18話 思い出の花火
湯煙の向こう側に広がる、満天の星。薄く雲がかった三日月も見える。
少しだけ冷えた夜風が吹き、温まった頭皮を冷ます。毛穴が夜風でキュッと締まるのは、癖になるなぁ。
「あ~~、いいぃ。作ってよかった、露天風呂」
背もたれの石がいい感じだ、丁度いい高さで石を並べてある。やっぱり、元日本人としてこういう風呂は欠かせない。
地面を掘って、岩山から削って厳選した石を並べた。風呂の底や枠、周りにまで敷き詰めた。あとはやっぱり人目を避けるために、木の板を家の方角だけに建てた。
創造スキルを使うっていう手もあったが、自分で作った風呂って浪漫だよな。ハーマリーが呆れるくらいこだわりぬいた露天風呂は、控えめに言っても最高。
ちなみにハーマリーもこの風呂の良さを知って、虜になっている。……時々、金髪が浮いててドキッとする。手ですくって、まじまじと見てしまったわ。俺は変態ではない。誰でもこうする、きっとそうする……はずだ。
「でも、何か物足りない。なんだ?」
んーー、なんか他にもあったような気がしたが。何か見るような……花見、ライトアップ、花火。
「……それだっ!!」
露天風呂っていったら、花火だ。夜空に咲く火花!
◇
ハゲの手入れもしないまま、家の中に駆け込んだ。キッチンで明日の朝食準備をしていたエプロン姿のハーマリーを見つけて、頭の中にあったイメージを話す。かなり興奮していたのに、ハーマリーは落ち着いて頷きながら聞いてくれた。
「では、花火は遠くで誰かが打ち上げないといけないんですね」
エプロンの裾で手を拭き、高く結った髪留めを取りながら言った。少し考えるように視線を上に向けている。
その動作いいね、そそる……じゃなくて!!
「教えてくだされば私が打ち上げますよ。グランさんに見せてあげたいですね」
二コリと微笑んで首を傾げ、サラリとウェーブのかかった金髪が揺れる。
あぁ、それもいいね。……そうじゃなくて!!
「それじゃダメなんだっ!」
一人じゃなくて、ハーマリーと一緒に見上げたいんだよ! そう、隣に人がいるのが重要なんだ!
ハゲを抱えて悩んでいると、クスクスと笑っている声が聞こえる。
「何か妙案はありますか?」
んーー、露天風呂を取るか。それとも花火を取るか……悩む?
いいや、ここは迷わない。見上げる花火は諦めて、一緒に楽しむ花火にしよう!
◇
次の夜、俺とハーマリーは家を出る。明るい月夜だ。少し離れていてもお互いの表情が見えた。
今日は膝まで隠れた白いワンピースの上に、赤いカーディガンを羽織っている。ウェーブのある長い金髪は白いリボンで首元で纏められていた。
日中とは違う雰囲気にドキリとしてしまい、つい早歩きになってしまう。
うだうだ考えている内に水車小屋まで辿り着く。
「では、私はバケツに水を汲んできますね」
そう言って、ハーマリーは水車小屋の扉を開けて中に入って行く。さて、俺はまたアレをやりますか。
「ふぅぅっ……《ダイブ》」
真っ白な視界が生まれ、様々な記憶が通り過ぎていく。あー、できればあれがいい。田舎で親戚一同集まったヤツ。俺の記憶によると大量の花火を持ち込んでいたはずだ。
あー、これこれ。いやー、こんな大人数だったか?
よくある日本の田舎風景が目の前に現れる。夕方と夜の境目、まだ空の向こうが少し朱い時間帯だ。
日本家屋の縁側に十人以上の子供がわんさか集まっていた。確か、近所にきていたヤツらも呼んだから大所帯になったんだっけ。
あー、そうそう。我慢できなくて、先に線香花火だけやらせてもらったんだよなぁ。はははっ、クッソつまんない顔しながらやってるわ! そりゃ、派手なヤツやりたいよな!
