3話 朝食のために使う創造スキル
いい匂いと頬擦りしたくなる触り心地。ふんわりと手のひらで揉みほぐすのが、たまらん。
「んぁ~、起きたくねぇ……」
このソファー、うつ伏せがすごく気持ちがいい。宿舎のベットは固てぇんだよな、休んだ気がしねぇ。だが、これは違う。ひじ掛けのふわふわ、あぁ~たまんねぇ。揉んでも揉んでも、どこまでも柔らかい。
それにこの優しい匂いが心安らぐ。汗臭くない、泥臭くない、鉄臭くない、香水臭くない。
「……傭兵、早めにやめちまうか」
ソファーに顔を押しつけながら、つい口走ってしまう。
ファンタジーの世界に転生して、お国柄っていうのもあり傭兵の道を選んだ。剣や魔法、魔物や悪魔、機械やオーパーツ。ここは空想だったもので溢れかえっている。反則的なスキルを時々使いながらも、実力で信頼や地位を確立した。
今の俺にはなんだってある、無いのは髪だけだ。そのはずなんだが……
「……戻りたくねぇな」
体を捻り仰向けになる。昨日知ったばかりの天井なのに、ここが心地いい。どうしてだ、あっちは欲しかったもので溢れていたはずだ。
「なんだか分かんねぇや」
穏やかな朝。俺の思考は停止しかけていた。
◇
ソファーで寛いでいると、扉を叩く音が聞こえてきた。
「あのっ……お、おはようございます。ググッグランさん、起きていますか?」
「ハーマリーか。あぁ、起きている」
「ちょ朝食の用意ができっ……できたので、こちらに来てもらえますか?」
控えめで少しどもっている彼女の声。昨日よりはましになったな。
ソファーからゆっくり降りる。朝食は何だろう、と歩きながら考えた。ガチャリ、と扉を開けた向こう側――――そこには誰もいなかった。
「こちらです」
誰もいないはずの場所から、声だけが聞こえる。
「ひっ」
背筋が凍った。こわいこわいこわい、なにこれこわい!
「あ、すすすっすいません。驚かせてしまいましたね。あの今っそのっ……透明魔法、使ってますので姿は見えません」
「そ、そそっ……そういうことは早く言ってくれないかっ」
「ご、ごめんなさい!! せっ接し方がまだ、そのっ……分からなくて」
なんか目の前の空気がしょんぼりした、気がした。
「千年以上も動物とか草とか花とか石とかミイラとかにしか、話しかけていなかったので……だから、あの……」
わ、分かった分かった。それ以上言わないでくれ、悲しみで胸が痛くなるから。
「……姿を見られるのが、とても怖くて。でも、話さなければ……こっ交流はできませんし。慣れるまで透明魔法で……あのっおっお傍にいてもいいですか?」
なんか目の前の空気が震えている、気がする。
ん~……そういうことなら仕方ないか。罪を犯し、償いとして千年以上を一人で生きた人の心の闇は深そうだ。だが、姿を見れないのは不便だな。
「そういうことなら好きなようにしてくれ。だが、目印みたいなものが欲しいぞ」
「目印、ですか。そうですね、分かりました。少しお待ちください」
パタパタと足音だけが去っていく。なんだか愛嬌があるな、効果音だけだと。ん……少し匂う、いい匂い。腹の減る匂いだな。居候の身としてはここで家主の意向を妨げるのも……早く食いてぇ。
お、またあの足音が聞こえてきた。
「す、すいません! お待たせしました!!」
おー、来た来た。待ってましたよ――――リザードマンのミイラさん。
「ちょ、ちょっと待てぇえ!!」
息、息が止まったぞ一瞬! ふざけるな、どうしてこの家にはそんなミイラがゴロゴロあるんだ!!
「え、はい。ど、どうでしょうか?」
「色々言いたいことはあるんだが、そのミイラの頭はやめてくれないか」
「ですが、これしか顔の位置が分かるものがなかったので……」
そこ、そこにこだわりがあるか!?
