25話 創造スキル
昼食を取り、少し休憩をした。食後のコーヒーを楽しんだ後、テーブルに向かい合わせに位置取る。
お気に入りのチェアに座るハーマリーと、普通の木の椅子に座る俺。
「縮毛矯正、というものですか?」
「前世の技術なんだけどな。長期間真っすぐな髪を維持できるようになるんだ」
この世界を血眼になって探せば、似たような技術はあるかもしれない。だがそんなに時間をかけたくねぇ。
前世のくせ毛を矯正するものを創造すればいいってことだ。問題は俺の記憶の中にそのシーンが映っているか、ということ。全然そういうところ行ったことないから、あるかどうかが怪しい。
だが、万が一の奥の手もある。万全だ。
あらためてハーマリーを見る。不思議そうな顔つきで、下ろした髪の毛を眺めていた。まだ半信半疑ってところか。ここは力の見せ所だな。
「今日中にハーマリーの髪を真っすぐにするぞ!」
力強く宣言した。こちらに向き直ったハーマリーはきょとん、と呆気に取られた表情をする。が、すぐに顔が綻ぶ。いつもの微笑みだ。
「よろしくお願いします」
それだけで全身に力が漲る。顔を力一杯叩くっ……いっ痛い。さぁ、気合をいれようか。目を閉じ、深呼吸をする。
「……《ダイブ》」
真っ白な視界が出てきて、急激な速度で映像が移り変わっていく。
せっかちなスキルだが、いつも欲しい記憶映像をくれる。欲しい映像の時は、少し移り変わりがゆっくりになるから助かるな。
床屋に通った時期、イキって美容室に通った時期。過去の俺、少しイキって正解だぞ。今回は音声も流してくれ。俺の毛根をいくらでも差し出してやるよ。
途端に騒がしい店内の音楽や話し声が聞こえてきた。さて、この記憶の中で欲しいものを探し出すぞ。
◇
いくつもの記憶を巡り、神経を研ぎ澄ませて探し出す。縮毛矯正、この言葉だけに意識を向けて。小さい頃から死ぬまでの記憶を漁り、体感した時間は測り切れない。
それでもその先にハーマリーの笑顔が待っているなら、俺は探し出す。
聞こえた!!
欲しかった言葉は大人の俺が美容室にいった時の記憶に紛れていた。
二つ離れた席からだ。音楽の音に混じりスタイリストが縮毛矯正の説明をしているところだった。
ふむふむ、なっなにぃっ!? 縮毛矯正って高度な技術が必要なのか!?
あぁ、くそっ。そう簡単にはいかねぇか。視界に捉えられねぇとキャッチできねぇからな。しゃぁねぇ、俺の毛根持ってけや!
《フルダイブ》
映像を見ていた、それが一転する。
今俺は映像の中にいる。ぐるりと見渡すと、記憶では補えなかった店の内装や美容師や客が再現されていた。
これが神のスキルの力。反則にもほどがあるだろうが。
まぁ、ボヤいてもしかたねぇか。目的の二人の傍に近寄り、話を聞く。が、なんのこっちゃと意味が分からない。説明を聞いてすぐ実践できるほど、俺は器用じゃねぇな。
美容師の頭に手を乗せると力を漲らせる。
《スキルキャッチ》
心の中で唱えると、手を伝って見えない力が俺の中に流れ込んでくる。
ふむ、なるほどな。欲しい技術は手に入った。ということは、後は必要な物。あとはお土産でも持って帰るか。もう自分のハゲのことなんざ、気にしねぇ。
《キャッチ》
ズンッ、とした重圧の中で映像が急激な速度で離れていく。とても長い時間記憶に潜っていたせいか、意識と体が中々馴染まない。集中して言葉を発する。
「《エンボディ》」
テーブルに置いた手の内側にゴトゴトと音を立てて物が創造されていく。目を開くといくつかのプラスチックのボトル、ブラシ、鏡、ヘアアイロンが現れていた。
「グランさん、大丈夫ですか? いつもは一瞬でしたが、今日は十分もかかってました」
「あぁ、大丈夫だ」
それぐらいしか経ってなかったのか。何十時間と潜っていた気になっていた。
「あっ、グランさんっ! 髪の毛がっ!」
うわぁ、そんなに驚くほど抜けたのか?