縁側の内側では大人たちが酒を片手に話に花を咲かせて。年上の兄ちゃん、姉ちゃんたちが俺たちの面倒を見てくれる。俺たちはとにかく派手な花火をしたくて、線香花火にどんどん火をつけていく。
あーあー、一度に何本もやるなよ。もったいねぇな。
夏の懐かしい記憶だ。思わず顔が綻んでしまう。
おっと、そろそろ帰らなくては。
《キャッチ》
その言葉を合図に意識が現実に戻される。すかさず《エンボディ》と唱えると、手のひらに様々な花火が入った袋が積まれた。
「わぁ、すごい量ですね」
振り向くとハーマリーが驚いた表情をしてこちらに近づいて来ていた。水の入ったバケツも用意してくれていた、ありがたい。
とりあえずしゃがんで、花火を芝生の上に並べてーっと。こりゃ一日でできねぇかもな。
ふと、気配がして振り返る。ハーマリーがすぐ隣まで来て、中腰で花火を見下ろしていた。耳に髪をかけながら、興味津々といった様子だ。
……夜風に香る匂いに、俺は興味津々だけどな。
「これが花火なんですね。色彩豊かでとっても可愛いです」
「そうだろ? とりあえず、これやってみるか」
「……こんなに小さな紐で火花が散るんですか?」
取り出すのは当時嫌っていた線香花火。ローソクを地面に突き立て、魔法で火をつける。
「細いほうをこうして火で炙って……このまま待つ」
「……あっ、これが火花ですね!」
「いやいや、これは違う。ほら、先が丸くなって来ただろ?」
「本当ですね。丸い火の玉が……あっ、これですね!」
手に持った線香花火に玉ができ、火花が飛び散り出す。
おー、綺麗だ。火花がどんどん多くなり、次第に減ってポトリと玉が落ちた。
んーーむ、儚く切ない。少し年齢を重ねてみれば味のある花火だ。あの頃にはこの楽しさは分からんな。
「ほら、ハーマリーもやってみな」
「はい!」
嬉しそうな表情をして、線香花火に火をつけた。ゆっくりと火の玉ができるが、火花が散る前に落ちたな。
「えぇっ、お……落ちちゃいました。まだバチバチしてなかったのに」
「振動で落ちるんだ。最後の一本、やってみな」
一度に使った過去の俺らのせいで、線香花火はほとんどなかった。
最後と聞いて表情が真剣になるハーマリー。火をつける前から動作がゆっくりで笑える。
「……ついた。ゆっくりっと」
めちゃくちゃ手がプルプルしてる。玉が落ちそうで、落ちない。なんか見ているだけでハラハラするな。
「あっ、あっ。火花きましたよ」
「おー、上手い上手い」
「えへへっ……あっ」
盛り上がる前に落ちてしまった。笑顔が一瞬で曇ったのは、ちょっと面白い。
しかし、まだ落ち込むのは早いぞ! なんてったって、本番はこれからなのだ!
「よしっ! ハーマリー、どんどん次いくぞ」
「はい! 色々と教えてください」
ハーマリーに花火の楽しさをたっぷり教えてやるぜ!
◇
手持ち花火に火をつけると、火花が勢いよく飛び散った。
「わぁっ、綺麗ですね」
「こうやって走ると」
「えっ、光りの線が見えます!」
子供の頃よく怒られたこと、大人になってから思う存分やってやる!
「手に二本持って、こうだ!」
「光の輪ですね。私もやりたいです」
これやると絶対に怒られたんだよな。お、ハーマリーも上手く光の輪できてるぞー。
さて、お次は……ロケット花火だな。地面に差して並べたロケット花火十本! 順番に素早く火をつけると……順番に夜空に飛んでいく。
うわぁぁぁ、うるせぇぇぇっ!!
「すごい音ですね。見ても音でも楽しめるなんて、奥深いです」
そうだろ、そ……ハーマリーさん、着火したロケット花火こちらに向け――――
「ぎゃあぁっ!!」
「あぁっ、ごめんなさい!!」
あ、危なく直撃するところだった。
今度は見て楽しもう。噴出花火を均等に並べて、急いで火をつけて離れる。
「何が始まるんですか?」
「まぁ、見てな」
暗がりでわずかに光る導線。光が消えたと思ったら、噴出花火から順々に火花が飛び出た。一瞬で昼間のように明るくなる。
おー、こうみると圧巻だなぁ。ハーマリーもこの花火を気に入って――――
振り向くと、目が合う。
花火に横顔を照らされたハーマリーが微笑んで俺を見ていた。
「あっ、ごめんなさい」
大きく開けられた青い瞳が逸らされる。
「その、綺麗……ですね」
歯切れが悪い。だから余計に気になってしまう。
「どうしたんだ? 花火を見たほうが」
「……今日のグランさん、いつもとは違う雰囲気で気になってました」
そういや、いつもとは違う感じだったような。言われてからなんとなく気づく。
眺める横顔は優しい微笑みを称える。
「いつものグランさんは頼りになる感じで、ずっと助けられてばかりでした」
少しだけ顔がこちらに向く。
逸らされた視線が戸惑いがちに上がり、また目が合う。
「でも今日は普段見られない素直なグランさんを見つけちゃいました。一緒にいてすごく……すごく楽しいです。そういうところも、素敵ですね」
向けられた微笑み。
俺の指先にそっと添えられる、柔らかく細い指先。
やけに熱くなる。
「もっと色々教えてくださいね」
あんなに明るかった火花が消える。
明暗の変化に目がついていけず、その時の表情は見えなかった。
とても、残念な気持ちだ。
「次は何にしましょうか?」
軽快な足取りでハーマリーが花火に近寄った。
すぐに追いかけられない。その場に呆然と立ち尽くして、後ろ姿を見ていただけだった。
俺の中でも何かが咲いて散ったような……気のせいか。