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38話 思い出の味

 今日はなんだがマリーの視線が気になる。


 朝食の時には会話をしながら、ほとんど俺から視線を逸らさなかった。食後のお茶の時も同じだ。


 なんだかなぁ、としっくりしないまま日課になっている菜園の様子を見に行く。ドリアードたちの悪戯が完了していた。


 勝手に野菜が成長させられ、大変な目に合う。木の精霊らしくないところが憎たらしい。

 その力をなんで俺の頭皮に使ってくれないんだよっと何度思ったことか。


 地道に収穫をしている最中、やけにマリーの視線を感じた。視線だけじゃなくて、普段の距離よりも一歩も二歩も近いところに驚く。


 チラッと何度も俺を見ている気配がして、ナスのヘタをハサミで切り損ねてしまう。変わりに俺の指が痛い目にあってしまった。


 こんな傷、傭兵の頃と比べればかすり傷の内にも入らないのだが……


「大丈夫ですか!? すぐ癒しますね」


 俺を観察していたマリーにすぐ気づかれる。血が流れる指を舐め――――あ、これは俺の妄想だった。

 魔法で傷を癒して貰っただけでなく、痕が残っていないか凝視してから解放された。


 二人の体温で汗が滲むほど触られていたような気がする。なーんか今日は視線を感じるし、距離は近いし、触れる時間が長い。


「グランさん、これお願いできますか?」


 おっと、いけない。

 振り向くと大量の野菜が入った背負いカゴの傍にマリーがいる。背負いひもを持って、サポートしてくれるみたいだ。近寄って二本のひもを掴み、片肩に引っかける。


「それじゃ、いくか」

「はい!」


 家に向かって歩き始める。俺の方が大股で歩くの早いんだが、マリーは俺の隣を離れないように小走りで進んでいた。

 ……なんか申し訳なくて、歩幅を小さくしてゆっくりと歩くようにする。それだけで、俺に向く視線はより一層強くなった気がした。


「ありがとうございます」


 やけに嬉しそうに言うものだから、少し顔を傾けてチラ見した。少し染まった頬を隠さずこちらを見上げるマリー。歩く振動で揺れる艶やかな金髪が綺麗に波打つ。


「……あぁ」


 視線を前に戻して、一言だけ呟いた。

 いやなんつーか、それしか言えねぇんだよ。あーー、熱い。


 ◇


 キッチンへ入ると、俺がいつも座っている木の椅子にカゴを置いた。


「さて、ここからが重労働ですね」


 マリーが背に流していた金髪を高く結い始めた。

 俺は黙ってその姿を見る。なんか目が離せねぇんだよなぁ。っと、こっち向いた。


「グランさんは何をしますか?」


 コテン、と首を傾げられた。うん可愛……じゃなかった。


「確か全部細かく刻んで煮詰めてソースを作るんだよな」

「はい。以前、グランさんが言っていたミートソースを作れる材料だったので」


 お、覚えていたのか。なんか恥ずかしいな。思わず頭をかいてしまう。お、そこそこ生えてきたな。


「悪いな」

「いいえ。私も食べてみたかったので」

「なら、ちょっと楽になるもの取ってくるから待ってろ」


 食べてみたいって言われたら力を尽くしたくなるだろ。カゴ一杯の野菜をみじん切りだなんて、どんだけ時間かかるんだよ。うし、久々に潜るとするか。


 その時、マリーが少し近づいてきた。手を伸ばせば届く距離で止まると、にこやかな笑顔を向けてくる。


「どのあたりの毛が抜けるか見張ってますね! すぐにあの力を行使します」


 こんなに嬉しいことってあるか?

 毛が抜けた後に、毛が必ず生える約束がある。嬉しくて涙が出てきそうなんだが、少しだけ胸が痛い。まぁでも、心強いからいいか。


「じゃ、行ってくる」

「はい、いってらっしゃい」


 見合ってお互いに声をかけた……んだが、なんなんだこのやり取りは。恥ずかしすぎやしないか?

 うむむっ、気にするな気にするな。よし、気を取り直して目を閉じて集中だ!


