16話 カードゲーム
今日は朝から雨模様。
キッチンの隣の部屋で低めのソファーに寝転がり、窓の外を眺めた。一日中薄暗く、頭が湿り気を帯びている。何度拭いても、時間が経つとべったりとした水気が蘇る。けれど髪はまだ蘇らない。
まったく嫌な天気だ。
それだけなら良かったんだが……ドリアードたちが具現化している。
「遊ぼう、遊ぼう、遊ぼう!」
「外で泥滑りしよう!」
「あーあーあー、人間様は雨が苦手なんだよ」
「雨には微量ながらも不純物が含まれている。頭皮に不純物が貯まると」
「説明ありがとさん!!」
ドリアードたちが、まあ~~~元気だこと! 家に上がりこんでは絡みに絡んでくるから、ハゲるくらい疲れる。
「ハゲ進行したか?」
やかましいわっ!! この一匹、どうにかしてくれ!!
「ドリアードたちの本体は、雨のお陰で元気ですからね」
キッチンからハーマリーの声が聞こえた。二つの部屋に仕切りはなく、視線を向ければチェアに腰かける姿が見えた。
少し緩めのベージュ色のシャツを着て、ヒラヒラした空色のロングスカート姿だ。町娘って感じだな。いや、新妻風にも見えるな。素晴しい。妄想が捗る。
「きもーい」
「鼻の下、伸びてる」
「変質者とは性的、性質的にいじょ―――」
うっさいっ!!
イライラが止まらない。クッソ! 今朝、枕を見たら毛が三本も抜けてたから、余計に苛つくわ。こいつらを黙らせる方法はないものか。
「何か皆で遊べるものがあればいいですね」
呑気なもんだ。雨の中何を……ん?
「それだ!!」
ソファーから勢いよく起き上がった。その反動で体に纏わりついていたドリアードたちが床に転がる。フハハッ、ざまぁ!
◇
低めのソファーの前に厚手の絨毯を敷く。俺とハーマリー、お邪魔虫のドリアード三体と円座になる。と、ここでアイテムボックスから取り出すのは、以前に創造したトランプだ。
皆が興味津々に眺めてくるが、気にせずそれぞれにカードを配る。ま、手始めにババ抜きを始めようと思ったわけだ。ルールを説明すると、ハーマリーとドリアード三体は理解してくれた。
ハーマリーが魔法で作った光球を天井付近に浮遊させて、明るくなった部屋でゲームは開始された。
うるさく聞こえていた雨の音が、気にならなくなるほど熱中する。
その中でも――――ハーマリーのハマリ具合がすごかった。
「……ほいっと」
「あぁっ、ダメっ!!」
一枚カードを抜くと、情けない声を出すハーマリー。横目でそれを見つつ、カードを確認するとハートのエースだった。
「マリーのビリー」
「四度目のビリー」
「ざまぁなマリー」
両手をついて項垂れるハーマリーの周りをドリアードたちが踊り回る。
ああ、すっごく悔しそう。腕がプルプル震えているし、うめき声が聞こえる。こんな感情むき出しのハーマリーをみたのは初めてで、ちょっと……いやかなり面白い。
「あぁ、あのっ」
「どうした?」
絞り出した声が笑える。にやにやしながら尋ねると、手が震えながら持ち上がった。人差し指がまっすぐ伸びると、金髪で隠れていた顔が持ち上がる。
「も、もう一回……いいですか?」
涙目で言われると、弱いなぁ。でも悲しいかな、目線はハゲに向けられている。さて、どうするべきか。
「おい、お前らどうする?」
「もう夕方だから帰るよ」
「楽しかったよ、バイバイ」
「ざまぁ」
「おいごらぁっ!!」
こいつら逃げやがった!
あ、窓開けて速攻で家から出るとか……薄情者~~っ!!
「グ、グランさんっ」
振り返ると、ハーマリーが四つん這いになって寄ってきていた。あ、後ろから見たい。じゃ、なくて!!
「お、お願いします。最後に一回、一回だけでいいですからっ」
ちらり、と見てしまう。服の下で揺れ動いているであろう、アレ。ダメだ、視線を逸らせねぇ。もっと動いて……いやダメだ堪えろ! 目をつぶって深呼吸だっ!
雑念よ消えろ、雑念よ消えろ。去れ下心!!!
