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24話 髪の悩み

 自信満々な笑顔を浮かべるハーマリーが――――


「さぁ、来てください」


 低いソファーに深く座り、ポンポンと自らの太ももを叩いている。紺色のスカートの下、太ももが綺麗に揃えられていることだろう。


 俺はそれを隣で座って見ていた。そこに頭を置けということらしい。


 ――――あの後では辛すぎる!!


 この身もだえするような恥ずかしさはなんだっ! 苦しすぎて、もう、息を、するのもっ……辛いっ!!


「大丈夫です。気持ち悪いことなんてありませんから」


 そういうことじゃないんですよっ!!


 最初はこういう子じゃなかったのに。おどおどしてて、声をかけるのも躊躇(ちゅうちょ)するほどだったのに。こんなにたくましくなってっ!!


「あの、来てくださらないんですか?」


 悲しそうな顔で上目遣いしないでくれっ!

 はぁー、覚悟を決めろ。早く決めろ。ぐぬぬっ。


「ごほんっ、本当にいいのか」

「はいっ」

「しっ……失礼、するぞっ」

「どうぞ!」


 ハーマリーに頭皮を向けて、ゆっくりと太ももの上で頭を乗せ――――

 ひゃーーー、柔らけぇぇえええっ!! ソファーなんか目じゃないくらいだ、この質感がすごいぞ!!


 あー、駄目駄目だ。気を抜いたら頬擦りしそうになるし、匂いに釣られそう。いつも感じているよりもずっと強く感じる。

 はぁ、心が落ち着くようで落ち着かない。


「その、頭……重くないか?」

「いいえ、大丈夫です。農具の入った袋のほうが重いくらいです」


 そ、それならいいんだが。っていうか、全然落ち着かねぇ。でもこの態勢を崩したくない。


「では、触りますね」

「お、おう」


 あぁ、でもとうとう俺のハゲが治る時がきたのか。創造スキルを使って等価交換になくなるのが毛の製造元。

 創造スキルで失ったものは二度と戻らない。当時は軽い気持ちだったが、こんなにも後悔するなんて思わなかった。


 まぁそれでも破格の待遇なんだろうけど、生きる気力が根こそぎ奪われる感じだな。


 ここでようやく頭皮に柔らかい感触がした。なんか意図的に触られるってすごく恥ずかしいな。そういえば、授かった力ってどんなものだろうか?


「聞いてもいいか?」

「はい、なんでしょう?」

「その力を使ったらすぐに毛が生えてくるのか?」

「いえ、残念ながら違います」


 えっ、違うのか。いや落ち着け、そうだったはず。毛が二度と生えなくなるのが問題なんだ。


「もう一度毛を生やすための処置、ということか?」

「はい。機能不全に陥った毛穴一つ一つに力を流し込みます」

「なんていうか、こう全体にブワァ~と力を行使できないのか?」

「それができないみたいです。あくまで私が一つ一つに力を込めていく形になります」


 なんてこったい、そういうことだったのか。なんていうか気の遠くなるような作業になりそうだ。いや、俺は全然大変じゃないんだが、大丈夫かなぁ?


「ハーマリーは辛くないのか?」

「そうですねぇ、全部を一度に復活させるのは無理でしょうから。一日に何回かに分けてやっていきましょう」


 それがいいな。この態勢もきついだろうし、無理をしない範囲でじっくり復活してくれればいい。

 しかし、一日に何回かに分けてか。うん、俺の精神的疲労がやばい。


 ◇


 一時間後に俺は解放された。


 優しいハーマリーの手つきで頭皮を揉み解されながらの治療は、至福のひととき。

 力を使っている時に一つ一つの毛穴が息を吹き返していくのが良く分かった。全身から喜びが溢れ出して、声を抑えきれなかったな。


 その後にハーマリーの笑い声が降ってきたのは、こそばゆかった。終わった後に太ももから離れるのは、すごく名残惜しかったな。


 でも離れても匂いがまとわりついて、少しだけ気持ちが高ぶった。これが一日に何回続くのか、俺は果たして気が触れないのか……心配だ。


 あ、心配と言えば足は大丈夫だっただろうか?