どこにいるか分かる物で良かったんだが、ったく仕方ねぇな。
「分かった、ちょっと待ってろ。今、創造してやる」
記憶を潜れば毛一本くらいで済むだろう。両手のひらを器の形にしてへそ辺りで構え、目を閉じて意識集中だ。
「ふぅ……《ダイブ》」
目を閉じているのに、真っ白な視界が生まれる。そして真っ白な視界が急激な速度で様々に移り変わっていく。風景を切り取った場面が次々と流れていった。相変わらずゆっくりと選別している暇ねぇな、どんだけせっかちなんだよこのスキルは。
お、あったあった。祭りの記憶
欲しい記憶の風景が目の前に現れた。その風景を止めると、前世の懐かしい夏祭りの様子が映像として映されている。いつの頃の記憶かは分からない。視点が低いからきっと小さい頃の記憶……なんだろうな。
映像は世話しなく色んな屋台を見ていて、はしゃいでいるのが良く分かる。あれもこれも取りたいが、我慢だな。……お、お面屋発見!
映像は揺れながらお面屋に近づいていく。ちっ、厳つい兄ちゃんが店番かよ、しけてんなぁ。えぇっと、可愛いお面はっと。お、あれ可愛いな。
《キャッチ》
自分の腕を伸ばすように意識をして、目的のお面を掴み取る。瞬間、風景が急激な速度で離れていき――――俺の意識は現実に戻ってきた。
「《エンボディ》」
意識の復帰に合わせ、すかさず唱えた。すると手のひらの上に固い物が乗っかる。
あー、気持ち悪い。空腹の時にやると車酔いになった感じになるんだよなぁ。まぁ、朝食のためだ。あんな被り物されるよりはマシってことで。
目を開けると、手のひらには可愛らしいウサギのお面が創造されていた。先ほどスキルでキャッチしたお面そのものだ。
「ほら、これでも顔につけとけ」
宙に浮かぶミイラへ向けて、お面を差し出した。
はぁー、これでミイラ顔から解放される。その顔を見ながら食べると、不味くなりそうだ。……って、なんだ。受け取る気配がねーぞ?
「……どうした、これは嫌なのか?」
「はっ!! ……いえ、少し驚いたもので」
「急に面が現われたことか?」
「い、今……その力に神の力を感じました」
あー、そういうこと。なんか不穏な空気が流れてるぞ。絶対何か疑ってるだろ。俺を神の刺客かなんかだと思ってんだろ。そんなわけあるか!
「まてまて。この力は転生時に神からもらったものだ。疑われるような素性ではない」
うわっ、なんかすごい痛い視線を感じる。ダメだダメだ、気にしたら負けだ! 美女が見てる美女が見てる美女が見てる。よし、ってハゲた頭を叩いた。……視線が倍増したじゃねぇーか!!
「……そ、それならいいです。その、わざわざありがとうございました」
ほっ、よかった。い、いやいや! 毛一本分の感謝にしては、ちょっと味気ないな。ほら、見てみろ。一本の毛が強制的に追い出されてしまった。ありがとう、お前のお陰で俺の平穏が保たれた。本当にありがとう。
「……可愛いウサギのお面ですね」
あ、なんか空気が柔らかくなった気がする。やっぱり喜んでもらえるのは、嬉しいもんだな。
「つけてみますね。これ持っていて貰ってもいいですか?」
はぁぁぁあああっ!? そのリザードマンのミイラの頭部持つのかぁぁっ!?
まてまて、目の前に移動させないでくれ、気持ちが悪いっ!!
ぐぅっ、指先だけ指先だけで持つんだ。そ~っと、そ~っと。目を合わせないで……はい持った、持ちました!!
「……何でできているんでしょう? 不思議な触り心地、つるつるしてますね」
そそそ、そこに時間をかけないでくれ! 本当に頼む、本当に頼むから! それにこのミイラの頭が重くて、指がつりそうっ。
「は、は、早くつけてくれないか。お腹が減って、死にそうだ」
「ご、ごめんなさい! こちらへどうぞ」
顔を引きつらせながらも訴えると、気持ちが伝わってくれた。お面が宙で固定されると、なぜかこちらを見つめて動かなくなった。……え、なんで?
「……これ」
どどど、どうした。そんな重い声で……何か悪かったのか? 匂い、形、ウサギ……それとも俺?
「視界が……」
視界、視界がどうした!? 見えないのか? えっ嘘……ほんとに?
「……はっきりみえます」
今まで見えてなかったんかーーいっ!! って、いやいやそうじゃなくて……
「ふふ。すごいですね、これ」
ゆっくりとした反応が恐かったけど、笑ってくれる声がなんか可愛く感じた。
……この時の表情、見たかったなぁ。




