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29話 ハプニングラブは突然に

 開けた窓から射し込む朝日。そこへ優しく差し出すハゲ頭。鏡越しに見える俺のハゲは見事につるりとしていて、触り心地が良い。って、悲しくなってきた。


 はー、今日もつるつるしてるなぁ。どこを触っても、どこを見ても、毛が生えてくる気配すらねぇ。ブラシで叩き過ぎたのが悪かったのか? 

 今朝、マクラに五本の毛が抜け落ちた。この傷心を癒すには、やはりハーマリーの力が必要だ。


 居候部屋を出て、キッチンへ続く廊下を歩く。

 さて、今日はどんな朝食だろうなぁ。


 ――――ガチャッ

「きゃぁっ」


 扉を開けると、ハーマリーが飛び出してきて――――俺の胸に寄りかかる。


 ポヨンと……柔らかい?

 うん、そうだな。とりあえず精神統一して、平静を装うことにしよう。


「ご、ごめんなさいっ! 開こうと思ったのですが、開くとは思わなくて。そのっ……」


 俺に寄りかかったまま、真っすぐ見上げてくる。顔がちょっと赤いのがいい、何よりも柔らか……んんっ!! こういう時はな、きゃって言って下がるのがいいと思うぞ~、俺の精神汚染的に。


 肩を掴んで離そうとするが、できるはずもなく。空しく手が上がるだけだ。


「ちょちょっ、ちょっと驚いただけだ。だ、大丈夫か?」

「は、はいっ。驚きました……グランさんも大丈夫でしたか?」

「あ、あぁっ……」


 精神的には大丈夫じゃない、って言えるか!

 あぁ、朝から刺激が強すぎて疲れた。って、ハーマリーが離れないんだが。


「ハ、ハーマリー?」

「あっ、えっ、ごめんなさいっ!」


 声をかけると、ようやく後ろに下がってくれた。が、様子が少し可笑しい。なんかもじもじしているというか、どうしたんだ?


「あぁのぅ、何と言ったらいいかっ……」


 手をパタパタさせ、顔を左右に振って……なんとも眼福で妄想がはかど、うおっほんっ!!


「思った以上にたくましい体つきなんだなって……あっ、やだ!! わっわっ忘れてくださいっ!!」


 真っ赤な顔を両手で隠してキッチンに逃げられる。ついでに扉も締められてしまった。


 うん、うん。なんというか、朝からハゲが広がりそうな出来事ばかりで結構疲れた。あれだよ、年を取るとな気持ちがついていかねぇんだよ。あ、体もか。ハゲも……やかましいわっ!


 ……柔らかかったな。


 ◇


 朝は朝で大変だったのに、昼は昼で大変になりそうだった。


 家周辺で育っている木の見回りだ。ハーマリー曰く、精霊として育っているか確認するのも魔女の仕事らしい。

 やっている仕事が神の真似事みたいなんだが。あれだ、ハーマリーは神から報酬をもらったほうがいいぞ。サービス残業なんてクソだ!


 黙ってハーマリーを見守っていると、具現化させる粉をばら撒き始めた。キラキラと光りながら広がっていく様子は幻想的だな。この後のことを考えると恐怖映像だが。


 しばらく無音の世界が続く。

 精霊として具現化できる力が備わっていなかったってことか? フハハッ、俺の勝ちだな!


「自由だー! 木を生やすぞー」

「沢山生やせー!」


 ヒィィッ、うようよ出てきやがった! あっちもこっちも具現化ドリアードだらけじゃねぇか。

 一気に騒がしくなり、あっちこっちで地面に向かって手をかざす。生えてくるのは小さな双葉ばかりなんだが。


「うわー、もう駄目だー」

「死ぬぅぅ」


 緊張感が全く感じられない。必死さの欠片もない断末魔を上げて、ドリアードたちが次々と霧散していく。

 俺はとても清々しい気持ちだ。この断末魔が蘇った毛穴に振動となって届き、発育を促してくれるようだ。


「グランさん、この子たちを静めるお手伝いしていただけませんか?」

「……分かった」


 嫌だけど、本当は嫌だけど! ハーマリーのお願いは無視できねぇ。多分ハーマリーはこいつらから話を聞きたいのだろう。手当たり次第に捕まえていくか!


「うらぁぁっ!」

「きゃーー」

「おりゃぁぁっ!」

「なんだこのハゲ!」


 一匹一匹捕まえて脇に抱えていくと、あっという間にドリアードの積み合わせができた。俺の脇はもう一杯なんだが、さてこの後はどうしようか?


「グッグランさんっ、どけてくださいー!」

「は……うわぁっ!?」


 振り返ると、ハーマリーが倒れ込んできた――――背中に山ほどのドリアードを乗せて。受け止められず俺は背中から倒れた。地面に叩きつけられた背中は痛いが、それ以上に正面がやばい。


「こ、こら~! いたずらはやめなさいっ!」


 俺の上でジタバタと動くハーマリーはこちらを向いている。

 そうこれは、朝の状況の発展型だ!!