「《ダイブ》」


 懐かしい真っ白な視界が生まれた。急激な速度で様々な風景が生まれては流れていく。フードプロセッサーか、確か母さんが使っていた記憶があったな。


 いつ頃だっただろうか――――あ、俺が死ぬ直前に使ってたような気がする。

 そう思うと目の前にその光景が写し出された。だがその風景には天井しか映し出してくれない。


 そういや、あの時はリビングのソファーで寝っ転がっていたな。久々の三連休で飯を食いに実家に戻ってきてた。仕事疲れでろくに動いていなかったんだよな。


 しゃぁねぇ、マリーには苦労をかけることになるが……やるか。


 《フルダイブ》


 心の中で唱えると、俺自身が記憶の中に入り込んだ。靴をはいたままでリビングにいるのがいたたまれない。なんとなくつま先歩きになっちまうな。


 しかし、懐かしいなぁ。転生して四十年経っているのに意外と覚えているもんだ。テレビとソファーの位置。テーブルの上に乱雑に置かれた雑貨。絨毯や壁紙の色。


 そうそう、こんな感じだったな。なんかまじまじ見てしまう。

 おっといけない、フードプロセッサーを取りに行かねば。


 ソファーで眠っている過去の俺を横目に見ながら、キッチンに近づく。少し力強く野菜を切る音が聞こえている。顔を向けると、母さんがキッチンで野菜を切っていた。


 寝ている過去の俺に向かってずっとしゃべり続けているが、帰ってくるのは生返事だけ。それでも母さんは笑顔を絶やさず話しかけていた。


 ――――この時、こんな顔してたのか。


 胸が痛んだ。

 すると、ソファーで寝ていた俺が起き上がった。


「ちょっと行ってくる」

「なら、牛乳買ってきて」

「あぁ」


 顔を見合わせないまま、過去の俺はリビングを出ていく。バタンと扉が閉まる音が響くと、再び野菜を切る音が聞こえる。


 ――――この後、俺は死んだ。車同士の事故に巻き込まれた。


 ここからの映像は俺が見れなかったもの。ぶつ切りにした野菜がフードプロセッサーの中で細切れになる。雑音に混じる母さんの鼻歌。


 ――――なんで俺が死んだ?


 仕事は毎日キツかったが、転生を望むほどではなかった。三十手前、時々休日を謳歌する余裕はあったはずだ。転生っていうのは望んだヤツがするもんじゃねぇの?


 俺は黙って母さんの料理風景を見続けた。鍋で野菜を炒めて、大量のトマトも入れる。ミートソースだ。

 俺が食えなかった料理。

 週刊雑誌を台所に置いてみながら、じっくりとお玉を回している。


 次第に部屋が暗くなった時、部屋に響く電話の音。母さんが火を止め、キッチンを出ていく。電話に近づいていき、受話器を取る。

 普通に受け答えていた声が次第に小さくなり、悲鳴のような声を上げた。受話器を乱暴に投げ捨てると、母さんはリビングをすごい勢いで出て行く。


 慌ただしく響く足音があっちこっちに移動して、最後は玄関に向かう。騒音に近い音を出して、母さんは家を出て行った。


 ――――なぜ神はこんなスキルを俺に授けたのか。


 どうして、わざわざ前世の記憶を見れるようにしたんだ。こんなに悩むくらいなら、前世の記憶なんていらないだろ。邪魔だろ、こんなの。なんで簡単に創造させてくれなかったんだ。


 俺にも知らない前世の映像を見せて、動揺する姿を見て楽しんでいるんだろ!?


 目の前で湯気立つ鍋が見える。いっそこれを持っていけば、と手を伸ばした。


 ――――いや、マリーが待っているんだろ?


 そうだ、大量の野菜もある。あれを今日中に処理してしまいたいって言ってた。ミートソースを持って戻っても、あの野菜はなくならない。


 俺の手はフードプロセッサーに向けられた。少しだけ唱えるのを躊躇してしまうが、一呼吸を置きしっかりと唱える。


 《キャッチ》


 瞬間、過去の風景が遠くに離れていく。

 もう二度とその光景を見てやるものか。

 俺は死んだ、死んだんだぞ。


 もう戻れない記憶は残酷なほど優しく、心を抉る。

 転生してからの人生のほうが長い。

 それなのに前世の記憶が俺の中でずっと色褪せない。


 俺の中で確かに未練が残っていた。

 分かっただけでも進歩だな。


 ようやく意識が現世の体に戻り、すかさず唱える。


「《エンボディ》」


 俺の手の中に一つのフードプロセッサーが創造された。

 ゆっくりと目を開けて隣を見る。


「おかえりなさい」


 俺を見上げて微笑んでくれるマリーがいた。その声を聞くだけで心が落ち着き、顔を見えるだけで体の余分な力が抜ける。自分の顔が綻んでいくのが分かった。


「ただいま」


 俺は今ここで生きている。

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