
いでぇっ、背中打った!!
「ご、ごめんなさい、驚かせてしまって。あの……イスが一脚しかなかったもので、在り合わせのもので自分の椅子を作ったんです」
背中を押さえながら、イスを再度見てみる。あ、在り合わせって。これ全部骨でできているんですけど、それは。
「ほ、骨だけしか……材料なかったのか?」
「は、はい……えっと、使用後の残骸で。あ、お昼から作ろうかなっと考えていて。……えっと、それで。き、綺麗に洗ってありますから、汚くないですよ」
はい、息を吸ってー吐いてー。もう一度吸って~、吐いてー。
……うん、落ち着いた。よし!
「てっぺんにあるドクロは外してくれ」
「え、でもこれ……顎が後頭部を支えてくれて楽なんですけど」
「よし、創造してやろう」
ほんっっっっっとうに、心安らかに朝食を食べさせてください!! 俺の毛を差し出しますからぁぁっ!!
◇
俺の視界にはお面の裏側が見えている。なんだか機嫌よさそうにユラユラと、いいリズムで揺れている。あーうん、なんだろう。いつもと違う食後の風景だ。
ガチャガチャと音を立てて食器が宙に浮いては落ち、浮いては落ちている。泡のついた布の塊を使って、透明のハーマリーが食器を洗っていた。
「えへへ、とってもいいイスありがとうございます!」
「……おう」
「包まれている感じが、とっても良いですね!」
「……あぁ」
食事中からずっとこのやり取りばかりだ。喜んでもらえるのは、嬉しい。でも思った以上に喜ばれて、すごくこそばゆいっていうか、くすぐったくて……俺の精神が持たない。透明で本当に助かった。
創造したのは現世で欲しかったゲーミングチェア、49800円也。生きていた時に欲しかったヤツ、な。支払いは毛が三本、現物で持って逝かれた。……チクショウ。
「おっお待たせ、しました。今後の話、しましょう」
お、もう終わったのか。宙に浮かぶお面の下、お盆の上に乗せられたコップがある。爽やかでいて少し甘い匂いだ。
「自家製の、ミルクティーです。お口に……合えばいいのですが」
コップが宙に浮き、目の前のテーブルに置かれる。宿舎では味わえない丁寧なおもてなしだ。こういうの細かい気配り受けたの……あれ記憶にない。き、気にするな気にするな。きっと記憶喪失だ。
さて、お味はどんなものか。少し息を吹きかけて、ゆっくり飲む。
「……んまい」
「そ、そうですか。良かったです」
お、思わず口から出てしまった。なんつーか甘ったるミルクティーじゃなくて……チャイに似ているような気がする。飲みやすくて、一気に飲ん――――
「ふわあぁぁっ、気持ちいい~」
「っんぐぅ!!」
うおぉおっ、突然そんな変な声だすなぁぁっ!!
「げほっ、ごほっ……」
「はぁぁっ、イスってこんなに気持ちのいいものだったんですね。不思議な感覚です~」
ギシギシと揺らしながら、いい声だすな!!
ったく、免疫のない俺には興奮どころか、ダメージになるんだよっ。クソ、音と声で簡単に反応する自分が憎い。はぁぁ、これ透明じゃなかったら……いやいやいや。透明がありがたい。うんありがたい。
「ごほんごほん。で、今後の話は?」
「あ、すすすいませんっ……」
お面がしょんぼりって俯いて、ミルクティーを飲む音が聞こえる。
「まず、神から授かった力の……説明をさせていただきます」
「……ん? 復活の力なんだろ。その力を行使すれば俺の頭の毛根が復活するんじゃないのか?」
「それが、一つ問題がありまして。も、問題というのは私が原因なんですが……」
全身から血の気が引き、心なしか毛根から力が抜ける気配がした。いや、俺は諦めない。絶対に諦めるものか。お面を真剣に見つめ返す。
「……包み隠さず教えてくれ。できる限りの協力はする」
「私、あの……触れることができないんです」
……俺の頭に触れられない?
それは汚くてすいません。っじゃねーよ! 俺のハゲ頭が汚いってか。よーし言ったな、ふざけやがって! これでも毎日洗いまくりの磨きまくりで、心を殺し続けて清潔にしてきてんだ! 分かるか、タオルで拭いたときにキュッとか鳴った時の悲しみを!
さぁさぁ、その言葉っ訂正しやがれっ!
俺は心の声を一言もしゃべらずに睨みつけた。
「いえいえっちっ違うんです聞いてくださいっ。ええっとっ……はっ話すことは、今まで沢山練習してきました。その……動物とか草とか花とか石とかミイラとか……あと骨とかで」
はい、骨が追加になりましたー! 骨って言った時、絶対目線を外したろ!!
「人を見て話すことも大丈夫です。時々、村に行って話しかけましたから」
「…………」
「……その、透明と無音の魔法を自分にかけて」
姿と声を消して話しかけるって……あ、駄目。これ想像したらあかんやつ、な。痛い、胸の奥が……痛いっ。
「と、とにかく……自分から話しかける練習はしたってことか」
「は、はい! なので話しかけるのは大丈夫です。その時にこう話しかけられたら、こう話し返す……という応用練習も頭の中でやりました。作成した人型ゴーレムと会話と表情と身振りの練習もしました」
めっちゃ頑張ってる、すっごい前向き……なのにどうして。どうして俺の心はこんなに痛むんだ。
「唯一駄目なのが姿を見せること、人に触れることです」
「それは分かった。だが、神の力とどんな因果関係が?」
「……その力は」
ごくり。あ、緊張してきた。ちょ、ちょっと待って。今、深呼――――
「直接触れないと、力を行使できないのです」
え、すぐに毛根復活できないってことか? い、いや。諦めるものか。
「実際にやってみてくれないか」
「……はい」
お面が動き、座っている俺の後ろについた。さぁ、存分に俺の頭皮に触ってくれ。あ、でも毛には触らないように。
――――んん? 熱気を感じるというか、風が当たっているような。
「はっ!!」
はぁっ!!?
「ぐぬぬぬっ、ぬぅぅ……ふん、はっ……んんんんっ、はぁぁぁっ!」
あぁ、俺のハゲの周りを美女の手が触れずに動き回っている。一本ずつ離れて生き残っている毛がそよそよと動いて、いつ抜け落ちるんじゃないかと不安で胸が張り裂けそうだ。
頭皮の周りが少しずつ温かくなり、強弱のついた鼻息が頭皮を撫でる。
「……もうやめてくれ」
恥ずかしさに耐えかねて、両手で顔を覆った。
そうだな、順番に克服していこうか。おじさんも頑張っちゃうね。