 具現化したドリアードたちにも重さはある。その重さがハーマリーを押し下げ、押し下げ……押し下げているんだ!!

 あぁ~、今朝よりも柔らかさがぁ~ダイレクゥトゥッ!! いや、そんなに、動かないでぇえっ!!


「決死の攻防だぁー」

「命を賭してー」


 それは俺の台詞じゃボケェッ!! 俺のアレがソレでコレだっ!!

 ぐふふっ、じゃなかったぐぬぬぅっ。無理やりハーマリーを起こして、体に負担をかけるわけにもいかないだろうし。どうすれば!?


 呑気に構えていたら、地面からにょきにょきと細い木が伸びてきた。

 ん、んん? なんか俺らに巻きつき始めたぞ。って、拘束されている!?


「うわー俺はもう駄目だー」

「あとは任せたー」


 お、おいおい! 消えるんならこの拘束解いてけよ! あ~あ~あ~、どいつもこいつも後先考えないで消えや――――この状況どうすんだよっ!!


「あぁあのぅあのっ、ご、ごめんなさいぃっ」


 俺よ、説明しよう! よしきた、俺! お前の説明を待ってたんだよ、俺!


 ハーマリーの顔は俺の首筋にある。そんなところでアワアワしながら慌てられたら俺のっ、弱いっ、首筋にっ、息がぁっ!

 これは早く脱出しないと色々ヤバイぞ。力業のスキルで脱出するべきだな。まず体をよじってっと……


「あっ、うぅっ」


 その声は至近距離じゃ、あかん。というか、俺が動くと締めつけがきつくなるのか。


「す、すまん。きつかったか」

「大丈夫、です。私のことは気にしなくで、ください」

「いや、そういう訳にも……」


 ちょっと今の台詞はアレだ、妄想がはかどっちまう危険な匂いがするぞ。

 ……はっ、いかんいかん。邪念よハゲと共に消えよっ!!


 というか、ハーマリーの息が上がって体温も高くなっている。なんだ、どうした。また体調でも崩したんじゃねぇか?

 急に心配になって不安になる。脱出するために、何かいい方法はないか。


「……そうだ。ハーマリーの魔法でこの木のツルを壊せないか?」

「わ、私の魔法で……ですか? やってみます」


 そうだよ、動かないでこの状況を脱するにはハーマリーの魔法が一番だ。はー、良かった。これで精神汚染されずにすむぞ。まぁ、この美味しい状況が終わるのがちと口惜しいが。


 ……ハーマリー、まだかなぁ。


「どうした、ハーマリー?」

「……ご、ごめんなさい。上手く発動できなくて」

「まさか魔力の使い過ぎで?」

「いえ、それはその……大丈夫、なんですが。ちょっと、集中できない……といいますか」


 絶対これ俺の加齢臭とかが原因だろ!?

 首筋とか耳の裏から漂ってくるんだろ!?


 うわぁぁっ、申し訳ねぇっ。……余計に汗が出てきたような気がする。ハーマリーも黙っちまったし。あっ、駄目っ……息を当てないでください。


「あぁっ、あぁのっ。おっ、重くないですかっ」


 重くはないけど、柔らかくて頭が可笑しくなりそうだ、キリッ!

 って、言えたらどんだけいいか。


「全然大丈夫だ」

「はぁぁっ、良かった」


 吐息が熱くて、ぞくりと感じて体が震えてしまった。瞬間、俺の体温が上がって汗が吹き出す。特に顔面と首筋辺りから。

 うおぉぉぉっ!! これ絶対、臭いって思われるんじゃね!? 急に恥ずかしくなってきて、またさらに汗が!


「すまんっ、そのっ、汗臭い……よな」

「えぇっ、いや……そんなっ」


 あぁ、俺のバカヤロウ! 答え辛い質問をするんじゃねぇ。めちゃくちゃ戸惑っているじゃねぇか!


「あのっ、臭く……ないですっ」

「えーっと、あーその、あ、ありが――――」

「ほ、本当ですよっ! ほら、見ていてください!!」


 ムキになったハーマリーが突然、俺の首筋の匂いをクンクン嗅いできやがった! ちょ、やめてくれ……恥ずかしいんだが! これは何プレイなんだよ!

 じゃ、俺も嗅ぎ返ししてやるしか……いや、駄目だ。俺が興奮してしまう! アレがソレでコレになる!!


 柔らかい感触と漂ってくる匂いに俺の理性が削られて、頭がクラクラしてきた。

 ――――正しい判断ができなくなりそうだ。


 その時、俺たちの上に小さな魔法陣が突如出現した。魔法陣が赤く光ると、赤い光線が木のツルに向かって照射される。


 残念なことに俺たちの拘束は解かれてしまう。ハーマリーがやったんだろうか? だが、この魔力の波動はハーマリーではない気がする。


 それはもっと上から――――空から感じた。


「……お母さん」


 空で飛んでいる赤いドラゴンが見えた。

 だが、それよりも少し低く小さい声で呟いたハーマリーのほうが気になる。

 ちょっと怒っている、ような。


 なんで?

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