恐る恐る耳の後ろに手をやると、ごっそりと抜けた髪の毛の感触がした。百本じゃ全然きかないだろう、これ。
いずれ復活すると分かっていても、すげぇ辛い。それに久々に深く潜ったせいか、すげぇ体がだるい。
精神と体が重く、テーブルの上に寝そべってしまう。
「だ、大丈夫ですかっ」
「あぁ、ちょっと休ませてくれ。夕方前には復活して……髪の毛を真っすぐにしてやるから」
あぁ、クッソ。
眠たくなってきた。
すまねぇ、ちょっと心配かけ――――
◇
――――あっ、なんか柔らかい。それに温かい。このすげぇフィット感、ちょっと癖になりそう。
「あれ、起きました?」
んあ?
耳の傍でハーマリーの声が聞こえる。それに、この、頭の下の感触……太もも?
「うおっ!?」
も、揉んでしまったっ!!
「おはようございます。時間ピッタリですね」
目を開いて、息が止まる。
見上げた先にあるのは微笑んだハーマリーの表情、とドアップな豊満なアレ。もうどこに視線を向けていいのやら。いや、そこは顏だろ!
見下ろしながら髪の毛を耳にかける仕草がいい。そこからちょっと困った感じで笑うのもいい。
「驚かせてすいません。ちょっと、寝ている間にやっちゃいました」
やややっやっちゃったっ!? なんだ、俺の童貞でも食ったっていうことなのか!?
「少しでも早く治したくて」
しししっ失礼なっ! 童貞は病気じゃないぞっ!!
「また減ってしまいましたね、髪の毛」
……髪の毛の話だった、恥ずかしい。ん、髪の毛?
あ、ハーマリーの髪の毛を縮毛矯正するんだった! だが、この状態から脱するのはとても難しい。起き上がろうにも、アレがソレでコレで。
「私、グランさんに少しでも恩返しできるように頑張りますね」
あぁ、とてもいい笑顔が降り注いでくるぅ。俺の精神汚染がぁ……って、いかんいかん。今日中にやるって決めたんだ。
くっ、最高のポジションを犠牲にしてしまってもいいのかっ!?
「あ、ありがとな。もう起き上がってもいいか?」
「あっ、えっ、すっすいませんっ! こんなにくっついて……嫌でしたよね?」
くぅっ、嫌じゃない……嫌じゃないんだっ。だから、寂しそうな表情で俺をあおらないでくれぇっ!
「い、嫌じゃないんだ。ほ、ほら約束してただろ? 今日中に髪の毛を真っすぐにするって」
「は、はいっ! そ、そうでしたね」
なんか少し納得していないような、そんな微妙な顔をしている。なんて言えばよかったんだ、分からない。
これは気合を入れて、ハーマリーの髪の毛を真っすぐにして上げなければ。うん、これできっと気分上々だ。
名残惜しいが体を起こす。どうやら低いソファーの上で寝ていたようだ。ここまでどう運んでくれたかは分からない。
立ち上がり背伸びをして、大きく息を吐いた。キッチンに近づくと、テーブルの上に物が乗っかったままなのが確認できる。
えーっと、アイテムボックスから鏡と白マントを出して。次に記憶の中でコピーしたスキルを発動させてっと。準備完了だ。
ハーマリーお気に入りのチェアを手をかけ、高さを調整して、座面を向ける。
「生まれ変わる席へ」
手を差し出し少しだけ格好つけて言った。うん、小恥ずかしい。
視線を向けるとハーマリーは少し戸惑いながらも近づき、チェアに座ってくれる。
くるりとテーブルに向けると、鏡がハーマリーの表情を映す。少し不安な表情をしているのを見ると、気が逸ってしまいそうになる。白マントをふわりと回しかけて、首の根本で先を縛った。
さて、ここからだな。
「ハーマリー、髪の毛を触ってもいいか?」
俺の声に両肩がビクリと跳ね上がった。鏡を覗き見れば、怯えている表情が見て取れる。肩だって震えていた。過去と戦っているんだよな。
頑張れ、見守っているぞ。
ぎゅっと瞑っていた目がゆっくりと開かれる。あの花畑で見た、強い目をしていた。震えだって止まっている。
「はい、お願いします」
はっきりと言い切った。
もう大丈夫なのか? なんて無粋なことは聞かない。本人が言っているんだ、大丈夫に決まっている。
「俺に任せておけ」
マントの下に隠れた髪の毛を両手でかき上げる。その時、初めて髪の毛に触った。柔らかい感触で離すのが惜しいくらいだ。
少し高揚する気持ちを押さえながら、テーブルに置いてあったくしを手に取る。
キッチンに傾きかけた日が差し込む中。
ハーマリーの夢への一歩に手をかけた。