 ソファーに座りながら隣のハーマリーを観察すると、やはり少し足を気にしている様子だった。


「足、大丈夫か?」

「はい、ちょっと痺れちゃっただけなので」


 笑顔で足を擦っているが心配だ。んー、一気に復活させるのはやめた方が良さそうだな。


「もう少し時間を減らそう。一日二回でどうだ?」

「でもそれだと……」

「別に急ぎの用事はない」

「ありがたいのですが。早く髪の毛を生やして上げたくて」


 おっと、少し困った状況になったぞ。まさかここでへそを曲げるとは思わなかった。でも指先合わせていじいじするのは、あれだな。可愛い。


 ここは話しを逸らして、逃げてしまおう。


「こ、今度はハーマリーの髪みたくウェーブでもかけようかな」


 苦笑いを浮かべ、ハーマリーの髪にわざとらしく手を伸ばした。


 なんてことのない交流のはずだったのに、髪に触れる前に避けられる。低いソファーの上で一人分の距離を空けて離れてしまった。


 なんで? と、疑問が頭の中に浮かぶ。顔を伺うと怯えていた。見開いた目は戸惑いに揺れて、微かに唇が震えている。

 直感で思う、過去に何かあったことを。


「す、すまん。驚かせてしまったか?」

「……はっ、あっ、あの……いえ、すいません」


 少し様子が可笑しい、意識が飛んでいたのか?


「やっぱりまだ早かっ――――」

「ちっ、違います! ……違うんです」


 言葉を遮り強い口調で訴えてきた。明らかに怯えている様子だ。目は泳ぎ、口は固く閉ざす。胸元で組んだ手が震えている。


 初めて見る反応に俺は正直戸惑った。どう声をかければいいのか分からない。触れることすら戸惑う。


「――――前々世の時です」


 俺の戸惑いを察したのか、ゆっくりと話してくれる。


「以前、お伝えしましたよね。私の姿は変わらない、と」

「あぁ、確かに聞いた」

「上流貴族の中で私の容姿は周りに比べて劣っていました。そのことで小さな頃から家族や友人、関係する者たちの見下しの対象にされてきました。特に髪のことで」


 高く結った髪の毛先を手に取って眺める姿は……哀愁が漂っていた。

 そんなことない。言葉を伝えたかったのだが、ぐっと堪える。


「家族には強い罵りを受けたと、思います。髪の毛を引っ張られ、切られたこともありました」

「そんなことが……」

「前々世のことです。髪の毛を触られるのは……まだ苦手なだけです」


 首を横に振って、少し困ったように笑顔を作ってくれた。その心遣いが俺の胸に痛く突き刺さる。あんな怯え方をして、苦手っていう言葉で終わらせてほしくはない。


 何か、何かないだろうか?


「辛いだろうけど、聞いていいか?」

「はい、大丈夫ですよ」

「髪のどういうところがダメだったんだ?」


 俺の言葉にハーマリーは自分の髪を手に取って、少しの間考える。長い沈黙の後、ようやくハーマリーが口を開く。


「髪の……曲がりくねったところ、ですかね」

「今の髪型は気に入っているのか?」

「えっと、そうですねぇ。昔から真っすぐな髪に憧れていました」


 気負うことなく話してくれたことに内心安堵する。

 俺的にはウェーブした髪が可愛らしくて好ましかったんだが、ハーマリーはちょっと違ったようだな。


 さて、真っすぐな髪が憧れか。うん、これは俺の出番じゃないか?


「もし、真っすぐな髪にできるなら挑戦してみないか?」

「えっ、そういう魔法があるんですか?」


 魔法って食いついてきたぞ。なんだかんだいっても、魔女なんだなぁ。こういうところもいい。


 ハーマリーのために何かしてやりたいな。


「俺の創造スキルに任せろ」


 このためのスキルだろ!

 俺の毛根なんざぁ、いくらでも差し出してやる!

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