「はぁぁっ。さ、最後だからな」
ちらっと目を開ける。泣きそうに顔を歪めていた表情が徐々に明るくなっていく。
「は、はいっ! ありがとうございます! 次こそ、負けませんよっ」
ビシッと指を差してきた。いや、一瞬で態度変わりすぎだろ。本当に可笑しくて、笑っちまったわ。
定位置までバックすると、フンと鼻息を鳴らして大人しく待つ。その目は楽しそうで、俺のやる気を刺激する。
「おっしゃ、配るぞ」
「どんと来いです!」
散らばったカードを集めて纏める。ササッと適当に切ってから、交互にカードを配った。雨の音に混じる、擦れたカードの音。それに、ちょっと興奮しているハーマリーの鼻息。
突発的に始まったゲームだったが、いい暇つぶしにはなったかな。手元のカードを弾いていくと、ざっと15枚あるかないかの量になった。
「ぅん……あっ、ない。やったっ」
小さな呟きに顔を上げると、小さなガッツポーズを取っていた。その表情がすげぇ嬉しそうで、自然と口元が緩んじまう。近頃色んな表情を見せてくれて、毎日楽しみが増えているぐらいだ。
いつもは見守っていたが、今日はちょっと遊んでやるか。
「さぁ、そちらからどうぞ」
カードを持った手を差し出すが、ババだけちょっと浮かせてやる。ハーマリーは少し近寄ると、真剣な顔つきでカードを見つめてきた。
おいおい、目を細めても裏側は見えねぇぞ。穴が開くほど見るってこういうことだろうなぁ。
今度は手を伸ばしてきて、右に左に迷いながら指先が動く。ここで、ババをちょっとだけ動かしてさらに浮かせる。
「これですね!」
それをハーマリーが抜く。
「えっ、あぁっ……そんなっ!」
この世の地獄を見た、そんな感じだった。両手を絨毯の上について項垂れる姿は、悪いけど笑っちまう。
しばらくそのままの姿だったんだが、気を取り直して姿勢を正す。お、ちょっと強気な表情だな。
「さぁ! 引いて下さい」
両手に持ったカードを突きつけられる。
ほほう、自信満々じゃねぇか……面白れぇ。手を伸ばしカードの上で左右に振る。しかめっ面をしているハーマリーなんだが、ある場所が近づくと表情が変わった。抑えきれない喜びが笑顔を作る感じだな。
「んー、どれかなー」
「あっ……あーー。んっ、あっあぁっ」
その声はやめれっ。まじで、精神衛生上よくない。本当によくない。だけど、聞き耳立ててしまう。もっと聞きたくて、中々引けない。
「んーんーっ。んんっ、はぁ……」
んんんんっっ!! こりゃあかん、俺の方が持たない。
じゃぁ、外れを引こう――――ハーマリーにとっての外れをな。
「ほいっっと」
「ぅんっあーーーーっ!」
再び床に手をついて項垂れるハーマリー。顔に答えが出るタイプだったんだなぁ。いやー、お陰で楽しませてもらってるぜ。
復活するのを待って、再びカードを前に出す。
「むぅっ……」
いやいや、どれ引いても大丈夫だろうに。コロコロ変わる反応が可笑しいな。
ハーマリーが真剣な顔でカードを選ぶと、恐る恐る引く。引いたカードを確認すると、一瞬で笑顔になった。青い瞳を輝かせて、嬉しそうに目を細める。
「……やった、あった」
また声が漏れてますよ、ハーマリーさん。
嬉しそうに合った絵柄のカードを抜き取る姿。
突然カードをシャッフルする意味不明さ。
今度こそは、と自信満々にカードを突き出してくる張り切り様。
いやぁ可愛いなぁ。
「はい」
「あーーーーっ!!」
雨音をかき消すハーマリーの叫びと、それを楽しむ俺のカードゲームはまだまだ続く。
◇
キッチンのテーブルにハーマリーが突っ伏している。天井で浮いている光球の灯りが、彼女の哀愁を際立たせている。
精魂尽き果てたと言わんばかりの唸り声を上げていた。「うーうー」言ってるだけで、ちょっと可愛いだけだが。
俺はそんなハーマリーの代わりに、作り置きしていた食事を皿によそってテーブルに並べた。スープにパン、干物と野菜の酒蒸しだ。
「ほら、飯だぞ。元気だせよ」
「うぅ……グランさん、手加減してくださいよぉ」
まーだ言ってるよ。
俺もイスに座り、頬杖をついてハーマリーを眺める。しばらく無言が続いたが、ゆっくりと顔が持ち上がった。ちょっと怒っているのか、眉を寄せて睨んでくる。
「そんなに勝ちたかったのか?」
今の俺、多分ニヤいてる。
「そういうわけでは……その」
気まずそうに目線が横に流れて、頬が力なくテーブルにくっつく。
だらしねぇなぁ。
ニヤつきながら眺めていると、ふとハーマリーの表情が変わった。彼女の青い瞳は細められ、口角がわずかに上がるのが見て取れた。
「最近褒められてばかりだったので、またちょっと褒められたかったなぁっと……」
「――――はっ」
頬杖した顔がずり落ちた。
妖艶というかなんというか、まさに小悪魔……いや魔女だった。
――――その表情は卑怯ですよ、ハーマリーさん。